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車山高原と続日本100名城(6) ~望月城~

 続きましては望月城です。 望月氏の菩提寺側から徒歩で登ることもできますが、今年の酷暑では徒歩で登ることは命の危険すらあるとの判断から、車で行くことにしました。 上の写真の看板をナビに登録すればすぐに到着できますよ。 看板の近くに駒つなぎ場という名の駐車場があるので、ここに車を止めて歩きます。 左に行く道が登城道です。 歩き出すとすぐに遺構がありますが、土の城だと夏場は草だらけでなにがなんだかわか...

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車山高原と続日本100名城(5) ~淨光院~

 続きましては、佐久市望月地区にある淨光院に行きました。 この淨光院は15世紀半ばに、望月氏の菩提寺として建立さたそうです。 もちろん望月氏の墓があるのですが、その前にこのあたりの名主であった真山(さなやま)氏の墓が見つかりました。  そしてこちらが望月氏の墓です。 望月氏はこのあたりを治めた豪族で、戦国時代に武田氏が進出してくるとその傘下に入り、例の第四回川中島合戦にも武田軍の一員として参加しまし...

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南紀南勢遠征記(8) ~鵜殿城~

 新宮城の脇を流れる熊野川を渡れば三重県です。 水野家の墓参りを済ませたら、三重県に渡り鵜殿城を攻略しました。 登城口は、紀宝町ふるさと歴史館のすぐ近くにある、このローラー滑り台の脇です。 少し登れば、堀切らしきものが見えてきます。 また少し登れば主郭に出ます。 しっかりと土塁で囲まれていますね。 この鵜殿城は、鎌倉時代に鵜殿氏によって築かれたといいます。 その後南北朝の騒乱が収まると、鵜殿氏は三...

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南紀南勢遠征記(7) ~ 水野家墓所~

 続きましては、新宮城主であった水野家の墓所に行きました。 城主とはいえ、水野家は紀伊徳川家の家老とういう立場だったので、大名ではありませんね。 場所は新宮高校の南側で、座標は (33.718557, 135.986537)←このあたりになっています。 倒木にも負けず石段を登って行けば… 初代・水野重仲以下歴代城主及び親族16基の墓碑が並んでいます。  一応この人の墓碑だけでも載せておきます。 初代・新宮城主の水野重仲です...

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車山高原と続日本100名城(4) ~ 岩尾城~

 岩尾城主・大井氏の墓参りを済ませたら、その岩尾城を攻略しました。 駐車場は無いとのことだったので、桃源院から歩いて訪問しました。 桃源院から西に10分ほどの場所にある、伊豆箱根三島神社が城跡にあたります。 社殿がある場所が主郭になり、そこは少し高くなっていました。 正確にはこの奥が主郭との事でしたが… 真夏ということで、藪になっていて入ることが出来ませんでした。 本丸には、城主やここでの合戦が原因...

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車山高原と続日本100名城(3) ~ 桃源院~

 龍岡城の後は、桃源院に行きました。  龍岡城からは北西に10キロほどの場所にあります。  この桃源院は、近くの岩尾城主の岩尾大井氏の三代・大井行真によって祖父と父の菩提を弔うために16世紀半ばに開かれました。 というわけで、ここには岩尾大井氏の墓があります。  …っと、その前に、ここにはリアル『トイレの神様』がいらっしゃいました。 本堂にお参りしてから大井氏の墓参りですが、大井氏の墓は本堂の左奥にあ...

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南紀南勢遠征記(6) ~ 堀内氏館~

 つづいては堀内氏館です。 熊野速玉大社からは南に700mほどの場所にあり、今は全龍寺という寺になっています。 この堀内氏館は、戦国時代にこのあたりを治めた堀内氏の館です。  平城ですが、近くの山に詰城があったとの事なので、武田氏における躑躅ヶ崎のようなものなんでしょうか?  時の当主・氏善は、秀吉からはこの地を安堵されますが、関ヶ原で西軍についたために改易されます。 この館も、後にこの地に入った浅...

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南紀南勢遠征記(5) ~ 熊野速玉大社~

 つづいては熊野三山の一つ、熊野速玉大社です。 先日紹介した、熊野那智大社は470段の階段が大変でしたが、こちらは平地なので楽でした。 というわけで、こちらは全国の熊野大社の総本宮であります。 勿論、世界遺産でもあります。 こちらは那智よりも、外国人観光客は少なかったなぁ…[紀伊国] ブログ村キーワード...

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車山高原と続日本100名城(2) ~ 龍岡城~

 依田信蕃の墓参りの後は、二つめの五稜郭でおなじみの龍岡城に行きました。 ここは三回目の登城ですが、今回は続日本100名城に選ばれたということで、スタンプ押印が目的です。 なので見学はサラッと… でもいつも思うのですが、なんでここに五稜郭を造ったのでしょうね? しかも規模が小さいので、戦国時代の火縄銃や槍でもすぐに落とせそうな感じがします。  建物遺構は、上の写真の『台所』のみです。 私が行った時は夏...

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車山高原と続日本100名城(1) ~ 蕃松院~

 さて、ここからは7月の下旬に車山高原に行ったついでに、史跡めぐりをしてきた時のレポートです。 最初の目的地の龍岡城に着いたのは9時ちょっと前。 続100名城のスタンプを押せるのが9時半からだったので、近くの蕃松院に参拝してきました。 蕃松院は以前も紹介しましたが、戦国武将の依田信蕃がある寺です。 信蕃は武田氏の家臣で、武田氏が滅びると織田信長に仕えました。 本能寺の変の後は天正壬午の乱に巻き込まれ… ...

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南紀南勢遠征記(4) ~ 阿須賀神社~

 新宮城の後は阿須賀神社へとやってきました。 新宮城からは東へ600mほどの場所です。  創建は皇紀238年だそうで、西暦だと紀元前423年です。 こんなに小さくて人もいない神社ですが、世界遺産(紀伊山地の霊場と参詣道)ですよ。 私がここに来た理由は別にありました。 阿須賀神社に併設されている博物館に、新宮城の100名城スタンップがあるのです。[紀伊国] ブログ村キーワード...

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南紀南勢遠征記(3) ~新宮城~

 続いては新宮城です。 和歌山県と三重県の境に流れる熊野川沿いにあり、案内も充実している為迷う事は無いでしょう。 駐車場も完備されていますが、上の写真の登城口とは違う場所です。 この新宮城は平安時代末期に築かれたとされていますが、今の近世城郭になったのは関ヶ原の功からこの地を与えられた浅野氏によるものだとされます。 その後一度廃城になっていますが、德川頼宣の紀州入府の時に家老であった水野氏が城主に...

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越中遠征記(最終回)・上野編 ~長年寺~

 さて、越中遠征記も最終回です。 最後に訪れたのは長年寺です。 箕輪城からは南東に6キロほどの場所にあります。 もちろん、有名人の墓があります。 上の写真にあるように、箕輪城主・長野氏の墓です。  案内に沿って歩くと、そこに開基・業尚を中心とした長野氏累代の墓がありました。 もちろん武田信玄と激闘を繰り広げた、長野業政の墓もありますよ。(右から二番め。)[上野国] ブログ村キーワード...

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越中遠征記(28)・上野編 ~龍門寺~

 箕輪城のあとは、井伊直政創建と伝わる龍門寺に行きました。 箕輪城からは北に1キロほどと、歩いていける距離になります。 というわけで、ここには有名人の墓がありますよ。 それは松下源太郎です。 源太郎は、井伊直政の生母・永護院(奥山ひよ)の再婚相手なので、井伊直政の継父ということになります。 昨年の大河ドラマにも登場していましたよね。 写真の真ん中の大きな宝篋印塔は源太郎の息子のもので、その左にある...

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越中遠征記(27)・上野編 ~箕輪城~

 越中遠征なのに、上野とはこれいかに… 日本海側が嵐ということで、急遽太平洋側の群馬県・箕輪城にやってきました。 山を一つ越えただけでこんなにも天気が変わるなんて、日本列島っておもしろいですね。 さて、私がこの箕輪城を訪れたのは、たぶん20年ぶりくらいだったでしょうが、ずいぶんと整備されたような印象です。  こちらは平成28年に復元された城門です。 井伊直政時代のものを忠実に復元したんだそうです。...

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戦国時代と城址巡りとラーメンが好きなアラフィフです。

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