FC2ブログ

記事一覧

南紀南勢遠征記(13) ~花の窟神社~

 二日目、最初に訪れたのはここ『花の窟神社』です。 『はなのいわや』と読むそうです。 世界遺産と書いてあっちゃ、寄りたくなりますよねぇ 世界遺産とはいえ、どこにでもある普通の神社… ここまではね… この鳥居?(『集龍殿』と言うそうな)をくぐると… お! なんだこりゃ? この神社のホームページによると、この神社は『神々の母である伊弉冊尊(イザナミノミコト)が火神・軻遇突智尊(カグツチノミコト)を産み、灼か...

続きを読む

白金で、八重の桜

 先日は白金に行ってきましたよ。 NHKで大河ドラマ『八重の桜』の再放送をやっていたので、まだ訪ねていなかったこの寺に来てしまいました。 まずここ興禅寺は、江戸時代初めに開かれた米沢藩上杉家の菩提寺です。 江戸時代に亡くなった殿様達の墓は米沢にありますが、明治以降に亡くなった方の墓はここにあります。 上の写真は最後の藩主・斎憲の墓です。 上杉家は会津藩祖の保科正之に大恩があるためか、仙台藩と共に奥羽...

続きを読む

車山高原と続日本100名城(10) ~高島城~

 車山散策を終えたら、続日本100名城に選ばれた高島城にやってきました。 上の写真は定番のアングルですが、夕方だと逆光になってしまうんですよね。 柳の木に隠れて撮れば、ちょっとは見れるかな? ここまでくると、綺麗だね。 現在の城跡は、本丸跡を残して市街地になってしまっています。   門をくぐって右に曲がるとすぐ復元天守が現れます。 ここにスタンプがありますよ。 天守最上階からの眺めで、奥に見えるの...

続きを読む

車山高原と続日本100名城(9) ~車山高原~

 というわけで毎年恒例の車山高原にやってきました。 いつもどおり登りだけリフトを使い、帰りは高山植物を愛でながら下りることにしました。 頂上の気象レーダーは年に一度公開するそうな。 そして下り…  いつも梅雨明けを狙って休みを取るんですけど、今年の梅雨明けはとても早かったですよね。 そのおかげでニッコウキスゲの見ごろもとっくに過ぎてしまっていて、遊歩道の近くで咲いていたのはほんの数輪でしたよ。 休...

続きを読む

南紀南勢遠征記(12) ~獅子岩と夕食~

 赤木城を堪能した後は、この日の宿がある熊野市中心部に向かいました。 夕飯を食べようと移動していると、上のようなものを発見しましたよ。 獅子岩というより、ゴジラ岩ですね。 そしてこの日の夕食は、小六さんという店で “てんぷらうどん” をいただきました。 エビがとても大きくておいしかったです。 店主の苗字が蜂須賀なので、店の名前が『小六』なんだニャ[紀伊国] ブログ村キーワード...

続きを読む

南紀南勢遠征記(11) ~赤木城~

 続いては赤木城です。  と、その前に。 ここは天正・慶長あたりにこのあたりの領主であった藤堂高虎らに背いた、一揆勢の処刑場跡とのことでした。  その処刑場から1キロほどの場所に赤木城があります。 続100名城に選ばれましたが、もし選ばれていなくてもいつか来たいと思っていた憧れの城址です。 ちなみにスタンプは、ここから6キロほど離れた鉱山資料館にあります。 さて、駐車場から少し上るとこのような石垣が出...

続きを読む

車山高原と続日本100名城(8) ~光徳寺~

 続いては光徳寺です。 津金寺からは、南に2キロほどの場所にあります。 この光徳寺は、芦田光玄が初代芦田城主である、父の芦田光徳の菩提を弔うために15世紀後半に建立したとされています。  もちろん芦田光徳の墓がありますよ。 それは本堂の裏山にあるのですが、標識も何もないので探すのに少し苦労しました。 墓石の脇に『芦田光徳』と書いてあったので、これで間違いないです。[信濃国] ブログ村キーワード...

続きを読む

車山高原と続日本100名城(7) ~津金寺~

 続いては金津寺(つがねじ)です。 望月城からは、西に8キロほどの場所にあります。 駐車場の前にある藁ぶきの仁王門には、武田菱が誇らしげ。 鎌倉時代に滋野氏の庇護を受けていたらしいのですが、戦国時代からは武田氏が庇護をしたそうです。 こちらは観音堂。 18世紀の建物で、立科町の文化財に指定されています。 そしてここにも有名人?の墓があります。 13世紀に建てられた、滋野氏の供養塔のようです。 どれが誰...

続きを読む

南紀南勢遠征記(10) ~熊野本宮大社~

 つづいては熊野本宮大社です。 やっぱりここまで来たら、熊野三山を制覇しなきゃね! 貴祢谷社からは約一時間のドライブでしたが、熊野川沿いの道はとても気持ちよく走ることができました。 まさかの長い階段を登ると、社殿が見えてきます。 ここにもヤタガラスがいますね。 ここから先は撮影禁止なので、気をつけましょう。 中には四つの本殿(第一殿~第四殿)と、お守り売り場や御朱印受付がありました。 本来は予定に...

続きを読む

南紀南勢遠征記(9) ~貴祢谷社~

 続いて向かったのは貴祢谷社です。 振り仮名がないと『きねがたにしゃ』なんて読めないですよね… 鵜殿城からも近く、ここには駐車場が無いので鵜殿城から歩いていきました。 場所は日比野生コンという会社が目印で、その会社に行けば看板(33.733598, 136.001031)が出ています。 でも私の目的は神社ではなく、この墓石です。 これは先日紹介した鵜殿城を治めた『鵜殿氏一門』の墓で、鎌倉・南北朝期のものなんだそうですよ...

続きを読む

車山高原と続日本100名城(6) ~望月城~

 続きましては望月城です。 望月氏の菩提寺側から徒歩で登ることもできますが、今年の酷暑では徒歩で登ることは命の危険すらあるとの判断から、車で行くことにしました。 上の写真の看板をナビに登録すればすぐに到着できますよ。 看板の近くに駒つなぎ場という名の駐車場があるので、ここに車を止めて歩きます。 左に行く道が登城道です。 歩き出すとすぐに遺構がありますが、土の城だと夏場は草だらけでなにがなんだかわか...

続きを読む

車山高原と続日本100名城(5) ~淨光院~

 続きましては、佐久市望月地区にある淨光院に行きました。 この淨光院は15世紀半ばに、望月氏の菩提寺として建立さたそうです。 もちろん望月氏の墓があるのですが、その前にこのあたりの名主であった真山(さなやま)氏の墓が見つかりました。  そしてこちらが望月氏の墓です。 望月氏はこのあたりを治めた豪族で、戦国時代に武田氏が進出してくるとその傘下に入り、例の第四回川中島合戦にも武田軍の一員として参加しまし...

続きを読む

南紀南勢遠征記(8) ~鵜殿城~

 新宮城の脇を流れる熊野川を渡れば三重県です。 水野家の墓参りを済ませたら、三重県に渡り鵜殿城を攻略しました。 登城口は、紀宝町ふるさと歴史館のすぐ近くにある、このローラー滑り台の脇です。 少し登れば、堀切らしきものが見えてきます。 また少し登れば主郭に出ます。 しっかりと土塁で囲まれていますね。 この鵜殿城は、鎌倉時代に鵜殿氏によって築かれたといいます。 その後南北朝の騒乱が収まると、鵜殿氏は三...

続きを読む

南紀南勢遠征記(7) ~ 水野家墓所~

 続きましては、新宮城主であった水野家の墓所に行きました。 城主とはいえ、水野家は紀伊徳川家の家老とういう立場だったので、大名ではありませんね。 場所は新宮高校の南側で、座標は (33.718557, 135.986537)←このあたりになっています。 倒木にも負けず石段を登って行けば… 初代・水野重仲以下歴代城主及び親族16基の墓碑が並んでいます。  一応この人の墓碑だけでも載せておきます。 初代・新宮城主の水野重仲です...

続きを読む

車山高原と続日本100名城(4) ~ 岩尾城~

 岩尾城主・大井氏の墓参りを済ませたら、その岩尾城を攻略しました。 駐車場は無いとのことだったので、桃源院から歩いて訪問しました。 桃源院から西に10分ほどの場所にある、伊豆箱根三島神社が城跡にあたります。 社殿がある場所が主郭になり、そこは少し高くなっていました。 正確にはこの奥が主郭との事でしたが… 真夏ということで、藪になっていて入ることが出来ませんでした。 本丸には、城主やここでの合戦が原因...

続きを読む

カレンダー

11 | 2018/12 | 01
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

プロフィール

四十路

Author:四十路
戦国時代と城址巡りとラーメンが好きなアラフィフです。

Instagram

Instagram

FC2 ランキング

にほんブログ村ランキング

にほんブログ村 旅行ブログ 国内一人旅へ
にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へ
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
 

ブログ村ランキング参加中!

上のバナーか記事中のバナーをポチッとしてくれたら泣いて喜びます。

カテゴリー

月別アーカイブ