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観光客のいない川越の桜にカラシビが止まらない

 今日は毎年恒例の川越の桜を見てきましたよ。 あぐれっしゅ(農産物直売所)の観光駐車場からマイ折り畳み自転車で廻りました。 まずは川越城本丸御殿から。 コロナの影響で、本丸御殿も隣の博物館も休み。 100名城のスタンプも押せないそうです。 ところで、本丸御殿周辺の整備の一環で、初雁球場が無くなるようですね。 城跡の門などの再建があるのはうれしいですが、球場には高校野球の応援に来た思い出もあるのでな...

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夷隅遠征記(4) ~大多喜城~

 本多忠勝の墓参りを済ませたら、その忠勝が城主を務めた大多喜城です。  駐車場から数分歩けば、本丸に着けます。 かわいい土塁が残っていました。 本丸には復興天守があり、ここに続100名城のスタンプが置いてあります。 復興天守からの眺めです。 天守は現存建築物ではありませんが、麓の高校の敷地内に井戸の遺構がありました。 高校の敷地内ですが、自由に見学することができます。 もう一つ、高校の敷地内に門の遺...

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夷隅遠征記(3) ~良玄寺~

 続いては大多喜町にある良玄寺です。 上の写真にあるように、徳川四天王の一人・本多忠勝の墓がある寺です。 この大多喜町は“本多推し”なので、あちこちに看板があり、迷うことはないでしょう。 隣には、忠勝公園なるものがありました。 左から、忠勝の次男・忠朝、真ん中が忠勝、右が忠勝の奥さんの墓です。 ...

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海道一の城取り(10) ~吉田城~

 続きましては、豊橋市にある吉田城へとやってきました。 豊橋公園という大きな公園内にあるので、わかりやすいでしょう。 続100名城にも選ばれた、石垣のかっこいい城です。 この三重櫓は、再建です。 無料で登れる櫓からの景色です。 裏を流れる豊川が、天然の堀のようです。 その豊川へ向かう枡形。 ちょっと孕んでいるのが心配ですね。 豊川側から見た櫓です。 ...

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海道一の城取り(9) ~牛久保の史跡~

 さて、次の日は豊川市の牛久保付近の史跡巡りをしました。 上の写真は牛久保城跡です。 牛久保駅周辺が城跡ですが、遺構などはなにもないので写真を1枚だけ撮って次の場所へ移動です。 次は、今川義元の墓を歴史捜査! (←中の人がこういう番組をやっていたのです(言い訳)) 牛久保城から徒歩5分くらいの場所にある大聖寺がそれです。 本堂です。 桶狭間の戦で討ち死した義元の胴体が埋まっているといいます。 息子の氏...

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夷隅遠征記(2) ~海雄寺~

 続いては万木城の城主であった万木土岐氏の菩提寺・海雄寺です。 場所は万木城の麓です。 駐車場はあるのですが、文化財にも指定されている涅槃像が公開される時のみ解放されているようです。 近くに路駐することになるので、万木城から歩いてくるのがいいでしょう。 いい運動になります… さて、万木土岐氏の墓所ですが、寺の裏手(東側)の木々の生い茂った中にあるのでちょっとわかりにくいです。 真ん中のが、戦国時代...

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夷隅遠征記(1) ~万木城~

 ここからは、昨年7月に行った千葉県の史跡巡りのレポートです。 まずは万木城。 上の写真の、いすみ市万木区民センターが目印です。 そこに車を止めて(山の頂上付近にも駐車場はある)、少し登ればご覧のそれっぽい建物が見えてきます。 でもその建物の下部は、こんな感じ… この万木城は、万木土岐氏によって築かれたのですが、その万木土岐氏は美濃の守護土岐氏の流れを汲むそうです。 その縁か、斎藤道三によって美濃...

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海道一の城取り(8) ~高月院~

 続いては、松平氏発祥の地である“松平郷”にあります、高月院に行きましたよ。 この寺は、この地の領主であった在原信重によって開かれたといいます。 その信重に見込まれて養子になったのが、初代松平氏とされる松平親氏です。 その親氏の子孫から徳川家康が出るのですが、それはここでは省略。 というわけで、ここには松平親氏とその子、泰親の墓がありました。 左から順番に、4代親忠夫人、松平親氏、泰親のものです。 ...

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海道一の城取り(7) ~守綱寺~

 あけましておめでとうございます。 今年もよろしくお願いします。 というわけで、今年一発目の記事は東海地方の史跡巡りの続きで、愛知県豊田市にある守綱寺です。 この寺は、渡辺治綱によって1639年に創建されました。 渡辺治綱という人は、徳川十六神将の一人であった渡辺守綱の息子であります。  というわけで、上の写真は渡辺家の墓所であります。 立方体に近い形の墓石が面白いですね。 こちらが、渡辺守綱の墓...

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松本遠征記(最終回) ~小笠原氏三代廟所~

 最終回は小笠原氏の廟所です。 場所は説明しにくいのですが、浅間温泉付近のこの座標(36.266894, 137.990919)にあります。 車ではいけないので、近くの観光駐車場を見つけていくのがいいでしょう。 立派な石垣に守られているのが廟所です。 真ん中が最後の信濃守護・小笠原長時の三男の貞慶(さだよし)。 右が貞慶の息子の秀政で、左が秀政の息子の忠脩(ただなが)の墓です。 忠脩のみ遺骸が埋葬されているそうで、現...

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松本遠征記(7) ~玄向寺~

 続きましては玄向寺です。 なぜか草鞋が沢山かかっている仁王門をくぐります。 この寺は室町時代に開かれましたが、この本堂はその当時かある建物だそう。 そして案内に沿って進むと、目当ての水野氏の廟所があります。 まつられているのは、大坂の陣でも活躍した初代松本水野氏の水野忠清と、それ以下4代当主夫妻と、5代忠幹です。 高さ3mを超える9基の五輪塔は圧巻でした。...

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海道一の城取り(6) ~寺部城~

 続きましては寺部城です。 随應院のすぐ北にある守綱神社がその場所です。 もちろん渡辺守綱が祀られている神社です。 寺部城はというと、戦国時代には鈴木氏の居城でしたが、江戸時代になると尾張藩の家老になった渡辺守綱が入り、以後明治まで続きます。 遺構は土塁や整備された礎石・井戸などがありましたが、あとはただの公園にしか見えませんでした。 つぎは守綱の墓です。...

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海道一の城取り(5) ~随應院~

 東海道の史跡巡り、続きましては豊田市にあります随應院です。 この寺は15世紀に徳川家康の5代前の当主・松平親忠によって建立されたといいます。 江戸時代には渡辺守綱の孫が、母親の菩提を弔うために整備したといいます。 というわけで、ここには渡辺家の奥様方の墓所がありますよ。 燈篭に隠れちゃっていますが、一番右は徳川十六神将の一人に数えられた渡辺守綱(渡辺半蔵家初代)の奥さん。 真ん中が二代目重綱の奥さ...

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池上本門寺

 先日は野暮用があって東京に行ったので、ついでに史跡巡りをしてきました。 東急池上線の池上駅からも近い、池上本門寺です。 こちらには中世には池上氏の館があったのですが、その館にて日蓮がなくなったことからここに寺院を建立したのが始まりとの事です。 江戸時代には肥後加藤家や尾張徳川家などから庇護をうけ、とても栄えたようですよ。 空襲で焼け残った総門を抜けると、加藤清正が寄進した石段が出迎えてくれました...

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松本遠征記(6) ~犬甘城~

 続いては松本城から北西に1.5キロほどの場所にある犬甘(いぬかい)城です。 城山公園として整備され、ちょうど桜が満開だったので、駐車スペースを探すのに苦労しました。 戦国時代には武田信玄が落としたそうですが、藩政時代(戸田市)に桜などの木を植えて庶民に開放されていたというのですから、歴史ある市民の公園なのでしょうね。 説明は無いですが、堀切や切岸などの遺構っぽいものは確認できましたよ。 こちらは主...

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Author:四十路
戦国時代と城址巡りとラーメンが好きなアラフィフです。

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