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なにわのことも、夢のまた夢(23) ~玉手山公園~

 薄田兼相の墓参りを済ませたら、大阪府柏原市にある玉手山公園に行きました。 ちなみにここでの『柏原』は、『かしわら』と読みます。 織田信包が丹波に立てた藩(柏原藩)は 『かいばら』で、芳恵ちゃんは『かしわばら』です(笑)  ここは西日本で一番古い遊園地があったのですが、惜しくも1998年に閉園しました。 そんなことはどうでもよく(笑)、ここは大坂の陣における激戦地(道明寺の戦)でもありました。  特に黒...

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なにわのことも、夢のまた夢(22) ~誉田八幡宮~

 幸村休息地の後は、大阪府羽曳野市に鎮座する、誉田(こんだ)八幡宮に行きました。 場所は、応神天皇陵のすぐ南だと言えば分りやすいかな? この八幡宮は『日本最古の八幡宮』というのがウリだそうですが、私の目当てはこちら… ここは南北朝から戦国時代にかけて、何度も戦の舞台になりました。 大坂の陣では、豊臣方の武将・薄田兼相(すすきだかねすけ)がこの地に陣を置いたそうです。 兼相はここから道明寺方面に出撃...

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なにわのことも、夢のまた夢(21) ~幸村休息地と志紀長吉神社~

 大念仏寺の南東8キロほどの場所にある、真田幸村休憩所跡にやってまいりました。 人気の武将ともなると、休憩しただけで、そこが史跡になるんですね(笑) 夏の陣の折、真田幸村は道明寺の戦いの敗戦後、大坂城に戻る途中でこの場所で休憩をしました。 その時に近くにあった神社で戦勝祈願をし、六文銭の旗と刀一振りを奉納しました。 その神社は、もちろん今も存在します。 六文銭の旗は現存しているそうですが、刀はどこ...

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なにわのことも、夢のまた夢(20) ~大念仏寺~

 さて、大阪旅行も三日目。 この日は大阪市を離れて東へ向かいました。 まずは大坂城から南南東に10キロほどの場所にある、大念仏寺に寄りました。 この大念仏寺は、平安時代末期に開かれた寺です。 大坂の陣では追い詰められた徳川家康がこの寺に逃げ込んだ時に、家康を守って豊臣軍を入れなかったので、江戸時代にはとても優遇されたという逸話があります。 ちなみに上の写真の本堂は、大阪府内最大の木造建築物だそうで...

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なにわのことも、夢のまた夢(17) ~玉造神社~

 真田丸跡地である真田山公園・三光神社の北方に、玉造稲荷神社があります。 なんと紀元前に創建されたという古い神社。 戦国時代当時は、大坂城の三の丸に置かれ、豊臣家からも篤い崇拝を受けました。 というわけで、ここには豊臣秀頼の銅像が立っています。 やっぱり秀頼公といえば、こういうイメージなのですね。 そしてこちらは豊臣秀頼が奉納した鳥居です。 大坂の陣や第二次世界大戦でも倒れなかったこの鳥居でしたが...

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なにわのことも、夢のまた夢(16) ~真田山公園と三光神社~

 真田丸とは、大坂冬の陣において真田信繁(幸村)が、大坂城平野口に築いた出丸(馬出しともいう)であります。 その真田丸があった場所は、現在の真田山公園周辺とされているので行ってみました。 今はニャンコがたくさんいる、のどかな公園になっていました。 近いニャ… 真田山公園の近くには、三光神社があります。 この神社は天照大神などを祀る由緒ある神社ですが、真田信繁(幸村)ゆかりの神社としての方が有名です...

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なにわのことも、夢のまた夢(15) ~専念寺~

 大坂城と四天王寺のちょうど中間くらいの場所に、専念寺があります。 この寺は、1594年建立の浄土宗の寺院でせう。 というわけで、ここにも有名人の墓がありますよ。 北条氏康の5男の北条氏規(うじのり・右側)とその息子・氏盛(うじもり・左側)の墓です。 氏規は北条氏滅亡の後、当主だった氏直とともに高野山に登りますが後に許され(氏直は死去)、大坂に所領を与えられることになります。 氏規は北条家の中で外交担...

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なにわのことも、夢のまた夢(14) ~増福寺~

 柴田勝家の供養塔がある天鷲寺の近くには増福寺があります。 関ヶ原の戦いの二年後に建てられた寺ですが、やっぱりここには大坂の陣縁の武将の墓があります。 橙武者として有名な、薄田隼人の墓です。 真田の赤備えに対抗して橙備えだったので橙武者というわけではなく、正月飾りでしか使えないような橙のような『見かけ倒し』の武将だったようです。 冬の陣では、隼人が遊郭で遊んでいる間に、徳川方に砦を奪われたことから...

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なにわのことも、夢のまた夢(13) ~天鷲寺~

 四天王寺の後は天鷲寺(てんじゅうじ)です。 この寺も四天王寺と同じく1000年以上の歴史があり、江戸時代には徳川氏とのつながりもあったとの事で、大いに栄えたそうですが、明治維新→太平洋戦争と経て寺はとても小さくなってしまいました。 そんな天鷲寺には、柴田勝家の供養塔があります。 子孫の方が建てたそうですよ。 平成になって再建された本堂ですが、寺の本堂に望楼は必要なのか? まあ、カッコいいけどね(笑)[...

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なにわのことも、夢のまた夢(12) ~四天王寺~

 真田幸村戦死の地である安居神社の次は、おなじみ四天王寺に行きました。 この四天王寺は西暦594年に創建されたとされますが、相次ぐ火災や戦乱で伽藍は焼けて、今ある建物は戦後に再建されたものです。 そんな現在の伽藍は、拝観料を払わないと見られないので… 外からの写真で我慢しといてやったぜぇ ※本当は時間がなかった…[大坂の陣] ブログ村キーワード...

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なにわのことも、夢のまた夢(11) ~安居神社~

 一心寺の国道25号線を挟んだ向かい側には、安居神社という小さな神社があります。 ここも大坂の陣の縁の地になっています。(最初に写真に答えが出ていますね) この安居神社の創建は、1300年前のこととされています。 途中から菅原道真が祀られました。  はい、最初の写真にもあるように、ここ安居神社は真田幸村(信繁)戦死の地であるのです。 幸村(信繁)は夏の陣で家康の本陣に迫るなどの活躍を見せますが、結...

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戦国時代と城址巡りとラーメンが好きなアラフィフです。

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