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海道一の城取り(2) ~鳴海城・鷲津砦・丸根砦・大高城~

 小牧城から南下し、名古屋城なんか目もくれず(木造再建が実現したらまた行こうかな)、桶狭間合戦にゆかりの城跡に行きましたよ。 これから行く場所は何れも駐車場が無い為、近くの公園に車を止めて折り畳み自転車を引っ張り出して移動しました。 まずは鳴海城。 ここの城主が織田信長から今川義元に寝返った為、桶狭間合戦が勃発したといっても過言ではありません。 今はただの公園ですが、微高地になっているためそれっぽ...

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海道一の城取り(1) ~小牧山城~

 さてここからは、昨年11月の史跡めぐりのレポートでうす。 主に愛知~静岡~神奈川の100名城スタンプ収集がメインでした。 昼前に埼玉を出発し、目的地の小牧市に到着したら夕食です。 この日は台湾まぜそばをいただきましたよ! ニンニクと卵とニラで、翌日からの山城巡りもばっちりでしょうね。 んで翌日です。 泊まったホテルからは、小牧山城の天守(資料館)が見えました。 オーシャンビューならぬ、キャッスルビュ...

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松本遠征記(2) ~廣澤寺~

 続いては廣澤寺です。 馬場家住宅からは、北北東に6キロほどの場所にあります。 と、その前に、冠木門の向かいにはこんな場所がありました。 徳川家康の祖先・松平親氏親子が諸国放浪中にここの住人・林光政宅に寄ったそうな。 林は何も御馳走するものが無かったので、廣澤寺の門前で兎を捕まえて御馳走しました。 その後、徳川家は隆盛を極め、林家はその徳川家の家臣になり、毎年正月には徳川将軍に兎汁をふるまうことを...

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松本遠征記(1) ~馬場家住宅~

 さてここからは、今年四月に行った長野県松本市の史跡巡りのレポートです。 結果的に平成最後の遠征になりました。 んで、まずはここ『馬場家住宅』です。 松本駅から南南東に7キロ、塩尻北ICからですと東に3キロほどの場所にあります。 国の重要文化財にも指定されているので、案内も充実しているので迷うことも無いでしょう。 馬場家住宅というのは、天正10年に滅んだ後、武田家の家臣・馬場氏が建てた住宅です。 今...

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茂木町に麒麟がくる(後編) ~能持院~

 佐竹氏配下の茂木城主が佐竹氏と共に秋田に移った後に茂木に入ったのが、明智光秀の娘婿の弟である細川興元です。 わかりにくいい書き方をしましたが、細川興元は細川忠興の弟です。 忠興の奥さんが、明智光秀の娘のガラシャでしたね。 興元は茂木に移ってきたら、この能持院を菩提寺にしました。 というわけで、ここには細川氏の墓所がありますよ。 その墓域がここです。 何の変哲もない墓域に見えますが、ここがかなり珍...

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茂木町に麒麟がくる(前編) ~茂木城~

 先日は栃木県茂木町に行ってきましたよ。 まずは茂木城です。 茂木町役場の北側にある小山が城址になっています。 茂木保育園を目標にするとわかりやすいのですが、アクセス道が細くクネクネしているので、運転に自信がない方は麓から歩いて登るのがいいかもしれません。 あまり高い山ではないですからね。 駐車場の近くには、近世城郭化と見まがうほどの高い切岸。 この上が主郭になります。 こちらが主郭の入り口ですが...

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南紀南勢遠征記(最終回) ~上津部田城~

 最終回は上津部田城(こうつべたじょう)です。 場所は三重県総合文化センターを目指すといいでしょう。 その巨大な駐車場のA1のすぐ北西側、もしくはC9のすぐ南側にあります。 わたしはA1駐車場から行きました。 ちょうどイベントか何かをやっていて、一番奥に押しやられたのが幸いし、すぐ近くに城址公園がありましたあよ。 この城の歴史はよくわかっていないようなのですが、発掘調査の結果ですと戦国時代のものであ...

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南紀南勢遠征記(31) ~津城~

 続いては津城です。 場所は市役所や裁判所などに囲まれた官庁街にあるので、わかりやすいでしょう。 この津城は、16世紀半ばに細川氏によって築かれたとされていますが、今の形にしたのが藤堂高虎です。 加藤清正の美しい曲線の石垣に対して、直線的な石垣が特徴ですね。  今は本丸部分の水堀と石垣が残っているのみです。 最初の写真の櫓は復興建築物です。 本丸の様子です。 こちらは藤堂高虎像。 被っているウサ耳兜...

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高遠遠征記(最終回) ~春日城~

 最後は春日城です。 伊那市の春日公園が城址で、今は公園化されているので訪れやすいでしょう。 この城は天竜川によって作られた河岸段丘上に築かれています。 何本かの堀切によっていくつかの廓が構成されていますが、この堀切の向こうは崖になっていて、いまは遠くになってしまっていますが天竜川が流れています。 こちらが二の廓の様子。 二の廓と主郭を隔てる堀切。 この春日城は武田氏時代は高遠城の支城だったようで...

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高遠遠征記(7) ~五郎山~

 続いては仁科五郎盛信の墓がある五郎山に登ります。 前回(10年ほど前?)は車で山頂近くまで登ったので、今回は老体に鞭打って麓から登りましたよ。 駐車場は無いので、一番最初の写真のほりでいぱーくの駐車場をお借りしましょう。 五分ほど歩けば、上の写真の登山道入り口に行けます。(登山口の座標 35.823592, 138.061410) 1582年、織田信長は仁科五郎盛信(武田信玄五男)が籠る高遠城を攻めたのですが、盛信やほかの...

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南紀南勢遠征記(30) ~松ヶ島城~

 続いては松ヶ島城です。 松坂城からは北に3キロほどの場所にあります。 駐車場は無いので路駐になりますが、気になる方は近く(500mほど東)にある松ヶ崎運動公園の駐車場に停めるのがいいでしょう。 この松ヶ崎城は織田信長の次男・信雄が伊勢支配の為に築きました。 その後この地には蒲生氏郷が入ったのですが、この城では手狭だということで松坂に拠点を移した時に廃城になりました。 僅か8年の命でしたとさ… 氏郷が...

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南紀南勢遠征記(29) ~松坂城~

 南紀南勢遠征も最終日。 最終日最初に向ったのは松阪市にある松坂城です。(市名のときが『阪』で、城名のときは『坂』のようです) 朝一で向ったのですが、指定の駐車場が満車。 その駐車場が市民?病院の駐車場と共用ということで、結局30分近くも待たされたんじゃないかな? 別のコインパーキングでも探せばよかったですよ… 気を取り直して登城です。 この松阪城は二回目の登城ですが、今回は100名城のスタンプが...

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高遠遠征記(6) ~蓮華寺~

 続いては蓮華寺です。 この蓮華寺は、絵島生島事件で配流になった絵島の墓があります。 絵島なんてあまり興味がないのですが、一応『墓マイラー』端くれとして寄ることにしました。 絵島とは徳川家継の生母・月光院に仕えた人です。 生島という歌舞伎役者と密通したという罪で、高遠に流罪になりました。  本当は密通はでっち上げで、対立していた徳川家宣の正室・天英院派によって失脚させられた(絵島は月光院派)という...

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高遠遠征記(5) ~満光寺~

 続いては満光寺です。 創建は天正元年とされ、高遠城主の帰依を受けました。  もちろん有名人の墓があります。 時の高遠藩主であった保科正光は、子供がいなかった為に妹の子である左源太を養子に迎えました。 …なのですが、なぜか徳川秀忠の隠し子(?)である幸松丸(後の保科正之)をも養子に迎えることになってしまいました。 正光も左源太をどう扱うか悩んだでしょうが、それも稀有に終わり、左源太は夭折してしまし...

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南紀南勢遠征記(28) ~大河内城~

 続いては大河内城です。 国道166号線沿いにある大河内公民館が目印です。 公民館に駐車場と案内があるので、寄ってから攻略するのがいいでしょう。  その案内に沿って攻略すると搦め手からになってしまいますが、そのほうがわかりやすいです。 こちらは本丸と西の丸の間に架かる橋。 深い堀が下にあるのですが、うっそうとして写真がうまく撮れなかったので割愛。 織田信長も攻めあぐねたといわれています。 こちらは...

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四十路

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戦国時代と城址巡りとラーメンが好きなアラフィフです。

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