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九州遠征記(18) ~阿蘇神社~

Category : 熊本県のいいところ
 



 阿蘇といえばここ(なのか?) 阿蘇神社に到着です。













177.jpg

 もちろん肥後国の一宮です。

 上の写真は楼門ですが、なんだかお寺さんみたいですね。

 ちなみに、日本三大楼門の一つだそうです。

 日本三大○○と聞くと三つとも制覇したくなりますが、他の二つは鹿島神宮(茨城)と筥崎八幡宮(福岡)だそうですよ。

 鹿島ならすぐ行けそうですが、福岡はすぐには無理そうです。













 
179.jpg

 そんな楼門に掲げられた大きな額は、戊辰戦争の官軍側の総大将・有栖川親王の筆によるもの。

 皇女和宮の元婚約者としても有名ですね。












 
180.jpg

 では中に入りましょうか。














 
181.jpg

 この阿蘇神社の創建は、紀元前282年とされます。

 一度、秀吉の九州攻めの時に潰されましたが、後にこの地に赴任した加藤清正によって再興されています。














  
 
188.jpg

 そんな阿蘇神社には12の神様が祀られていますが、その12の神様は3つのグループに分けられています。

 上の写真のように、本殿が3つあるのはそのためなのですね。


 











182.jpg 

 あ、近くにはこんなものもありました。

 親戚のおじさんがコレを歌い出したらトイレタイムですね(笑)



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九州遠征記(17) ~阿蘇へ~

Category : 熊本県のいいところ


 熊本市街観光を済ませたあとは、レンタカーを借りて東へと向かいました。













レンタカー

 この日の相棒はコイツ、ダイハツ・ミラです。

 浮気してゴメンな…



 タイトルにもあるように、阿蘇へ行って中岳の噴火口を見る予定でした。

 しかし、『5月15日午前に中岳で小規模な噴火が発生し、警戒レベルほ引き上げて火口付近の立ち入りを禁止した。』というニュースが入ってきて、楽しみにしていた火口見学はやむなくキャンセルですよ~

 でも、阿蘇っぽい写真は何枚か撮ってきたので、せっかくだから載せておきます。
















 
阿蘇へ

 ちなみに、規制は6月10日に解除されたそうです。













 
米塚

 こちらは、火山活動で出来たという“米塚”












 
阿蘇














 
阿蘇っそ














 
ジャージー?

 ジャージー牛かな?

 
 結局は、火口を見られなかったおかげで、当初見る予定の無かった城跡に行くことができたので良しとしましょうかね。












 
阿蘇の天然水

 こちらはサントリーの天然水

 このサントリーの天然水には3種類あって、九州地方は“阿蘇”の天然水でした。

 ほかの二種類は、東日本が“南アルプス”で、西日本が“奥大山”です。

 私はこの阿蘇をもって、“日本三大天然水”を制覇しましたよ!  



 次は、あの神社です。



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九州遠征記(16) ~泰勝寺と夕飯~

Category : 熊本県のいいところ
 



 熊本城を攻略した後に向かったのが、泰勝寺跡です。












泰勝寺跡
 

 細川忠利が加藤家に代わり肥後に入った後、忠利が両親と祖父母の菩提を弔うために建立したのがこの泰勝寺です。

 しかし、その泰勝寺は廃寺となって、今では立田自然公園として整備されています。













泰勝寺階段

 この階段を登れば、あの方々の墓があります。













 
細川藤孝廟

 これは、忠利のお祖父さん・藤孝(幽斎)の墓です。

 藤孝は初め足利将軍家に仕えていましたが、足利将軍家が滅びると(その前からかも)織田信長に仕えます。

 織田信長が本能寺の変で斃れると、友人でもあった明智光秀からの再三にわたる誘いを断って隠居。この時に息子の忠興に家督を譲り、幽斎と名乗ったのだそう。

 息子の忠興も秀吉・家康時代を生き抜き、関ヶ原では東軍について、結果中津40万石を与えられました。













 
ガラシャ他

 この場所には四基の墓があります。

 手前から、忠興の奥さんのガラシャ(玉)・忠興・藤孝夫人・藤孝です。

 


 関ヶ原の時に、石田三成は大阪にいる各大名の夫人を人質にしようとします。

 細川忠興夫人のガラシャも、三成方に狙われました。

 この時ガラシャは人質となるのを拒んで、自ら命を絶った(キリスト教徒なので、家臣に殺させた)のは有名な話ですが、その時身なりを整えるために鏡代わりとして使ったのが、上の写真にある“ガラシャ夫人の手水鉢”だということです。

 大河ドラマで、この話はやるかな~? 

 それにしてもミムラさん、キレイですよね~ 




 そんなキレイなミムラさんを想像していたら、こんなものも発見しましたよ。













宮本武蔵

 あくまで『伝』ですが、宮本武蔵の供養塔です。

 彼は晩年はここで過ごしたというのだから、ここにあっても不思議ではありません。










 このあとは、レンタサイクルを返して夕飯にしました。













 
中華セット

 熊本市中心部にある“紅蘭亭”さんで、中華定食をいただきました。

 普通の定食に見えますが、ここに熊本名物が隠れています。

 それが…















 
対ピー園

 太平燕(タイピーエン)です。













 
たいぴーえん

 熊本でしか食べられないというこの太平燕ですが、簡単に言うと“スープ春雨”です。

 とてもおいしかったですが、やっぱり“スープ春雨”です。






 これにて熊本観光は終了し、翌日は東へと向かいました。 




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九州遠征記(5) ~本妙寺・その2~

Category : 熊本県のいいところ
 


 さて、180段にも及ぶ階段を登りきると、やっと浄池廟といわれる加藤清正の霊廟の拝殿が見えます。












浄池廟

 明治になり一度取り壊されてしまいましたが、西南戦争時に焼けてしまった本堂を再建するときについで(?)に再建されたそうです。














 
浄池廟 (2)

 こちらが、加藤清正が眠る“浄池廟”です。

 まわりの柵でよく見えないですね~













 
浄池廟裏階段

 はい、浄池廟の裏にはまだ階段がありますよ。

 今度は300段もありますが、ここを登りきるとあのお方に会えます。













 
加藤清正

 お~、いらっしゃいました!

 もちろん、加藤清正公です。














 
加藤清正 (2)

 ちょっと、アップで…

 

 加藤清正は母親が豊臣秀吉の母といとこ同士だったことから、秀吉に仕えます。

 清正が一躍有名になるのは、賤ヶ岳の戦いでしょうか? この戦は柴田勝家と秀吉が戦ったものですが、この戦いで特に活躍した7人の武将を『賤ヶ岳の七本槍』といいます。もちろん清正もこの七本槍の一人です。

 その後秀吉に従い各地を転戦し、その活躍が認められて肥後(熊本)半国を与えられます。(もう半国は小西行長)

 秀吉が亡くなって関ヶ原の戦いが勃発すると、清正は東軍として九州の西軍側の諸城を攻略し、その活躍で戦後肥後一国を治めることになりました。

 以後、徳川家と豊臣家の仲を取り持とうと努力しますが、大阪の陣の4年前に病で亡くなりました。

 この人がもう少し長く生きていたら(1611年没・享年50)、そして家康がもう少し早く死んでいたら(1616年没・享年75)、豊臣家は存続することができたのかもしれません。   いや、ないか?














熊本市街

 清正の銅像のある公園からは、熊本市街を一望することができましたよ。

 真ん中よりチョット左に、あの城が見えますね。 

 次回は、その城の予定です。




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九州遠征記(4) ~本妙寺・その1~

Category : 熊本県のいいところ
 


 九州遠征、続いてはあの方の墓がある本妙寺です。

 北岡自然公園からは3キロほど北にありますが、電動アシスト自転車でラクラク到着です。












本妙寺仁王門

 本妙寺の仁王門は、近年建てられたようです。

 仁王門というと、両脇に仁王さんが立っていて参拝者に睨みをきかしているはずですが、辺りを見回しても仁王さんは見当たりませんね~

 そのかわり、こんな方が門番をしていました。












  
虎退治

 徳川家康の墓の前には“眠り猫”という門番がいますが、ここは本物でしたよ。

 危うく萌え死ぬところでしたよ♪














本妙寺本堂 

  仁王門からしばらく歩くと本堂があります。

 ここまでは平坦な道でしたが…













本妙寺長い階段

 ここかrは胸突雁木(むなつきかんぎ)とよばれる180段にも及ぶ急な階段です。

 無数の燈篭が印象的でした。












 


  
加藤誰?

 階段の途中には“六喜廟”とよばれる小さなお墓がありました。

 これは加藤清正の息子で、後を継いだ忠広の供養塔です。

 徳川幕府の謀略(?)によって改易となり、山形に配流になった忠広の無念を晴らそうと、昭和になってから建てられた供養塔だそうです。














  
浄池廟門

 さて、やっとの思いで長い階段を登りきると、あの方(もう答えは出てますが…)の墓の入口に到着です。

 

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