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海道一の城取り(20) ~高天神城~

 続きましては高天神城です。 この城を制する者は、遠江を制すると言われたあの城です。 そんな高天神城を父である武田信玄は落とせず、息子の武田勝頼が落としました。 勝頼はそれが自慢だったようですが、徳川軍が取返しに来たときに、武田勝頼は援軍を出せなかったことから人心が離れ、武田家滅亡のきっかけになった城といっても過言ではないでしょう。 以前登城したときは傾斜のきつい搦手から登ったので、今回は大手から...

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海道一の城取り(19) ~撰要寺~

 横須賀城の後は、その城主の墓がある撰要寺です。 横須賀城からは北東に500mほどの場所にあります。 ちなみに、上の写真の門は、横須賀城の門を移築したものらしいですよ。  んで、この寺は1581年に大須賀康高により創建されました。 康高はあまり有名でないでしょうが、常に徳川軍の最前線で戦った人です。 特に対武田家との高天神城籠城と、後の高天神城奪回戦での活躍が有名かな? 上の写真じゃよくわからないですが...

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初雪の前に南魚沼攻略(4) ~雲洞庵~

 続きましては雲洞庵です。 8年ぶり二度目の訪問です。 前回はまだ雪が積もっていて、まともに『雲洞庵の土を踏』めなかったのですが、今回はちゃんと踏むことができました。 この敷石一つ一つに法華経一字ずつ彫ってあるとのことなので、参道を歩けば罪業消滅や万福多事の御利益があるということです。 拝観料を払って本堂の中に入りました。 写真撮影OKなのが太っ腹! おなじみ、上杉景勝と直江兼続が幼少期に修行した...

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初雪の前に南魚沼攻略(3) ~銭淵公園と坂戸城と長尾政景の墓~

 続きましては銭淵公園に行きました。 坂戸城の外堀の役割をしていた銭淵池というのがこの公園の由来です。 上の写真は直江兼続伝世館ですが、この日は残念ながら休みでした。 坂戸城といえば、天地人の舞台ということで、上杉景勝と直江兼続主従の像がありました。 大河に合わせて造られたんでしょうね。 上杉景勝の父である長尾政景は、長野県の野尻池で溺死したという話が有名ですが、この銭淵池で溺死したという説もある...

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海道一の城取り(18) ~横須賀城~

 掛川城の次に訪れたのは、同じく掛川市にある横須賀城です。 三浦半島の横須賀ではないですよ。 こちらは16世紀の後半に大須賀氏によって建てられた城ですが、この川原石で積まれた石垣が珍しいんです。 四角い石のほうが崩れにくいような気もしますが、よく保っていますよね… 『玉石積み』というそうです。 玉石積みの石垣が残っているのは大手(海側)のほうだけで、反対側は迫力のある土塁が残っていました。 本丸の様...

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海道一の城取り(17) ~掛川城~

 次の日は朝一で掛川城に向かいました。 朝からいい天気で気分がいいです♪ 写真は1995年に復元された大手門です。  こちらも復元された四足門。 やっぱり天守があるとかっこいいですよね。 木造で復元された天守です。 急な階段も完全再現? 天守からの眺めです。 そして掛川城といえば、御殿が現存していることで有名です。 現存御殿はにほんで四つ(川越・掛川・二条・高知)しか無いのだから貴重ですよね。 こちら...

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初雪の前に南魚沼攻略(2) ~管領塚史跡公園~

 続いては管領塚史跡公園です。 上の写真の国道291号線の下原新田交差点にそれはあります。 管領塚公園とは、関東管領だった上杉顕定の墓を公園化したものです。 上杉顕定は越後守護の上杉家の出身でしたが、後に関東管領家の山内上杉家を継ぐことになります。 当時の越後守護の上杉房能(顕定の弟)が長尾為景(上杉謙信の父)に殺されると、顕定は仇とばかりに越後に攻め込みますが、結局為景軍に敗れ自刃してしまいます。...

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初雪の前に南魚沼攻略(1) ~浦佐城かと思ったら上山城~

 さてここからは、昨年9月に行った新潟県南魚沼の史跡巡りのレポートです。 2011年4月にも来たのですが、まだ雪が積もっていて十分な史跡めぐりができなかったんですよね。 なので今回リベンジとさせていただきました。 まずは浦佐城に登るべく浦佐毘沙門堂へとやってきました。  大河「天地人」に合わせて作られたと思われる看板を確認していざ出陣! 車道を少し登ると登山口に到着しました。 あれ?上山城って、浦佐城...

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海道一の城取り(16) ~鳥羽山城~

 次は鳥羽山城です。 徳川家康が二俣城を取り返すために築いた城です。 場所は二俣城の南西500mほどの所にあります。 上の写真は大手道ですが、安土城もびっくりの直線道路ですね。 左に見える石垣は遺構のようです。  こちらは大手門の石垣だったかな?  そして本丸の様子。  本丸からの眺めです。 こちらは東通用門。 櫓門でもあったのでしょうか? 帰りは搦手から帰りました。 そしてこの日は、ホテルのある掛川...

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海道一の城取り(15) ~二俣城~

  続いては二俣城です。 徳川信康の墓がある清瀧寺からも行けるようなので、歩いてみました。 10分ほどで入口に到着です。 本丸の虎口です。 本丸の様子です。 天守台は何となく浜松城の物と似ていますね。 城主は今川氏→徳川氏→武田氏→徳川氏と変りますが、二回目の徳川氏(実際の城主は大久保忠世)の時の天守台とされます。 徳川信康が自刃したのもここでしたね。 本丸と北郭の間の堀切跡。 北郭には神社が鎮座して...

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夷隅遠征記(最終回) ~円覚寺~

 夷隅遠征の最終回は、円覚寺です。  久留里城からは北に3キロほどの場所にあります。 もちろん有名人というか、久留里藩主の墓があるのです。 左から土屋忠直、忠直夫人、利直(忠直長男)の墓です。 この寺では『県内最大の五輪塔』をウリにしたいようですが、私は『片手千人切りの土屋昌桓の息子の墓』としたほうが歴史ファンが多く訪れると思うのですがいかがでしょう? 土屋昌桓という人は、武田家が滅びる最後の瞬間...

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海道一の城取り(14) ~清瀧寺~

 井伊家の菩提寺である龍潭寺から北東に20キロ、清龍寺へとやってきました。 観光用の駐車場である二俣小前駐車場からは、200mほどの場所にあります。 んで、ここには何があるのかというと、徳川家康の長男である徳川信康の墓があるのです。 織田家・徳川家の共通の敵である武田家と通じていたとかで、信長に『切腹させよ』と命じられたというのが一般的な説ですよね。 まあ、ほかにも説があるようですが、若くして死んだと...

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海道一の城取り(13) ~龍潭寺~

 井伊の居城を攻略した後は、その井伊家の菩提寺の龍潭寺に行きました。 上の写真は本堂ですが、小林薫さん演じる南渓和尚が猫を侍らせる姿が目に浮かびますね~ 有料拝観エリアはすっ飛ばして、井伊家の墓所に行きました。 井伊家の墓所の周りには、その井伊家を支えた家臣たちの墓所もあります。 上の写真は中野家代々の墓所です。 大河では中野親子を筧利夫さん、矢本悠馬さんが演じていましたね。 んでこちらが井伊家の...

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夷隅遠征記(6) ~久留里城~

  続いては久留里城です。 真里谷氏のはかがある真如寺からは南に10キロほどの場所にあります。   君津市森林体験交流センターに大きな駐車場があるので、そこから歩いていきましょう。 上の写真は堀切の跡らしいです。 もちろん改変してあるのでしょうが、大きいですね。  こちらは虎口(だと思う) そしてこちらが模擬天守です。  昭和54年に浜松城の天守を参考にして建てられたそうです。 浜松城も模擬天守なので...

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夷隅遠征記(5) ~真里谷城と真如寺~

 続いては真里谷城に行きました。 「マリヤ」ではなく「まりやつ」又は「まりがやつ」と読みます。 最初の写真のキャンプ場を目指せばよいでしょう。 とはいえ、キャンプ場は夏にしか営業していなく、営業時間以外は入ることもできないようです。 私が行ったのは7月中旬だったのですが、7月中旬って夏じゃないのかなぁ?  諦めの良い私は真里谷城主の墓がある真如寺に行きました。 甲斐の武田一族の武田信長が、上総に進出...

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Author:四十路
戦国時代と城址巡りとラーメンが好きなアラフィフです。

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