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雪解けを待って、会津征伐(4) ~会津若松城~

Category : 福島県の城

  会津若松城の前身は蘆名氏の居城・黒川城です。

 1590年に蒲生氏郷が入城し、若松城となりました。 氏郷は、こんな田舎じゃ天下を獲れぬ、と嘆いたとか…

 とにかく、今の会津若松の基礎を築いたのは、この人かもしれませんね。

 

会津若松城 (12) 

 桜に囲まれた復元天守閣。 蒲生・上杉・蒲生と入城したあとに加藤氏が入城しますが、この天守はその時のものの復元だそうです。

 蒲生氏のときは7層で、金箔瓦が使われていたそうです。

 加藤氏は、この蒲生若松城を大改修したっわけですが、それが改易の原因になったともいわれています。

 その後、二代将軍・秀忠の次男の保科(松平)正之が入り、以後220年間続くわけですね。

 

 

会津若松城 (16)

南側から。  他の石垣は加藤氏以降のものですが、この天守台の石垣は蒲生氏時代のもの。 武骨で、男前な石垣です。

 

 

会津若松城 (18) 

 走長屋と鉄門。 城内に現存建築物はありません。 会津藩は幕末に幕府側に加担したために、建物はいち早く取り壊されたそうです。 

 

 

会津若松城 (21) 

いい仕事してますねぇ

 

 

会津若松城 (干飯櫓) 

 南走長屋と飯干櫓

 

 この長屋と櫓も天守と同じく復元です。

 

 

会津若松城(御三階) (2) 

 さて、こちらの建物は七日町駅近くにある『阿弥陀寺』に残る、会津若松城唯一の現存建築物『御三階櫓』です。

 ごらんのように、柵があって中に入ることはできませんでした。 残念…

 ちなみにこの寺には、新撰組・斉藤一の墓もあります。

 


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天地人、花に背いて北へ帰る(18)

Category : 天地人

天地人 第17回『直江兼続誕生』

 

 おーっと、面白いじゃん! これだよこれだよ~、大河はこうでなくっちゃね。

つっこみどころはたくさんあるけれど、全体的に緊張感があってうまくまとまっていましたね。

 

 特に、景勝が武田に援軍を出す決意をしたシーンと、最後のほうの景勝と菊姫のシーンは、はっきりいって涙ぐみましたよ。 喜平次の「おにぎり」・「おんぶ」のシーン以来ですね。

 

天地人0426  

【夫婦らしくなってきたじゃん】

 

 

ほめてばかりもいられないから、つっこむところはつっこむよ!

 

 まずは、直江兼続誕生までが早いこと早いこと。 信綱の死が兼続の家老就任と、上田衆の取立てにあるとするのなら(ホントはもっと根深いものがある)、お船の気持ちを考えて、養子に入るのをもっと遅らせてもよかったのでは?

 あれじゃ、待ってました!とばかりに婿になった、みたいですよ。

 

 それと、信長と佐吉のシーンはいらないよね。 あれを省いて武田滅亡のシーンを増やすとか、兼続が直江家を継ぐまでの心の葛藤を増やすとかしてくれたほうがよかったと思いますよ。

 

 なんて無理やりつっこんでみましたが、今回はホント面白かったです。 なんで今までできなかったの?

 

 

 さて来週は第二の山場、魚津城攻防戦。 また兼続が(家老のくせに)無茶するようですが、どうなることやら…

 

 ではまた… 


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雪解けを待って、会津征伐(3) ~会津若松城~

Category : 福島県の城

 続きましては会津若松城。 別名 鶴ヶ城です。

 人生三度目の鶴ヶ城だし、今回の目的はここではなかったので、天守の写真だけ撮って退散しようとしたのですが、いつもの悪い(?)癖で内堀沿いを歩いてしまいました。

若松女子高校近くの西出丸駐車場に車を止めて…

 

 

会津若松城 (31)

 西出丸の石垣です。 隅櫓でも建っていたのでしょうか? ここも桜が満開ですね。

 

 

会津若松城 (39) 

 このあたりは大手の真裏にあたります。 土塁も桜も迫力があって美しいです。

 

 

会津若松城(二の丸)

 やっぱり時間が無いので、半周したところで城内に入ります。 南入り口から続く桜のトンネル。

 そこを抜けると…

 

 

会津若松城 (7)  

 また桜だった。

 

 

会津若松城 (10)

またまた桜だった。 

 

 

会津若松城 (9)

こんどは高石垣だった。

 本丸の高石垣です。 

 

 

会津若松城 (8)

 廊下橋。

 ここを渡れば、いよいよ本丸です。 このあたりになるとさすがに観光客が増えてきますね。 

 

つづく…

 


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雪解けを待って、会津征伐(2) ~神指城~

Category : 福島県の城

人生三度目の会津でありますが、ここは初めて。 念願の神指(こうざし)城です。

 

 

神指城

 上杉家が会津に移ってから二年後の1600年、上杉景勝は直江兼続に命じ神指城の築城を開始します。

 よく本などには、家康と戦う為にこの城を建てたと書かれていますが、私はこれには同意できません。

 守るのであれば、鶴ヶ城や向羽黒山城のが守りやすいと思うのです。

 これはやはり、会津を支配する為の新しい拠点と考えたほうがいいと思うのです。 今までの支配者とは違うぞ、というパフォーマンスの意味もあったかもしれません。

 

 

神指城 (3)

 二の丸北東部に残る土塁上の大木。 この大木は樹齢600年だそうで、兼続の時代にも樹齢200年はあったということですね。

 

 

神指城より磐梯山

 その土塁上は桜が満開でした。 奥に見えるのは磐梯山ですが、やはり雲がかかっています。

 

 

神指城(阿賀川)

 この川を外濠としたようです。

 とにもかくにも、この築城には12万人も動員されたとのことですので、会津城下はさぞかし賑わったことでしょう。

 徳川家康はチャンスとばかりに詰問状を上杉景勝に送ります 「最近、築城や武器集め・浪人集めに勤しんでいるようだが、どういうこと? 言い訳してみ?」 とね。

 これに対する返事があの有名な『直江状』なのですが、ここでは内容は伏せておきましょう。

 その直江状を見て怒った家康は、会津征伐を決定するのです。

 

 

 

菜の花と神指城本丸 (2)

菜の花と本丸跡

 

 つい先日の新聞かナニかに『天地人ゆかりの神指城、荒れ放題』なる記事が出ていました。 これから観光客が増えるのに、このままじゃイカン! というものでした。 

 確かに本丸跡は藪や畑になっていて、「観光地」という感じではありませんでした。 しかし、ヘンに整備されるよりそのままの姿を見たかったので、上の記事が今回の会津旅行のきっかけになったことは間違いありません。

 

 

 

神指城本丸より北西

 本丸跡から見た二の丸北西部の土塁。 隅櫓でも建っていたのでしょうか? 石垣が残っているらしいのですが、残念ながら見つかりませんでした。

 

 

 

 

如来堂(神指城) (2)

 結局この城は完成することは無く、上杉家も米沢に移ってしまったので、幕末まで忘れられた存在でした。

 幕末の会津藩は朝敵となったため、新政府軍に攻撃されます。 その時に新撰組の斉藤一以下数名が、この神指城跡にたてこもり戦ったそうです。

 そういえば、数年前の大河ドラマのオダギリジョー演じる斉藤一はかっこよかったですな。

 

 


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天地人、花に背いて北へ帰る(17)

Category : 天地人

天地人 第16回 『信玄の娘』

 

 唐突過ぎるよ、信綱の死! あれじゃ、兼続が家老に就任したことが原因みたいじゃん。 事実は来週やるんだろうけど、本当は御館の乱の論功行賞のいざこざに巻き込まれた形なんですよね。

 

 今回は武田の姫ということで、信玄の姫について調べてみました。

 

 まずは長女の『黄梅院』

 彼女は武田・北条・今川の三国同盟の証しとして、北条氏政のもとに12歳で嫁ぎます。 が、信玄の駿河侵攻で三国同盟が崩れたことに伴い、甲斐に戻されます。

 戻された半年後に、27歳の若さで亡くなりました。

 悲劇のヒロインとして描かれることが多いですよね。

 

 

次は次女の『見性院』

 彼女は姉妹のなかで唯一家臣(ほぼ親族ですが)のもとへ嫁ぎます。 穴山梅雪です。

 彼は、信玄が亡くなりいよいよ武田も滅亡かという時に、徳川を通じ織田側に寝返ります。 武田滅亡直後に本能寺の変が起こるのですが、そのごたごたの中で、穴山梅雪は土民に殺されてしまうのでした。

 未亡人となり息子も夭折して穴山家も断絶。 彼女は一人になりますが、後に徳川幕府に保護されて家光の弟(後の保科正之・会津藩藩祖)を養育したという話です。

 

 

三女『真竜院』

 真理姫とも呼ばれる真竜院は、木曽地方の領主・木曽義昌に嫁ぎます。 彼もまた、武田家が衰退すると織田に寝返ります。 

 すると勝頼は見せしめとばかりに、甲斐に人質として預かっていた真竜院と義昌の子供を磔にしたのです。

 真竜院も木曽にいられる訳も無く、山奥に逃げ(義昌が逃がしたという説も?)死ぬまで山奥でひっそりと暮らしました。 甲府にも戻らなかったんですね。

 義昌はその後徳川へ帰属しますが、その時も義昌のもとへは戻らなかったので、義昌が逃がしたという説はハズレかな?

 

 

四女『松姫』

 この姫は織田信長の嫡男・信忠と婚約します。 まだ二人は若かったために結婚することもなく、月日が流れます。 その間にも二人は文通をし、愛を深めたと言われています。

 そうしているうちに、信玄が死んで勝頼の代で武田家は滅亡。 それでも信忠は松姫を織田家に迎えようと、松姫が住む八王子に使者を出します。 

 信忠を愛していた(会ったことないけど)松姫は大いに喜び、信忠のもとへと向かうのですが、その途中で本能寺の変が起こり、信忠も亡くなったことを知るのです。

 松姫は悲しみに暮れ、八王子にて出家をし、信忠や武田一族の菩提を弔うのでした。

 というのが一般に知られている美談ですが、実際のところは三方が原の戦いの時に婚約は破棄されて、兄仁科盛信のもとに預けられたという。

 御館の乱の時も独身で、景勝よりも6歳年下なのでこの松姫が景勝の嫁さんでもよかったですよね。

 

 

 五女で末娘は菊姫ですが、他にも何人か信玄には娘がいたという説もあります。

 

天地人0419 

【上杉家はいいから、ウチの留守を守ってはくれぬか?】

 

 さて、来週の予告では、滝川一益が上野から責めてくるような話でしたが、とういうことはもう武田家は滅亡したということですよね? はやっ(汗)

 

ではまた…

 


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雪解けを待って、会津征伐(1) ~猪苗代城~

Category : 福島県の城

 まずは猪苗代城。 別名亀ヶ城といいます。 会津若松城の「鶴」に対して「亀」

 

猪苗代城

比較的広い通り沿いにあるので、わかりやすいでしょう。 

 

猪苗代城 (4) 

 枡形門跡の石垣。 蒲生氏時代のものと考えられています。 会津若松城の天守台の石垣に似ています。

 

 

猪苗代城 (8) 

本丸入り口。 両脇の石垣の上には、櫓門でもあったのでしょう。 階段は遺構ではありません。

 

 

猪苗代城 (12) 

本丸です。 天守はありませんでした。

 

 

猪苗代城より磐梯山 

本丸から見た磐梯山。 残念ながら、雲かぶっちゃってます。

 

 

猪苗代城 (11)

 石垣のあった場所の反対側には豪快な土塁と濠。 ここも蒲生氏時代の遺構かなぁ?

 

 

 この猪苗代城は代々猪苗代氏のものでしたが、この猪苗代氏が伊達政宗に降り、その後は伊達氏のものになりました。

 伊達政宗が秀吉によって仙台に移されると、蒲生氏郷が会津若松に入り、その支城となります。

 今ある遺構のほとんどは、その蒲生氏時代に整備されたものだそうです。

 蒲生氏郷が死んだ後は、上杉・また蒲生・加藤・松平が会津に入り、やはりその支城として機能しました。

 幕末になると、会津藩主の松平容保が賊軍となったため、この城も焼かれてしまいました。

 

 

野口英世(猪苗代城)

 野口英世さんです。 夜中に会ったら絶対腰を抜かすことうけあい。 昼間でもちょっとギョっとしましたよ。

子供の頃、よくこの城址で遊んだんだそうですよ。

 

 

 

 


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古写真ジェネレータで遊ぶ

Category : 日記

こんなもの(古写真ジェネレータ)で遊んでみました。

写真を古い写真風に変換してくれるツールです。 

まずはこれ…

 

姫路城 

 現代的なものが写っていないので、幕末や明治の写したものといってもわからないですよね。

 よくみると、下のほうに携帯で写真を撮っている人がいますね。

 

 

川越 

 続いては、川越の街並み。 左下の自転車が邪魔ですよね。 あと、道路が舗装なのがバレバレです。

 

 

靖国 

 靖国神社は明治時代の建立です。 右のビルさえ無ければ、竣工当時の写真でOKですね。

 

 

新河岸川 

 新河岸川の桜です。 なにがなんだか、わからないです。

 

スキー場 

 スキー場です。 リフトはありえませんよね。 

 

 

丸の内 

丸の内ビル群

 

 

赤穂線2 

赤穂線

 

 

  やっぱり、城や神社などはしっくりきますが、ビルや電車はありえませんね? SLだったらまだいいかな?

 人物だったらどうでしょうか? 着物のお姉さんだったら、いいかもね? ヌードだったらどうなるんでしょうか? だれかやってみてください。


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天地人、花に背いて北へ帰る(16)

Category : 天地人

天地人 第15回『御館落城』

 

 とうとう亡くなってしまいました、景虎と華。 というか、とうとう戦闘シーンも無く、上杉憲政も登場することもなく(しつこい)御館の乱が終了してしまいました。 憲政は道満丸を連れて景勝のもとへ向かう途中に、景勝側に二人とも殺されてしまうというのが定説です。 それがどのように描かれるのかが、今回の大河の楽しみであったのに残念です。

 紀行でもやっていたように、この乱が完全に終わるのにはあと数年かかります。 直江信綱が亡くなるのもこの乱が遠因ですから。

 

 それにしても、道満丸を含めた三人の死をドラマチックにするには中途半端すぎましたね。 もっと、何週も前から三人の家族円満ぶりを強調するとか、道満丸の可愛さぶりを強調するとかしていれば、戦闘シーンが無くとも大河らしい仕上がりになったと思いましたね。

 それと、ブラック遠山は不敵な笑みを残して去っていきましたが、北条を殺したのも、道満丸を殺したのも遠山であったという演出なのでしょうか? それともまた登場するのかな? あれは不要だったよなぁ。

 

天地人0412 

【美男美女は絵になります】

 

 

それでもまずまず涙を誘う、一つの区切りとして良い内容であったのではないでしょうか?

 

 

 さて来週からまたコメディが始まるようです。

ではまた… 

 

 

 

 


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酒と桜と穴と城

Category : 埼玉県の城

  川越のあとは、埼玉県吉見町へとやってきました。 この市ノ川堤も桜並木が綺麗でした。

 

 

市ノ川 (3)

 写真ではわかりにくいですが、川原が芝生になっていてシートなどを広げて花見ができるようになっています。 平日の昼間っから皆さんお暇ですな~

 

 

吉見百穴 

 吉見百穴です。 「ひゃくあな」とも「ひゃっけつ」とも読みます。 ここは古墳時代のお墓で穴の一つ一つに遺体を収容するようになっていたとのことです。 

 国の史跡となっていて、入場料を取られるので外から写真を撮りました。

 ちなみに、穴は200個以上あるそうです。

 

 

岩室観音堂

 岩室観音堂。 武蔵松山城主に守られてきましたが、秀吉の北条攻めの時の松山城攻めの時に焼けてしまい、現在のものは江戸時代に再建されたようです。

 山寺みたいでかっこいいです。

 

 

竪堀? 

 その岩室観音堂の奥はこんなかんじ。 ここは、松山城の竪堀の役割もあったようです。

 

 

武蔵松山城 (7) 

 松山城の堀と土塁。 このように、堀と土塁をうまく組み合わせて、責めにくく守りやすい城になっていました。

 

 

武蔵松山城 (3) 

 写真じゃちょっとわかりにくいですね。 ここも、迫力のある堀と土塁。

 また右下に私が写っています。

 

 

武蔵松山城 (5) 

本丸跡に建つ石碑

 

 

武蔵松山城 (9) 

 松山城遠景です。

 ここは埼玉県のほぼ中央にあり、交通の要所でした。

 戦国時代には、北条氏康・上杉謙信・武田信玄と奪い合いになりました。

 信玄はこの堅い城を攻めるのに、地下道を掘り下から攻めることを思い立ったといいます。 それも先ほどの百穴を見てとのことです。

 伝説にすぎませんが、面白い話です。

 

 

 

武蔵松山城 (11) 

 秀吉の北条攻めの時は、上杉景勝・前田利家らの軍勢に囲まれて落城しました。 

 その中には、直江兼続や前田慶次・真田幸村らもいたそうです。 そういう意味で、この城は東日本戦国オールスターの集う城といっても過言ではないでしょう。

 天地人ゆかりの地でもありますかな?

 


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わりと近場で桜を楽しむ

Category : 埼玉比企のいいところ

 まずは埼玉県東松山市にある浄光寺の桜。

浄光寺 (4) 

 

 

 

 次は、私の青春の淡い思い出のある、浄光寺からほど近い「不動沼」の桜。 ここは数年前までは穴場的スポットだったのに、最近はカメラマンや花見客が増えてきて、静かに青春の思い出に浸ることが出来ませんでした。

不動沼 (4)

  そういえば、私のライブ○ア時代のブログにも昨年載せました。 もう消してしまいましたが…

不動沼 (3)

  その青春の思い出はナニか? なんて野暮なことは聞かないでください。

不動沼 (5)

 カメラマンを撮るカメラマン。 勝手に載せてゴメンナサイ 。

 

 

 

次は、埼玉県坂戸市の慈眼寺にある枝垂れ桜。 見ごろは過ぎたようです。

慈眼寺 (2) 

 全国区ではないようですが、このあたりではかなり有名らしいです。 

慈眼寺 (3) 

 が、やはり見ごろは過ぎていて、近くの東坂戸団地の桜並木のほうが賑わっていました。 そちらの写真はありません。

 

 

 

 次は、川越城の記事でも紹介した、新河岸川です。 ここの桜並木は見事でしたね。 

新河岸川 (8) 

 休日になると、遊覧船に乗れるらしいです。

新河岸川 (10)

 川越城の記事でも紹介しましたが、この川は川越城の天然の濠でした。 この桜は戦後(川越夜戦ではないよ)に植えられたものだそうです。 

新河岸川 (13) 

 平日にもかかわらず、観光客がたくさんいました。

新河岸川 (18) 

 朝の連続テレビ小説「つばさ」効果もあるのでしょうか? 最近川越の知名度がつばさのおかげで上がっているようです。  

 「つばさゆかりの地」なる幟はさすがにありませんでした。 ポスターはかなり貼ってありましたけど…

 


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天地人、花に背いて北へ帰る(15)

Category : 天地人

天地人 第14回 「黄金の盟約」

 

 こんばんは、高橋さん。 またあなたの演出ですか? 

 今回はあまり奇抜な演出はありませんでしたね。

 強いて挙げれば、上田衆が兼続を責めるシーンが格子越しだで見難かったのと、信長が初音タンと屋根の上で語らうシーンがわざとらしかったことくらいでしょうか。

 

天地人0405 

【金に目が眩んだ瞬間】

 

 ああ、まだありました。 もう多いから箇条書きにしちゃおうかな!

  ・兼続が牢に入れられる時、なぜスロー?

  ・黄金光りすぎっ!

  ・遺言の秘密をなぜ今ばらす?

  ・惣右衛門、本丸乗っ取りを責任転嫁してない?

  ・お船、あんな話をするために兼続に会いに行ったの?

  ・与七、なぜ女装?

 

 ざっとこんなところですが、来週は御館の乱も結末に向かうようです。 景虎と華、そして道満丸の散り様をどう描くのか、お手並み拝見といたしましょうかね。

 

ではまた…

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関東一ロマンチックな町

Category : 群馬県の城

先日は水上へ行ってまいりました。(三月中旬のことです)

水上は周辺の町村と合併して『みなかみ町』となりました。

 

宝台樹 (6)

 温泉とスキー場が有名ですよね。

 スキー場にはまだまだ雪がありましたが(3/13)下界にはもう雪はありません。

 

 

道の駅水上 (5)

 道の駅にはこんな幟が…

 水上って、天地人のゆかりの地だったっけ???

 

 

小川城 (3)

 帰り道の途中で見つけた小さな城、小川城。 ここにも幟。

 

 

小川城

 写真のような空堀跡が良好に残っていて、なかなかの城址でした。 が、天地人ゆかりの地ではないような…

 真田昌幸の配下だった時代もあるようです。

 

 

小川城 (5)

巨大な空堀

 

  

 

名胡桃城

 続いて、関東一ロマンチックな町名の群馬県月夜野町(現在はみなかみ町)にある、これまたロマンチックな城名の名胡桃(なぐるみ)城。

  ここにも例によって天地人幟。

 

 

名胡桃城 (4) 

 ここも、迫力のある空堀。 左下に私が写っているのはご愛嬌(笑)  みなさんはじめまして。

 

 この城は沼田城とともに、武田氏滅亡後に独立路線を進む真田昌幸が実力で奪取しました。

 しかし、天下統一を進める豊臣秀吉の執り成しによって、沼田城は北条氏のものとし、この名胡桃城は真田氏のものとなりました。

 真田昌幸はこの名胡桃の地には先祖代々の墓があるとし、どうしても譲らなかったのです。

 実は墓の話は真っ赤な嘘で、名胡桃さえおさえておけば沼田なんてすぐに奪えるとふんでのことでしょう。

 秀吉もわかっていたかもしれません。

 

 

 

名胡桃城 (7) 

 がしかし、北条氏から沼田城代をまかされた猪俣邦憲は、この名胡桃城を誰の許しも得ずに奪い取ってしまいます。

 真田側の名胡桃城主・鈴木主水は切腹です。 いまも彼は、沼田市街の寺に眠っています。

 

 この猪俣の行動に激怒した秀吉は、全国に北条討伐令を出すのでした。 そういう意味で、この城は戦国時代を終わらせた、記念すべき城と言えるでしょう。 その時、歴史が動いた。で取り上げられても不思議ではありません。

 ちなみに池波正太郎の「真田太平記」では、この一連の流れを秀吉の謀略としています。

 

 実際に城址に立ってみると感慨深いものがありますね。

 城址は国道17号線沿いにあるので見つけやすいと思います。 濠や土塁などの遺構もわかりやすいですし、なんといっても一番の見所は断崖絶壁の上にたつ立地条件でしょうか。 駐車場もトイレも完備で、お勧めの城址です。

 

 ここまで来たら、沼田城にも寄らないとね。


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