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海道一の城取り(24) ~龍雲寺~

 続いては龍雲寺です。 駿府城からは、北東に3キロほどの場所にあります。 ここには何があるのかというと、上の写真にあるように、寿桂尼の墓があります。 寿桂尼とは、今川義元のお母さんのことです。  『おんな城主直虎』では、浅丘ルリ子さんが演じていましたね。 そんな寿桂尼こそ『おんな城主』の名に相応しい女性だと思います。 息子の義元が桶狭間で討たれた後もよく今川家を支えました。 武田信玄との同盟が手...

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海道一の城取り(23) ~駿府城~

 続いては駿府城へとやってきました。 元々は今川氏の館でしたが、最終的には徳川家康の隠居城として完成されました。 今残る遺構や再建建物は、その家康隠居時代のものだとか。 外郭というか、堀の周辺の櫓や門は少し再建されましたが、今は本丸内の天守台の発掘調査が行われています。 家康時代の天守台の発掘をしていたら、秀吉政権時代の金箔瓦が出てきたなんてニュースもありましたね。 これがその発掘現場。 日本一デ...

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四国遠征記(2) ~江国寺~

 さて四国遠征二日目、まだ四国には入っていません。 淡路島の洲本市です。 その洲本市にあります、江国寺にやってきました。 ここには江戸時代に淡路を統治した、蜂須賀家の家老・稲田家の墓所があります。 蜂須賀小六と義兄弟の契りを結んだ、稲田植元が有名ですね。 っでも残念ながら、植元の墓はここにはありません。...

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四国遠征記(1) ~織田信長戦地本陣跡~

 さてここからは、昨年5月に行った四国の史跡めぐりのレポートです。 埼玉から車で四国に行ったのですが、途中で寄ったのがここ『長篠設楽原PA』です。 上の写真はPAから見た何の変哲もない丘ですが、なんとここは… 長篠合戦における、信長の本陣跡なのです。 馬房柵も再現されていますよ! ここが武田軍と織田徳川連合軍が戦った場所だ! と思ったら、決戦の地はこの写真でいうともっと左側だったらしい…  …で、あるか。...

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海道一の城取り(22) ~誓願寺~

 続いては、諏訪原城から北東に30キロほどの場所にあります。 近くには丸子(まりこ)城という山城があるのですが、時間がないのでスルーしました。 そしてここには片桐且元の墓があります。 この寺は、且元が例の「国家安康君臣豊楽」の言い訳を家康にするために滞在した寺ということです。 且元の墓に行く途中には、味知家の墓がありました。 「味知」という苗字は家康からもらったもので、、家康に献上した柿がとても美味...

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海道一の城取り(21) ~諏訪原城~

 続きましては諏訪原城です。 ここも続日本100名城に指定されたために、再び訪れました。(二回目) 前回来た時より整備され、堀が見やすくなってましたよ! 上の写真は、見どころの一つでもある、二の曲輪中馬出の堀です。 馬出といえば、武田氏のお家芸といってもいい存在ですよね。 それもそのはず、この城は武田氏が駿河侵攻の拠点とするために築いた城です。 後に長篠合戦で武田氏が破れると、徳川氏に奪われて、徳川...

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初雪の前に南魚沼攻略(最終回) ~樺沢城と夕食~

 最後は樺沢城です。 上越国際スキー場前駅近くの、龍澤寺の向かいに登城口があります。 駐車場もすぐ近くに完備していますよ。 この城の築城時期は不明ですが、元々は上田長尾家の城だったようで、上田長尾家の長尾政景の息子である上杉景勝の出生の地とされています。 謙信の死後の御館の乱時には関東の北条家に奪取されますが、北条家は降雪を恐れて関東に帰ってしまったために、景勝側に奪い返されてしまいます。 景勝が...

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海道一の城取り(20) ~高天神城~

 続きましては高天神城です。 この城を制する者は、遠江を制すると言われたあの城です。 そんな高天神城を父である武田信玄は落とせず、息子の武田勝頼が落としました。 勝頼はそれが自慢だったようですが、徳川軍が取返しに来たときに、武田勝頼は援軍を出せなかったことから人心が離れ、武田家滅亡のきっかけになった城といっても過言ではないでしょう。 以前登城したときは傾斜のきつい搦手から登ったので、今回は大手から...

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海道一の城取り(19) ~撰要寺~

 横須賀城の後は、その城主の墓がある撰要寺です。 横須賀城からは北東に500mほどの場所にあります。 ちなみに、上の写真の門は、横須賀城の門を移築したものらしいですよ。  んで、この寺は1581年に大須賀康高により創建されました。 康高はあまり有名でないでしょうが、常に徳川軍の最前線で戦った人です。 特に対武田家との高天神城籠城と、後の高天神城奪回戦での活躍が有名かな? 上の写真じゃよくわからないですが...

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初雪の前に南魚沼攻略(4) ~雲洞庵~

 続きましては雲洞庵です。 8年ぶり二度目の訪問です。 前回はまだ雪が積もっていて、まともに『雲洞庵の土を踏』めなかったのですが、今回はちゃんと踏むことができました。 この敷石一つ一つに法華経一字ずつ彫ってあるとのことなので、参道を歩けば罪業消滅や万福多事の御利益があるということです。 拝観料を払って本堂の中に入りました。 写真撮影OKなのが太っ腹! おなじみ、上杉景勝と直江兼続が幼少期に修行した...

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初雪の前に南魚沼攻略(3) ~銭淵公園と坂戸城と長尾政景の墓~

 続きましては銭淵公園に行きました。 坂戸城の外堀の役割をしていた銭淵池というのがこの公園の由来です。 上の写真は直江兼続伝世館ですが、この日は残念ながら休みでした。 坂戸城といえば、天地人の舞台ということで、上杉景勝と直江兼続主従の像がありました。 大河に合わせて造られたんでしょうね。 上杉景勝の父である長尾政景は、長野県の野尻池で溺死したという話が有名ですが、この銭淵池で溺死したという説もある...

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海道一の城取り(18) ~横須賀城~

 掛川城の次に訪れたのは、同じく掛川市にある横須賀城です。 三浦半島の横須賀ではないですよ。 こちらは16世紀の後半に大須賀氏によって建てられた城ですが、この川原石で積まれた石垣が珍しいんです。 四角い石のほうが崩れにくいような気もしますが、よく保っていますよね… 『玉石積み』というそうです。 玉石積みの石垣が残っているのは大手(海側)のほうだけで、反対側は迫力のある土塁が残っていました。 本丸の様...

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海道一の城取り(17) ~掛川城~

 次の日は朝一で掛川城に向かいました。 朝からいい天気で気分がいいです♪ 写真は1995年に復元された大手門です。  こちらも復元された四足門。 やっぱり天守があるとかっこいいですよね。 木造で復元された天守です。 急な階段も完全再現? 天守からの眺めです。 そして掛川城といえば、御殿が現存していることで有名です。 現存御殿はにほんで四つ(川越・掛川・二条・高知)しか無いのだから貴重ですよね。 こちら...

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初雪の前に南魚沼攻略(2) ~管領塚史跡公園~

 続いては管領塚史跡公園です。 上の写真の国道291号線の下原新田交差点にそれはあります。 管領塚公園とは、関東管領だった上杉顕定の墓を公園化したものです。 上杉顕定は越後守護の上杉家の出身でしたが、後に関東管領家の山内上杉家を継ぐことになります。 当時の越後守護の上杉房能(顕定の弟)が長尾為景(上杉謙信の父)に殺されると、顕定は仇とばかりに越後に攻め込みますが、結局為景軍に敗れ自刃してしまいます。...

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初雪の前に南魚沼攻略(1) ~浦佐城かと思ったら上山城~

 さてここからは、昨年9月に行った新潟県南魚沼の史跡巡りのレポートです。 2011年4月にも来たのですが、まだ雪が積もっていて十分な史跡めぐりができなかったんですよね。 なので今回リベンジとさせていただきました。 まずは浦佐城に登るべく浦佐毘沙門堂へとやってきました。  大河「天地人」に合わせて作られたと思われる看板を確認していざ出陣! 車道を少し登ると登山口に到着しました。 あれ?上山城って、浦佐城...

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戦国時代と城址巡りとラーメンが好きなアラフィフです。

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