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南紀南勢遠征記(29) ~松坂城~

 南紀南勢遠征も最終日。 最終日最初に向ったのは松阪市にある松坂城です。(市名のときが『阪』で、城名のときは『坂』のようです) 朝一で向ったのですが、指定の駐車場が満車。 その駐車場が市民?病院の駐車場と共用ということで、結局30分近くも待たされたんじゃないかな? 別のコインパーキングでも探せばよかったですよ… 気を取り直して登城です。 この松阪城は二回目の登城ですが、今回は100名城のスタンプが...

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高遠遠征記(6) ~蓮華寺~

 続いては蓮華寺です。 この蓮華寺は、絵島生島事件で配流になった絵島の墓があります。 絵島なんてあまり興味がないのですが、一応『墓マイラー』端くれとして寄ることにしました。 絵島とは徳川家継の生母・月光院に仕えた人です。 生島という歌舞伎役者と密通したという罪で、高遠に流罪になりました。  本当は密通はでっち上げで、対立していた徳川家宣の正室・天英院派によって失脚させられた(絵島は月光院派)という...

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高遠遠征記(5) ~満光寺~

 続いては満光寺です。 創建は天正元年とされ、高遠城主の帰依を受けました。  もちろん有名人の墓があります。 時の高遠藩主であった保科正光は、子供がいなかった為に妹の子である左源太を養子に迎えました。 …なのですが、なぜか徳川秀忠の隠し子(?)である幸松丸(後の保科正之)をも養子に迎えることになってしまいました。 正光も左源太をどう扱うか悩んだでしょうが、それも稀有に終わり、左源太は夭折してしまし...

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南紀南勢遠征記(28) ~大河内城~

 続いては大河内城です。 国道166号線沿いにある大河内公民館が目印です。 公民館に駐車場と案内があるので、寄ってから攻略するのがいいでしょう。  その案内に沿って攻略すると搦め手からになってしまいますが、そのほうがわかりやすいです。 こちらは本丸と西の丸の間に架かる橋。 深い堀が下にあるのですが、うっそうとして写真がうまく撮れなかったので割愛。 織田信長も攻めあぐねたといわれています。 こちらは...

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高輪ゲートウェイに麒麟がくる

 先日は都内に用事がありました。 でも、それは早めに切り上げて、来年の大河ドラマに関連する史跡巡りに行ってきましたよ。 まずは泉岳寺駅からも近い、東禅寺に行きました。 最初の写真にあるように、ここには英国公使館があったのですが、それよりも私は大名墓が目当てでした。 でも、拝観謝絶でお参りすることはできませんでした。 ここには仙台・宇和島の伊達家や高島藩諏訪家・岡山藩池田家などの墓所があります。 中...

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高遠遠征記(4) ~建福寺~

 続いては建福寺です。 建福寺は12世紀ころの創建ですが、高遠城主が武田勝頼のころには武田家の菩提寺になりました。 勝頼の母親である諏訪御料人が埋葬されています。 一番右が諏訪御料人の墓。 真ん中が保科正直で、左が保科正光です。 保科氏は元々信濃の国衆・高遠氏の家臣でしたが、その後武田→徳川と仕え、最終的には高遠に帰ってきて大名になりました。 正光の奥さんは真田昌幸の娘ですが、徳川秀忠の隠し子?であ...

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高遠遠征記(3) ~高遠城~

 続いては高遠城です。 いわずと知れた桜の名所ですが、真冬であったこの日は貸し切り状態でした。 高遠城は天守があるわけでもなく石垣があるわけでもないから、よほどの城マニアでもない限り訪れないのでしょうかね? この橋を渡れば本丸です。 こちらが本丸の様子。 本丸には仁科盛信(信玄五男)と藤原鎌足を祀った新城藤原神社と… 太鼓櫓(現存ではありません)がありました。 やはり空堀がかっこいいですね~ トマ...

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南紀南勢遠征記(27) ~西念寺~

 続いては西念寺です。 九鬼家の菩提寺・常安寺からは南に歩いて15分ほどの場所にあります。 ここには内藤忠勝の墓があります。 浅野内匠頭が吉良上野介を切りつけた松の廊下事件からさかのぼること21年、その事件は起きました。 4代将軍家綱の法要が行われていた増上寺で、内藤忠勝は日頃から恨みに思っていた(法要当日もイジワルをされたらしい)永井尚長を切りつけてしまいました。 もちろん内藤は切腹してお家断絶、永...

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南紀南勢遠征記(26) ~常安寺~

 鳥羽城に続いては常安寺です。 ここは鳥羽城を築いたとされている九鬼家の菩提寺です。  九鬼家の墓所は本堂の裏にありました。  真ん中が信長・秀吉にも仕えた嘉隆で、その左が嘉隆の跡を継いだ守隆です。 嘉隆は関ケ原で西軍についたんですけど、東軍についた守隆の奔走で死罪からは免れたんですよね。 でもそのことを告げる使者と行き違いになってしまって、結局切腹してしまいました。 これじゃ親子で東西に分かれた...

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高遠遠征記(2) ~峰山寺~

 続いては峰山寺です。 この寺は、高遠藩主だった鳥居忠春が、父の菩提を弔うために建立されたとされています。 もちろん、忠春のお父さん(忠政)の墓があると思いきや… 忠春本人と母親(内藤氏)の墓がありました。 忠春は暴君として有名で、その結果家臣に切り殺されるという最後になりました。 普通はそれで改易なのでしょうが、祖父の元忠の功績(関ヶ原の前哨戦・伏見城の戦いで討死)が考慮されて、長男が跡を継ぐこ...

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高遠遠征記(1) ~桂泉院~

 昨年12月に、長野県伊那市の高遠に行ってきましたのでそのレポートです。 まずは桂泉院。  ここには何があるかというと、鐘です。 高遠が織田信長軍に攻められた際、織田方がどっかの寺からかっぱらってきて陣鐘にしたそうです。 よく見ると、損傷が激しいです。 その前には塚原卜伝の碑がありました。 墓というより記念碑的なもので、江戸時代に卜伝の弟子だった高遠藩士によって建てられたそう。 その近くには位牌堂が...

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南紀南勢遠征記(25) ~鳥羽城~

 続いては鳥羽城です。 場所は鳥羽水族館と鳥羽市役所の間です。  水軍の将である九鬼嘉隆による城ですが、当時は海に突き出て、しかも大手門が海側というとても珍しい城でした。 今は周りが埋め立てられちゃっていますけどね。 建物などは残っていませんですが、ところどころに見事な石垣が残っています。 こちらは本丸の様子。 ただの広場ですね。 本丸の向こう側には三重県初の鉄筋コンクリート造りの旧鳥羽小学校があ...

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南紀南勢遠征記(24) ~二見興玉神社~

 続いては二見興玉神社です。 伊勢神宮の内宮からだと、北東に10キロほどの海岸に鎮座しています。 本当はこの神社を参拝してから神宮を参拝するのが作法だそうですが、それだと効率が悪くなってしまうので後回しになってしまいました。  んで鳥居をくぐると天の岩屋がありました。 天照大御神が隠れたという伝説の岩屋ですが、今では全国に20ヶ所ほどあるそうです。 近代的な社殿を抜けると… 夫婦岩がありました。 夏至...

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三春遠征記(最終回) ~伊東肥前と安積左衛門~

 三春の史跡巡りも終わり、あとは会津にて向羽黒山城のスタンプを押すだけになったのですが、途中郡山に寄り道をしました。 まずは日吉神社です。 ここには伊東肥前の碑がありました。 戦国時代に伊達政宗と蘆名・相馬連合軍による郡山城争奪戦があったのですが、その時に政宗の身代わりになって討死したのが伊東肥前でした。 江戸時代になって参勤交代の時には必ずここに立ち寄ったそうです。 続いては安積左衛門の墓です。...

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三春遠征記(8) ~西方館~

 続いては西方館です。 三春城からは南に5キロほどの場所にある、さくら湖の西岸にあります。 ここはさくら湖を見渡せる観光地になっていて、駐車場も完備されているので行きやすいでしょう。 一応上の写真が主郭になっていて、低いですが土塁に囲まれています。   この館の詳細はわかっていないようですが、戦国時代には東の相馬領と西の伊達領に挟まれて、抗争の舞台にはなっていたようです。 主郭だけ見れば、臨時の砦...

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四十路

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戦国時代と城址巡りとラーメンが好きなアラフィフです。

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