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江戸城を歩く(4)

Category : ---江戸城

  東京だよ、おっかさん。 というわけではありませんが、下の写真に写っているのは『鉄橋』といいます。

 

鉄橋と伏見櫓 (3) 

 本当はこの橋のことを二重橋といいました。 この辺りの堀は深く、一回で橋が架けられませんでした。

 そこで、下のほうに一度橋を架け、その橋を作業足場として上に橋を架けて完成したそうです。

それが、上下二重に橋があるように見えるので、『二重橋』と呼ばれるようになったのです。

 

二重橋と正門

 今ではこの橋のことを二重橋というか、先ほどの橋と併せて二重橋とよぶそうです。

  奥に見える門は、かつては『西の丸大手門』といい、今は『皇居正門』です。 当然警備が厳しかったです。

 

スリーショット

 奥に見える櫓は伏見櫓で、伏見城から移設されたものと伝わります。

 普段は近くで見ることは出来ません。

 

桜田門 

 続きましては桜田門です。 大きくて威厳がありますね。 上の写真は城内から見たところです。

 

桜田門 (9) 

 同じく桜田門。 城外からみたところ。

 

桜田門あたりから 

 桜田門付近の堀。 このあたりは総石垣ではなく土塁になっております。 江戸時代初期にはこのあたりまで海だったようです。 あの時代に海を埋め立てる技術があったなんて、にわかには信じれられないです。

 

警視庁 (2) 

 警視庁です。 江戸時代は松平市正と言う人の屋敷があったそうです。 写真の警視庁から右へ向かうと彦根藩・井伊家の屋敷がありました。 そう、桜田門といえば、桜田門外の変ですよね? 井伊直弼が絶命したのは、今まさに私が写真を撮っているあたりだそうな。 合掌…

 ちなみに、警視庁の左側には、米沢藩・上杉家の屋敷がありました。

 

 さてさて、ここ桜田門駅から有楽町線に乗ってもよかったのですが、せっかくなので東京駅に向かいます。

 

楠正成 (3)

 途中、楠正成の像があります。 上野の西郷さん・靖国の大村益次郎の像とならんで、東京三大銅像というそうです。 

 

東京駅 (2) 

 東京駅です。 創業当時の姿に戻そうと、今改装工事中です。

 

 この日はここまで。 本丸に入れなっかたおかげ(?)内堀沿い東半分を周ることが出来ました。 せっかくなので、近々西半分も周りたいと思います。 もちろん本丸も。

 

 


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江戸城を歩く(3)

Category : ---江戸城

 引き続き内堀沿いを、時計回りに歩きます。

 こんどは、隅櫓が見えてきました。

 

桜田巽櫓 

 桜田隅櫓と言い、内堀に残る唯一の隅櫓です。

 

桜田巽櫓 (3) 

 もちろん現存です。 元々江戸城には30ほどの櫓がありましたが、今は3つ現存するのみ(復元は無し)で、自由に見ることができるのはこの桜田隅櫓だけです。

 

桔梗門

 こちらも現存建築物の桔梗門です。 内桜田門とも言います。 現在は皇居関係者の通用口となっっていて、一般の人は自由に入ることは出来ません。

 皇宮警察の方でしょうか? 3~4人体制で、警備をしていました。

 しかし事前に申し込めば、この門を通ることが出来るそうです。 あと、正月や、天皇誕生日の一般参賀のときも通ることが出来るそうです。

 

坂下門あたりから桔梗門 

坂下門あたりから、桔梗門

 

坂下門 

 上の上の写真のアングルから、左を向いたところです。 奥に見えるのは、坂下門。 右に見える石垣の上には櫓がありましたが、今はありません。

 

坂下門 (2) 

 これも現存の坂下門。 本当は90°角度がずれていました。 ここも警備が厳しく中に入ることは出来ません。

 

 

坂下門あたりから (2)

 安達太良山の空には勝てないでしょうが、この日は東京にも空がありました。

 

 丸の内周辺は、江戸時代には大名や旗本の屋敷が並んでいましたが、明治になって荒れ果てていました。

 その荒地を三菱財閥が買占め たのです。 そのころは『三菱ヶ原』なんて呼ばれたらしいです。

 今でもこのあたりの30くらいのビルが、三菱地所所有です。 (三菱)地所村なんて呼ばれているそうです。

 

 

もうチョイ江戸城シリーズは続きます…


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江戸城を歩く(2)

Category : ---江戸城

  入園できず悔しいので、内堀沿いを時計回りに歩きます。 必然的にジョガーとは反対回りとなります。

 

気象庁あたり (2) 

 

 大手掘り辺り。 お堀の水に太陽の光が反射してキラキラしていたのですが、写真じゃわかりにくいですね。

 

 

気象庁

 

 気象庁庁舎です。  気象庁は数年後には、虎ノ門に移転してしまうそうです。

 

 

将門首塚

 

 平将門の首塚です。 大手町のビル街にひっそりと佇んでいます。 この塚を移転しようとしたら、関係者が何人も亡くなるという伝説(いや事実です)があります。 

 ブログにのせるくらいなら、祟りは無いと思いますが…

 

 

大手門 

 

 大手門です。通常ならここからも入城できますが、やっぱり休み。

 

 

大手門 (3) 

 

 大手門遠景です。 残念ながら復元です。

 このあたりの地名は『大手町』ですが、もちろん大手門があるから大手町であります。 どこか旅行に行ったときに『大手町』という地名があったなら、そこには城の大手門があったと思ってほぼ間違いないでしょう。

 

 

大手門あたり (3) 

もう少し続きます。


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天地人、花に背いて北へ帰る(9)

Category : 天地人

天地人 第8回『謙信の遺言』

 

 そして七尾城を落とした上杉軍は…  って、たった一言だけ? もう七尾城落ちたの?

 もっと、説明があったほうがよかったと思っている隙に…

 

 

 

初音タン登場!

 

 

 

 またお前か! やっと忍らしいコスプレで登場したと思ったら、手取川の戦いの説明までする始末。今年の大河は、戦が無いのか? 某国営放送は、金が無いのか? 初音タンは俺の女になれ!(これは関係なかったか)

 直江家で酒飲んでる暇があったら、合戦シーンをもっと増やしてほしいところです。

 

 ここで、私が説明すればいいのですが、今回はウィキペディアに任せることにします。(七尾城の戦い手取川の戦い)

 

 

 さてさて、蟄居を解かれた兼続は、謙信とご対面~♪

杯を交わしながら『わが意思を継ぐのはおまえだ』と言われ泣いてしまいます。

 それが兼続にとっての謙信の遺言だったわけですね。 

 

天地人0222 

【もう泣いた】

 

 

 来週から今回の大河のメインイベント『御館の乱』が始まります。 まさか初音タンの語りだけで終わらせるわけないよね?

 

ではまた…




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江戸城を歩く(1)

Category : ---江戸城

 仕事の関係で東京へ行く用事があったので、チョット寄り道。 江戸城です。

 以前この近くに勤めていたので、人生で何度目の登城かは覚えていません。

 

毎日新聞社

 

 地下鉄東西線 竹橋駅を降りると、毎日新聞本社が入るパレスサイドビルに出ます。  手前に見える白い筒状の建物にはエレベータ専用の建物でした。

  ここは昔は文部省だったそうです。

 

竹橋

 

   現在の竹橋です。  もちろん、江戸城の堀に架けられていた橋です。 というより、徳川家康が江戸に入府する以前からこの橋は存在し、その時は本当に竹でできた橋だったらしいです。

 

東京国立近代美術館

 

 国立近代美術館ですが、何か… 

 

 

平川門

 

 竹橋から少し東へと進むと平川門があります。 予定では、ここから江戸城に入場し天守台などを満喫するはずでしたが、私の行った金曜日はなんと休園日で中に入ることは出来ませんでした。 四十路、一生の不覚。

 

 

平川橋と門

 

 平川門の遠景です。 この門は、奥女中が出入りすることから、別名「局門」とも呼ばれました。

 写真の奥に見える櫓門の脇には小さな門があり、不浄門と呼ばれました。 城内で罪人や死人が出るとその門から出されたためです。

 この門から生きて出たのは、浅野内匠頭と絵島だけだったといいます。 ちなみに絵島とは、大奥の年寄で人気歌舞伎役者との密通を疑われ、後に信濃高遠に流罪になった人物です。

  その不浄門も見てみたかったのに残念でした。

 

 続きはまた後ほど…


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ここで立小便をするのが夢でした(2)

Category : 神奈川県の城

  麓から、3~40分ほど登ったでしょうか? やっと到着しました。

 

石垣山一夜城 

 秀吉が小田原攻めのときに築城したという、石垣山一夜城です。

 この石垣山一夜城は、実際には完成までに約三ヶ月かかったそうです。 完成した瞬間に、周りの木を切り落とし、あたかも一夜のうちに完成したかのように見せ掛け、北条方の戦意を喪失させたという伝説があります。

 石垣山というのは、後世の呼び名で、当時は『笠懸山』と呼ばれていたので『笠懸山城』とでもよばれてたのでしょうか?

 

 

石垣山南曲輪 

 駐車場脇には、いきなり男前石垣。 関東大震災の時に崩れてしまったようですが、なかなか迫力があります。震災前を見てみたかった。

 

 

石垣山南曲輪 (2)

 南曲輪といわれた曲輪の石垣。 一夜城という名前から、そんなにたいしたことのない城のイメージですが、東日本最初の総石垣の城といわれ、なかなか本格的です。

 

石垣山本丸 

 本丸跡です。 奥の少し高くなっている所は天守台跡です。

 

 

石垣山本丸から

 本丸跡からの眺め。  写真の真ん中辺りの木が生い茂っているところが現在の小田原城址公園です。

 右側の海は相模湾で、小田原攻めの時は長曾我部などの水軍が小田原城を囲んでいました。

 

 

  秀吉はここで徳川家康を『つれしょん』に誘い、『小田原城が落ちたら、関東は家康殿にそっくり差し上げよう』と言ったとか。 これが日本史上最初の『つれしょん』だったかどうかは定かではありませんが、私はこの地で立小便をするのが夢だったのです。

 が、今は一応モラルのある大人ですし、他の観光客もいるということで、公衆トイレで済ませたことは言うまでもありません。

 

 

井戸曲輪 

 こちらは井戸曲輪です。 ここの石垣は、井戸があるからかどうかは知りませんが、震災でも崩れることも無く、ほぼ原型を留めているそうです。 たしかに見ごたえのある石垣でしたね。

 

 

井戸

 こちらが、その井戸。 いまでも清水が湧き出ています。 この水で、秀吉は茶でも立てていたのでしょうね。

 

  来る時は40分ほどかかった道のりも、帰りはたったの5分   あっけないもんですね…


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天地人、花に背いて北へ帰る(8)

Category : 天地人

天地人 第7回『母の願い』

 

 弱いなぁ、蟄居中に一皮むけて一人前の武将になるには『紅葉』のエピソードはチョット弱いんでないかい?

 

天地人0215 

【紅葉散りすぎ】

 

 もう泣かないと誓った兼続ですが、今年の流れからいってまだまだ泣くのは明らかでしょう。

 

 謙信が死んで泣かないと思います?

 御館の乱で景虎が敗死して泣かないと思います?

 お船を嫁にして泣かないと思います?

 

 お船に『あら? もう泣かないと誓ったのでは?』 とつっこまれるのは明らかですね?

 それとも、来週から冷血戦国サイボーグ『直江兼続』が誕生するのでしょうか? 私は直江“冷血”兼続のほうが実際の兼続に近いと思うのですが、いかがでしょう?

 

 ちょっとイヤミっぽくなってしまいましたが、今週は初音タンが出てこなかったし、先週不自然だった舞台装置のような演出も、今週は自然に見ることができました。 悪くない回ではありましたね。

 

 ではまた…


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ここで立小便をするのが夢でした(1)

Category : 神奈川県の城

 先日はとある場所へ…

 池袋から、湘南新宿ラインで一時間半ほどで到着。

 

小田原駅 

 そう、小田原です。 小田原といえば…

 

 

 

小田原城天守閣

 小田原城!  といきたいところですが… 

 

 

銅門と相棒 

 小田原城で、自転車を借りて…

(写真は小田原城銅門)

 

 

東海道

 東海道を西へ進みます… 

 

 

日本一低い信号

途中寄り道をして…

(日本一低い信号) 

 

 

 

早川の土塁

また寄り道…

(秀吉の小田原攻めの時に北条方が築いた土塁) 

 

 

 

急坂

やっと、入り口に到着。 ここからは、坂がキツイので徒歩です。 レンタカーにすればよかったかな? 

 ここから、約1.5キロの上り坂です。

 

 

 

坂の途中 

眺めはバツグンなのですが、坂がものすごくキツイ…

 

つづく…


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三十槌の氷柱

Category : 埼玉秩父のいいところ

 

 長瀞から国道140号線を交付方面に車を走らせると、道の駅「大滝」があります。 その少し先に大滝中学校があり、その駐車場に車をとめます。

 

駐車場付近 

 

 駐車場付近からの眺め。 思えば遠くへ来たもんだ。

 

R140.jpg 

 

 国道140号線は通称「彩甲斐街道」といいます。 「彩」は「彩の国埼玉」を意味し、甲斐はもちろん山梨県の旧国名です。 二つの国を結ぶ道なので彩甲斐街道といいます。 昔は雁坂道と言って、武田信玄も通ったそうです。

 この道を駐車場から20分ほど歩きます。

 

入り口付近

 

 入り口はこのお地蔵さんが目印。

 

 

三十槌の氷柱

 

はい、これが今日のお目当て。 地肌から湧き出でる清水が寒さにより凍ったものです。

 

三十槌の氷柱 (2)

 

三十槌の氷柱 (3)

 

 三十槌(みそつち)の氷柱といいます。 三十槌はこのあたりの地名です。 この日は、フジテレビが取材に来ていました。 夜にはライトアップされるようですが、目当ての女子アナがいなかったので、日が暮れる前に退散しました。

 


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寶登山神社

Category : 埼玉秩父のいいところ

 長瀞駅を長瀞渓谷とは反対側に出ると、寶登山神社があります。

 

宝登山神社 (6) 

 

 駅からも近く、国道沿いにあるのでアクセスは抜群です。

 

宝登山神社 (5)

 

 参道は、なんの木かは忘れましたが並木道。 5~6分ほど歩くと到着ですが、な、な、な、なんと、改装工事中。 って、中に入れません。

 

宝登山神社 

ほらね。

 

宝登山神社 (3) 

 

 

宝登山神社 (2)

 

今は神様は仮殿に移られているようで。

 

宝登山神社 (4) 

 

 この寶登山神社(ほどさんじんじゃ)は、西暦110年、景行天皇によって建立されたと伝えられます。 来年で1900周年ですね。

 神日本磐余彦尊(かんやまといわれひこのみこと)・大山祇神(おおやまづみのかみ)・火産霊神(ほむすびのかみ)が祀られています。  入力するだけで疲れました(汗)

 

 

  裏には寶登山があり、そこには奥院があります。 その奥院周辺では、今の時期は蝋梅が見ごろです。

そんなこともあってか、観光客は平日にもかかわらず、たくさん訪れていました。

 


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天地人、花に背いて北へ帰る(7)

Category : 天地人

天地人 第六回『いざ初陣』

 

 満を持して謙信は信長と戦う決心をします。 まずは越中に攻め込みますが、そこで兼続は初陣を果たします。 

 がしかし、兼続は命乞いをする敵兵を逃がし、しかもそのせいで味方が怪我をしてしまいます。

 

天地人0208 

【見逃してくれよぉ】

 

 心優しい景勝は許してくれますが、その後も兼続は敵を殺すことができません。

 しかも、先日兼続に命乞いをして逃げた敵兵が息絶えているのを発見し、兼続は泣き崩れてしまいます。

 

 今回はシリアスで、全体的に大河っぽい展開でした。 華々しい上杉軍の快進撃の裏側では、こんな人もいたんだ。 戦国時代は、全員が勇敢に戦っていたんじゃないんだ。 ということを知ってもらうには、良い話の展開ではなかったかと思いますね。

 

 景虎の家臣と切り合いになり、失敗の連続で落ち込んでいると…

 

 

 

 

初音タン登場!!

 

  ああ、またおまえか…  初音タンが登場すると、急に現実に戻されたような、なんというか、ううん…  要するに興ざめだよっ191

 

 結局、兼続は謙信に国に帰るように命じられます。 要するに謹慎だね。 

 この謹慎中に兼続は悟りを開き、本物の武将へと成長していくんではないかと私は思うのであります。

 というか、そうなってほしいのであります。 だって、今の兼続は私のイメージする兼続とはかけ離れすぎているんですもの。

 

 さてさて来週は、コメディになるのかシリアスになるのか、タイトルからして(母の想い)シリアスになる予感です。

 

 ではまた…


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ここはどこでしょう?

Category : 埼玉入間のいいところ

先日は、埼玉県東松山市と坂戸市の間を流れる越辺川(おっぺがわ)へ行ってきました。

 

 

島田橋 

 

 越辺とは、アイヌ語で「恋人を待つ」と言う意味があるそうです。 ロマンチックです176 でもなぜこんなところでアイヌ語?

 

 

島田橋 (4)

 

 その恋人を待つ川に架かる「島田橋」です。

 

島田橋 (3)

 

最近はあまり見かけなくなった、冠水橋です。沈下橋とも言いますよね?

 

島田橋 (5)

 

でもこの辺りではまだまだ見かけますよ。 

 

島田橋 (6)

 

そんな変哲もない冠水橋に、どうして行ったかって? それは…

 

 

 

島田橋 (2)   

 

 勘助がミツと平蔵の住む村へ行くときは、必ずこの橋を渡りました。 恋人の待つ川を渡って、ミツに会いに行っていたんですね。 ロマンチックが止まらない♪

 

 

島田橋 (7)

 

 江戸時代以前にはここには橋は無く、渡し舟があったそうです。 上の写真は川を渡る人の安全を祈願したものでしょうか? この中に17世紀ころから存在しているものもあるそうです。 

 一番手前の石碑には「安政○○年」と彫ってありました。 安政といえば、安政の大獄の「安政」ですよね?

 


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埼玉の観光地といえば

Category : 埼玉秩父のいいところ

 埼玉の観光地といえば、長瀞(ながとろ)を思い出す人も多いのではないでしょうか?

 先日はその長瀞に行ってきました。

 

長瀞駅 

 

 秩父鉄道長瀞駅です。 パスモは使えませんよ。 関東限定ネタですいません。

 

長瀞駅 (2)

 

 イコッカも使えませんよ。 関西限定ネタですいません。

 

 踏み切りを渡り…

 

 

長瀞商店街

 

 お土産物屋街を抜けると…

 

 

長瀞

 

そこは、長瀞渓谷だった。 

 

長瀞 (2) 

 

 長瀞といえば、ライン下りが有名なのですが、真冬には乗る人は少ないようですね。

 

 

長瀞 (3)

 

ボートも少し寂しげ…

 

 しばらくドイツで暮らしていた人が、日本に帰ってきて初めて川下りをしたときに「これは、ドイツのライン川に似ている」ということで、そこから川下りのことを「ライン下り」と言うそうになったそうです。 

 写真のところは終点で、流れは緩やかなのですが、急流のところもあるのでスリルも味わえますよ。

 船頭さんのお勧めは、台風の後だそうです。 怖っ(汗)

 


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天地人、花に背いて北へ帰る(6)

Category : 天地人

天地人 第五回『信長は鬼か』

 

 兼続は信長への使者の一行に加えてもらい、初音タンと初めての旅行176 てか、初音タン、ポルトガルのメイド服はもうやめたの? てか、なんだその腰についている大きな鈴は! 猫かおまえは?

 

 コメディはこのくらいで、実は毛利元就の子孫である、吉川晃司演じる織田信長の出演シーンは、全体的に落ち着いた雰囲気。 兼続が信長に会ったなんてのは嘘だとわかっていても、今までのラブコメディに比べれば、やっと大河ドラマっぽくなってきたようです。

 

キャプチャ 

【野に生きる獣】

 

 ズケズケと信長にものを言う兼続を殺すようにと、信長は秀吉に命じます。 しかし、秀吉は兼続を助けます。 てか、信長は寝首を搔くような卑怯な手は使わないでしょう。 殺すなら正々堂々と殺すのが信長です。 あくまでイメージですが…

 さてさて、越後に戻った兼続はまたまたラブコメディを演じます。 以下省略…

 

 いろいろと悩んだ謙信は、景勝の進言もあってか信長と戦う決心をします。 その戦いで、兼続は初陣を果たすようですが、またまた兼続はやらかしてしまうようですね。

 

ではまた…

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四十路

Author:四十路
戦国時代と城址巡りとラーメンが好きなアラフォーです。

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