記事一覧

天地人、花に背いて北へ帰る(28)

天地人 第26回『関白を叱る』   秀吉を叱るって、兼続が叱るわけじゃないのですね?  兼続が秀吉の誘いを断るときに叱るのかと思って期待していたのに裏切られましたね。 そうだ、この大河は期待しちゃいけないんだった… 結局叱ったのは北政所さんだったというのがオチでしたとさっ。  【猿と狸の化かし合い】  上の画像の陣羽織のエピソードは良く聞く話ですよね。 前日の夜に密かに二人で...

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中国遠征記 ~日本三名園の一つ、後楽園~

 月見橋を渡るとすぐ後楽園の南口ですが、せっかくだから正面から入ります。   後楽園といえば、日本三名園のひとつですね。 ほかの二つは、金沢兼六園・水戸偕楽園です。 これで私は三名園制覇です。   この後楽園は岡山藩主・池田綱政が、1700年に完成させました。 当時は後園と呼ばれていましたが、『先憂後楽』の精神に基づいて造られていることから、明治になって『後楽園』と改名したそう...

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中国遠征記 ~古式漂うカラスの天守、岡山城(2)~

  岡山城の続きです。 もともとここには小さな城があったのですが、金光宗高が城主の時に戦国の梟雄・宇喜多直家によって奪われ、彼によって新たに築城されたのが始まりとされます。 この黒い天守は『烏(う)城』とか『烏(カラス)城』とか呼ばれますが、私は宇喜多直家の狡賢さから『カラス』でいいような気がしています。 まぁ、この天守は直家が建てたわけではないんですけど… その直家の息子の秀家が城主となっ...

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天地人、花に背いて北へ帰る(27)

天地人 第25回 『天下人の誘惑』  初音タン、クビじゃなかったですね。 それにしても真田昌幸、北条にまで人質を送っていたとは。 ありえませんな。 いくら昌幸が表裏比興のものとはいえ、今頃北条と手を結ぶなんてあるのでしょうか? ないですね?  幸村が豊臣家の人質となったのは事実ですが、上杉家と豊臣家でどんなやり取りがあったかは知りません。 景勝が上洛している隙に、幸村を秀吉のところへ送ったなん...

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中国遠征記 ~古式漂うカラスの天守、岡山城(1)~

  中国遠征記の再開です。 続いては岡山城です。   大手門付近の濠。 このあたりは岡山の観光地『後楽園』とは真逆にあたり、観光客も少なめです。皆さんは後楽園→ついでに岡山城というコースが多いようです。   公園入り口。 別名烏城とも呼ばれました。 それはこれから紹介する、天守の色からきているのですね。    入り口から進むと高石垣が現れます。  この城は三期に...

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天地人、花に背いて北へ帰る(26)

 今日は大河ドラマの感想ではありません。 田舎者が、勇気をふりしぼってこちらへ行ってきました。  六本木です    六本木ヒルズではないですよ。 東京ミッドタウンです。   ほらね。 このあたりはおしゃれな人がたくさんいて、すれ違う女の人すべてがキレイに見えました。(言いすぎかな?) どっちにしろ、私のような人が来る場所ではないですよね。 この東京ミッドタ...

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あじさい寺

中国遠征記はちょっとお休み。 先日は、埼玉県熊谷市にある能護寺へ行って来ました。   ここは通称『あじさい寺』と呼ばれています。    行基上人により、天平15年(743)に開山されました。    後に、空海(弘法大師)が天下泰平、五穀豊穣祈願のため真言密教の道場を開き、能護寺としたと伝えられます。(パンフレットより)   おなじみのアングルのようで、カメラマ...

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天地人、花に背いて北へ帰る(25)

天地人 第24回 『戸惑いの上洛』  私が新入社員の頃、福島正則みたいな先輩がいて、キャ○クラやス○ックのようなところに連れていってくれたのですが、どーも私にはそういうところの魅力がわからないんですよね~。 その時は辛くて辛くてしかたありませんでした。 付き合いなのだからと初めは割り切っていましたが、そのうちそれがストレスとなって、福島先輩(仮名)には申し訳ないけど『もう誘わないでください!』とは...

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中国遠征記 ~ももたろう伝説のある神社~

 ももたろう伝説のある神社というより、ここに祭られている吉備津彦命(きびつひこのみこと)が、桃太郎のモデルになったといわれています。   備中高松城と、岡山市街地のちょうど中間くらいに鎮座します。    拝殿です。     拝殿・本殿です。 普通、拝殿と本殿って、別々の建物ですよね? ここは拝殿・本殿が一つの建物になっています。 なんでも、比翼入母屋造りといって日...

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中国遠征記 ~名を高松の苔に残して~

 続いては、備中高松城です。 ここ、来てみたかったんですよね。  遺構なんてなにも残っていませんが、やっぱりあの話無しではこの城は語れません。 この城は、備中松山城主であった三村氏の家臣・石川久弐によって築城されたとされます。 しかし、毛利氏によって三村氏が滅ぼされる(備中兵乱といって、次の機会に書こうと思います)と、久弐に従っていた清水宗治が毛利氏に属して城主となりました。  1582年、中国...

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中国遠征記 ~日本三大平山城の一つ 津山城(2)~

  津山城の続きです。   数年前に再建された『備中櫓』です。  最近は昔ながらの工法で天守だけでなく、門や櫓などを再建するのが流行りですね。 そんな昔ながらの工法で再建するのは私は大賛成ですが、莫大な費用がかかるんですよね。  景気回復のためにはいいのかな? どうなの津山市民の皆さん?    この津山城は、日本三大平山城の一つです。 ほかの二つは、姫路城・丸亀城ですが、丸...

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天地人、花に背いて北へ帰る(24)

天地人 第23回 『愛の兜』  やっぱり「仁愛の愛」!?    上洛に前向きでない景勝に決心してもらおうと、兼続は二人の思い出の地・上田の庄に行くことに。 それはあのかわいい「こども店長」を再び出演させるための苦肉の策であったのか?  その天使のような店長の笑顔に騙され、景勝は上洛を決心します。  【似合わないんだよな~】  今週の紀行は上杉神社でしたね。 私も数年前の夏に訪...

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中国遠征記 ~日本三大平山城の一つ 津山城(1)~

 今回の旅で最初に訪れたのは津山城です。 津山駅から1キロくらいだったでしょうか? 駐車場に車を停めて、いざ登城です。   この階段は遺構ではないでしょうが、正面に見える石垣でもうテンションMAXです。    この城を築いた森忠政です。 この人は森可成の6男で、兄には信長の寵童で有名な森蘭丸がいました。 父親の可成とその嫡男の可隆は、浅井・朝倉連合軍に攻められ死亡し、跡を継いだ長...

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中国遠征記 ~オダジョーに食わせるタンメンはねぇ!~

 久々に遠征してきました。   当面の目標として『現存12城制覇』というのがあるので、その現存が二つもある中国地方へ行ってきました。   まずはこれを飲んで、シャキッとしないとね。 殿も飲んでいることだし…   途中、大津SAから見た琵琶湖。 二年ぶりの再会です、なつかしいですね。  ちょうど真ん中に城郭風の建築物がありますが、なんなんでしょうか? 大津城ではないことは確かです...

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天地人、花に背いて北へ帰る(23)

天地人 第22回 『真田幸村参上』  だいたい女子が使者って、上杉家に対して失礼だろ? しかも忍びならなおさらだよ。 「母親が卑しき身分故」って、一大名の姫がそんなことで「忍び」として育てられるなんてありえませんな。 設定おかしいよ。   まあ、盟約の証しとして幸村が上杉家に人質としてやってくるんですが、また幸村の態度が気に入りませんな。 兼続が幸村の心を開かせるまでの流れを作りたかったの...

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まだ江戸城を歩く(4)

  四ッ谷に到着しました。 やはり交差点には『見附』の名前が残っていますね。 見附とは検問所みたいな感じですかね? もちろん厳重な城門が構えてありました。   四ッ谷付近の外濠の様子。 完全に埋め立てられていますね。     四ッ谷門の石垣跡です。 なにも説明板などなかったのが残念なところですね。   ここも完全に埋め立てられていますが、外濠跡です。 真田家が工...

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戦国時代と城址巡りとラーメンが好きなアラフィフです。

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