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日光を見ずして結構と言うこと莫れ(最終回)

Category : 栃木県のいいところ

そんな夜叉門の裏側。 やっぱ派手やな~、タイあたりの寺院を思い出しますね。

 

 

夜叉門

 夜叉とは、古代インド神話に登場する鬼神なんだそうでして、鬼子母神なんてのも夜叉の仲間なんだそうですよ。

 

 

大猷院唐門

 こちらは唐門。 中国風の門と言う意味。

 

 

大猷院唐門 (2)

 

 

大猷院拝殿

こちらは拝殿。

 

 

大猷院本殿

 こちらが本殿、別名・金閣殿ともいい国宝です。 拝殿の中には入れましたが、この中は非公開です。

 

 

大猷院皇嘉門

 金閣殿の脇には一風変わった門があります。

 この門は皇嘉門といって、奥の院の入り口です。 奥の院には家光公の墓があるのですが、ここから先は非公開なんですって。 あら、残念…

 この門の別名は龍宮門といって、天井には、それはそれは美しい天女さまが描かれているそうです。

 家光公は竜宮城で眠っているわけですね。

 

 

 これにて日光シリーズは終了です。

 まだまだ撮ってきた写真が残っているので、ネタがなくなったらちびちびと公開していこうかなと思っております。

 

 


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日光を見ずして結構と言うこと莫れ(13)

Category : 栃木県のいいところ

 つづきましては、日光廟大猷院(にっこうびょうたいゆういん)です。 別名・家光廟大猷院といい、三代将軍・徳川家光の墓がある場所です。

 

 

家光廟大猷院

 ここまで来ると、東照宮での人の多さが嘘のような静けさです。 何度も書きますが、神社・仏閣はこのくらいのほうが落ち着きますね。

 

 

仁王門

 こちらは仁王門。

 

 

二天門

 仁王門から少し進むと二天門です。

 これは、四天王のうちの持国天と広目天が祀られていることから、そうよばれています。

  ちなみにほかの二天は、本多忠勝と榊原…  って、それは徳川四天王ですね。 まじめな話、他の二天は増長天と多聞天です。 
 多聞天は、毘沙門天の別名なんですよ。

 

 

二天門より

史跡巡りには体力が必要です。

 

 

鼓楼と夜叉門

 階段を登りきると、夜叉門(左)です。 東照宮でいうところの陽明門ですね。 陽明門ほど派手ではありませんが、近くで見るとなかなか手の込んだ造りになっていて面白いですよ。
 この門は、日光山内では一番大きな門だそうです。

 

 

次回は、いよいよというか、ようやく最終回です。 


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日光を見ずして結構と言うこと莫れ(12)

Category : 栃木県のいいところ

 次は、二荒山神社の本社へ向かうわけですが、その前に東照宮の『御仮殿』です。

 

 

御仮殿

 御仮殿とは、本社を修理する際に神様を仮に移しておくための建物です。

 しかし通常の神社は、こういう仮殿は修理の時だけに建てるものですが、東照宮は常設なのです。

 だからこの建物も古く、1639年建立のものです。 ちなみに1863年以降使われていないそうです。

 

 二荒山神社へ向かいます。

 

 

参道
参道です

 

 

二荒山楼門

 その参道を進むと楼門が現れます。 この楼門は昭和58年のものです。

 意外と新しいのね。

 

 

二荒山拝殿
こちらは拝殿。

 二荒山神社は、二荒山(男体山)を神として崇めたことが始まりです。 日光にはここに本社・中禅寺湖の畔に中宮・そして男体山山頂に奥社があります。 

 朱と黒でシンプルでいいですね。 東照宮は派手すぎますよ。 

 神社はこーでねーと。

 

 

二荒山本殿

 こちらは本殿です。 これは徳川秀忠が寄進したものだそうですよ。

 

 

化燈篭 
こちらは唐銅燈篭。

 その昔、この燈篭に火を灯すと幽霊がさまよっているように見えたことから『化け燈篭』ともよばれています。

 そして幽霊に間違えられたこの燈篭には、刀で切りつけられた跡が無数に残っていました。

 

 東照宮に比べたら、ここは人が少なくてゆっくり散策できました。(そのわりに写真が少ないけど…)

 やっぱり神社・仏閣は心おちつけて見学したいですからね。

 次は、生まれながらの将軍の墓へ向かいます。

 

 


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天地人、花に背いて北へ帰る(45)

Category : 天地人

天地人 第43回 『実頼追放』

 

 さすがホームドラマが得意分野の脚本家の先生ですね。 

 

 というか、最近筆が(キーボードを打つ手が)進みません。 ドラマ見ている時も、粗探しばっかりで集中して見られないんですよね。

 

 

というわけで今週は思いついたことを箇条書きで…

 

・実頼の子孫の方は、なぜ星の名前に『実頼』じゃなくて『兼続』と名づけたんだろう?

・実頼は追放されたのではなくて、出奔したんじゃなかったっけ?(てか、正信の家臣を切り殺したんだろ!)

・榊原康政は、あんな悪知恵働かないよ!(あくまでイメージ)

・幸村は自由に九度山を抜けられるの?

・実頼も幸村と一緒に大阪城に籠ったことにしちゃえば?
 (そうすれば、本多政重と幸村が戦った史実をうまく絡められるよ)

・野菜を食べたパパイヤに『まいうー♪』と言ってほしかった。

 

天地人1025 
【今日の出番これだけ】

 

さて来週は独眼竜が米沢に遊びに来るそうです。

ではまた…


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日光を見ずして結構と言うこと莫れ(11)

Category : 栃木県のいいところ

 祈祷殿の右側を進むと、奥社へ行くことができます。

 二社一寺(輪王寺・東照宮・二荒山神社)の共通チケットというものがあるのですが、ここから先は別料金です。
 日光散策にもお金がかかりますね…

 

 さてここから先には何があるのかと言うと…

 

 

眠り猫

 眠り猫です。

 奥社に行くには、この猫の下を必ず通らなければなりません。 奥社には徳川家康の墓があるので、ここから先は『ネズミ一匹通さない』という意味があるのだとか。

 

 

スズメ

 眠り猫の真裏には、スズメが遊ぶ彫刻があります。

 このことから、スズメも安心して遊べる平和な世の中になったんだよ。という意味も込められているのだとか。

 

 

 この2つの彫刻は、陽明門から左右に延びて、本殿を囲むように続く『回廊』に彫られているものです。

 先へ進みましょう…

 

 

奥社へ
奥社へは、重き荷を背負いて遠き道を行くがごとし

 

 

奥社へ (2)

 眠り猫からケッコウ歩かされましたよ。 階段も200段ほどあったらしいです。

 修学旅行の子供達は元気ですね、階段を駆け足で登ったり降りたりしてました。

 

  

奥社拝殿

 鳥居をくぐると重厚な拝殿が出迎えてくれます。 この建物は、陽明門らと違って地味でいいですね。

 でも、内部はかなりキンピカらしいです。

 

 

奥社宝塔

 これが、徳川家康のお墓です。

 あの立派な宝塔の下に、家康公は眠ってらっしゃるのです。 

 でも、東照宮建立以来掘り返されたことが無いらしいですから、本当に眠っているかどうかはわかりませんよ~

 実は、影武者だったりしてね!

 

 

 これにて東照宮はおしまいです。

 

 


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日光を見ずして結構と言うこと莫れ(10)

Category : 栃木県のいいところ

  ようやく陽明門です。

 

 

陽明門

 500を超える彫刻を見ていると一日中飽きないことから『日暮らし門』とも呼ばれています。

 写真を撮るのに、観光客がいなくなるのを待っていたら、日が暮れちまうよ! と言う意味も含まれているかどうかは不明です。

 

 

陽明門 (2)

 久々に見た陽明門の印象は『こんなにちっちゃかったっけ?』です。 もっと大きかった印象があったんですけどね。 私が大きくなったのでしょうか?

 

 

陽明門 (4)

 さて、陽明門に居座るこのおっさん、袴に桔梗の紋があることから明智光秀ではないか?との噂ですが…

 桔梗というより、織田木瓜のほうが良く似ていると思うので、このおっさんは織田信長であるのかもしれません。

 でも明智光秀である必要はある(光秀=天海であるとするならば)のかもしれませんが、織田信長である必要はあるのかな?    

明智桔梗                           織田木瓜
 桔 梗                                          織田木瓜 

 

本殿

 んで、陽明門をくぐると拝殿・本殿なのですが、ここは修復工事中でした。 中に入って修復中の様子を見ることは出来たのですが、外観が見られないのはチョット残念ですね。

 

 

祈祷殿

 順路に従って進むと祈祷殿です。

 祈祷殿では江戸時代には護摩を焚いて平和を祈願したそうですが、護摩を焚いて祈祷という行為が仏教的なので明治の神仏分離令で一度撤去されたそうです。
 でも今は表向き『社務所』という名目で復活したんだそう。 なんかめんどくさい話ですね。

 こちらも派手ですよね。 家康は遺言で、日光山に小さな祠を建てよ。と言い残したそうですが、どこが小さな祠やねん! とおもわずつっこみました。

 

 


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日光を見ずして結構と言うこと莫れ(9)

Category : 栃木県のいいところ

 三匹の猿の周りにも人が増えてきたので、先に進みます。

 下の鳥居は日本初の青銅製の鳥居なんだそうです。

 

 

青銅唐鳥居

 この鳥居の横では、修学旅行と思われる小学生達が集合写真を撮っていました。

 私の小学校の修学旅行は、なぜか伊豆でした。 全く記憶に残ってませんが…

 

 

回転燈篭

 これは回転燈篭というものです。 四隅には象の彫刻がありますね。

 この回転燈篭は、オランダから送られてきたのですが…

 

 

回転燈篭 (2)

 ほら、葵の紋が逆ですね。 時の責任者(家光? 天海?)も気づいたそうですが、特にお咎めなしでこの場所に設置されたそうです。

 こんなことを他の大名家がやったら、どうなるかわかりませんよ。 特に外様はねぇ~

 

 

鉄燈篭

 先ほどは回転燈篭でしたが、普通の燈篭は東照宮のいたるところでみることができます。 全部の燈篭に、奉納した大名の名前が刻まれているんですよ。

 殆どの燈篭が銅か石で作られているのに、上の写真の燈篭だけは なぜか鉄製。 おかげで400年の月日ですっかり錆びてしまいました。

 そんなひねくれた燈篭を奉納した奴は誰かというと、やっぱり伊達政宗公でした。 名前もしっかり刻まれていましたが、写真ではわかりにくいので本物をご覧になることをお勧めします。

 

 

秋元喬知

 代わりにといってはアレですが、我が川越藩主の秋元喬知(たかとも)公の名前を見つけたので載せておきます。(写真は大きくなります) 

 

 ついでに秋元喬知のチョットいい話を見つけたので、少しお付き合いください。

 

 喬知には二人の息子がいました。

 ある二月の極寒の日、喬知はある大名の屋敷を二人の息子と共に訪ねました。

 訪ねたといっても、実際屋敷に入ったのは喬知だけで、二人の息子は数時間外で待たせました。

 二人はぶるぶる身体を震わせ、鼻水を垂らし、手足を冷たくして父の帰りを待ちました。

 そして父の使いが終わり、ようやく秋元家の屋敷に戻ると喬知は息子達に訊ねました。

 『この寒い中、長い間待たされてどう思ったか?』 と。

 兄はこう答えます。
   『父上の命でありますから、辛いはずはありません』

 弟はこう
   『もう寒くて寒くて、何度家に逃げ帰ろうと思ったことか』

 それを聞いた父の喬知は二人に言いました。 

 

 兄の方は、心を偽っている。


 本当は、寒くて父の共などいやだったはずなのに、父に孝行をしなければいけなく、また弟に手本を示さなければと思って無理をした。




 弟の方は、正直だ。


 自分が感じた、そのままの心を語っている。





 どちらが正解なのか?


 兄弟達は大きくなったら人の上にたつ立場になる。


 そういう時に、民の気持ちを自分の気持ちとして感じとれる人間になってもらいたい。


 それには弟のように、寒い日には寒いと素直に感じて、さぞかし民も寒がっていることだろうと思うことが大切なのだ。


 しかし人の上に立つ以上、寒いと感じたことをそのまま寒いと言うのでは、誇りがない。



 人の上に立つ者は誇りを捨ててはいけない。


 
 この2つのバランスを保つのがむずかしい。



 
 大切なのは民もさぞかし寒かろうと思いつつ、その寒さを口に出さずに、民のための政治を行っていくことなのだ。

 という話でした。

 

 う~ん、考えさせられますなぁ。

 

 

 

陽明門

次回はやっとこさ陽明門です。 

 


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日光を見ずして結構と言うこと莫れ(8)

Category : 栃木県のいいところ

  石鳥居を抜けると、左手には五重の塔が聳え立っています。

 高さ36メートル。 朱色が緑に映えますね…

 

 

五重の塔

 この塔は、小浜藩主・酒井忠勝が奉納しました。 初代の塔は、火災で消滅してしまったので、子孫の忠進が再建しました。

 この塔の内部は吹き抜けになっていて、心柱が四層目の天井から鎖でぶら下げられ、その最下部は礎石の穴の中で10センチほど浮いているのだそうです。

 これは耐震対策とのことですが、昔から地震の多い我が国の知恵ですよね。

 

 

石鳥居と五重の塔
石鳥居と五重塔のコラボ

 

 

表門

さらに進むと表門です。

  仁王像があるので仁王門ともいいます。 仁王は仏教の守り神なので、明治の神仏分離令で一度は撤去されましたが、いつの日か元に戻されました。

 そういえば川越にある仙波東照宮の表門には、仁王さんがいらっしゃいませんでしたね。

 そーゆーことだったのか!

 

 

神厩舎

さて仁王門をくぐって左側には『神厩舎』があります。 この建物は神に仕える神馬のいる場所なのですが、ここにはあの有名な彫刻があります。

 

 

見サル

そう、三猿です。

 この『見ザル、言わザル、聞かザル』の彫刻は、人(猿)の一生を8枚の絵で物語っているうちの一枚です。

 8枚全部の写真を撮ってきているわけではないし、面倒くさいので解説はしません。

 上の写真は、若いうちは悪いことを 見ザル、言わザル、聞かザルということらしいです。

 

 

上神庫

 その神厩舎の向かいには、祭の時の衣装や道具が入っている三神庫のうちの一つ『上神庫』です。

 ここにも有名な彫刻が…

 

 

想像の象

 それは、想像の象です。

 これは、象を見たことの無い絵師の狩野探幽が『象って、こんなもんでしょ?』ってぐあいに想像で描いたものです。 

 見たこと無いんだったら、違う動物にすればよかったのにね? それとも象でなきゃならない理由があったのかな?
 知っている人がいたら教えてください。

 



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天地人、花に背いて北へ帰る(44)

Category : 天地人

天地人 第42回『将軍誕生』

 

 やはり将軍メインではなく、菊姫の死がメインの回でした。 先週と同じパターンでしたね。

 先週と違うところは、回想シーンが無かったことでした。 お得意の回想シーンを使えば、制作費も浮くし視聴者の涙も誘えるのではなかったかと思うですが、なぜ使わなかったのでしょうか?

 そのせいかわかりませんが、私は今回の菊姫に感情移入することはできなかったんですよね。 先週は惣衛門の死にかなりホロッときたのにですよ。 なんでかなぁ?

 やっぱり菊姫の、
  『武田が滅んだは、兄の勝頼が側室の子だったから』 とか、『謙信公の血を引く子』 なんてセリフが気に入らなかったからかなぁ?

 

 まあ、とーでもいいですね!

 

 天地人1018
【もう建てたの?】

 

 さて、最近直江兼続の書状が見つかったと話題になりましたね。 内容は以下のようです。(ニュースからの転載)

 

 

 戦国大名上杉景勝の重臣でNHK大河ドラマ「天地人」の主人公となった武将直江兼続が会津葦名家の武将に軍事情報を伝えたとみられる「密状」が、14日までに見つかった。

 研究者の間で存在は知られていたが所在が分からなかった書状で、東京の古書店が長年保管していたものを、増田教授らが確認した。

 「屋代者令逆心候(屋代という者が謀反を起こしました)」などと報告した内容で、上杉の家臣でありながら徳川家康に内通した武将屋代秀正を指したとみられる。兼続はこの後、屋代討伐に向かっており「まもなく出陣しますので、その際はよろしくお願いします」と葦名側に自軍の動きを伝える記述もあった。

 密状は「卯月(4月)十三日 兼続」と末尾に記され、兼続の花押があった。増田教授によると「右筆」と呼ばれる秘書役に書かせた文書で、安土桃山時代の1584年に、会津(現福島県)の大名葦名家の家臣にあてたものとみられる。上杉家は越後(現新潟県)の春日山城を拠点としていた。

 当時、兼続は20代半ば。2年前に本能寺の変があり、豊臣秀吉が台頭する中で、景勝の腹心として各国の戦国大名としのぎを削っていた。

 密状は文章に沿って縦に裁断された跡があり、掛け軸に張り合わされた形で見つかった。増田教授によると、秘密保持のため数片に切断して運び、読み手がつなぎ合わせた可能性があるという。

 

  

 補足をすると、この屋代氏というのは村上氏の一族でして、村上義清が信濃から武田信玄に追われたあとも、北信濃を治めてきました。
 その後、織田・上杉と主を変えてきますが、南から徳川が台頭してきたので『今度は徳川にしようか?』という時期の書状なんでしょうね。

 結局屋代討伐に向かった上杉軍は、屋代軍に勝てませんでした。

 その後は一貫して徳川の家臣として働き、子孫は旗本として生き残ったたそうです。

 

 さて来週は、与六と与七の兄弟喧嘩のようです。

ではまた…

 


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日光を見ずして結構と言うこと莫れ(7)

Category : 栃木県のいいところ

 次は東照宮です。 あ~、もう人が多くていやになっちゃいますね~

 

 

東照宮参道

 

東照宮参道 (2)

葵の御紋が光ってます。

 

 

東照宮参道 (3)

 千人枡形ともいわれるこの石段、遠近法により遠くが狭く見えるのではなく、本当に奥に行くほど幅が狭くなっているんです。
 そして、段差も奥に行くほど低くなっているんです。

 これはより遠くに見せるための手法なんですが、なんでそんなことをするのでしょうかね?

 

 

東照宮石鳥居

 日本三大石鳥居の一つです。

 てか、日本人て『日本三大○○』って好きですよね。 他の国にもあるのでしょうか? 
  イタリア三大パスタとか、ブラジル三大カーニバルとか…

 ウィキペディアにも三大○○一覧が載っていて、見ているとかなり変なのもあります。 日本三大がっかり観光地とかね。

 

 

東照宮石鳥居 (2)

話が逸れるのは得意ですから…

 

 この石鳥居黒田長政が奉納したものです。 この黒田長政という人は… って、また逸れそうなのでやめときます。

 あ、一つだけ。

 関ヶ原で、吉川広家や小早川秀秋を徳川方につけたのはこの人だといわれてますよね。 ブラック遠山なんかじゃありませんからっ! 

 


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秋なのに、春の夜の夢を見に天目山へ(1)

Category : 山梨県のいいところ

 先日は甲州へ出かけてまいりました。

 甲州といっても、武田神社でもなく清里でもない 『武田氏滅亡の足跡を辿る』 というテーマに沿った史跡めぐりです。

 いやホントは岩殿山城と天目山に行ってみたかったので、そういうテーマにしてみただけのことです。

 

 

浅間神社鳥居

 最初に訪れたのはここ、笛吹市にある甲斐一宮浅間神社です。

 国道20号線(甲州街道)沿いにこのようなデカイ鳥居があるので、間違えることはないでしょう。

 

 

浅間神社神門

 先ほどの鳥居をくぐり暫くすると神門が見えてまいります。

 

 

浅間神社拝殿

 一宮というのは、その国で一番社各の高い神社ということなので、この浅間神社もどれだけすごいものかと期待していたのですが…

 あれ? 意外と質素でコンパクト。 しかも人がいない!

 

 でも神社・仏閣なんてのは、このくらい静かなほうが落ち着いて参拝できるし、写真を撮るにも好都合。

 日光東照宮や出雲大社は、ディズニーランドか渋谷センター街かと思うほどに人がいましたが、ここは静かでいいですね。

 

 

浅間神社拝殿 (2)
拝殿を別角度から。

 

 浅間神社は富士山信仰により出来た神社だそうで、富士山周辺にたくさんあるのはこのためですね。

 やきそばで有名な富士宮市の浅間神社なんかは特に有名です。

 ちなみに、『せんげんじんじゃ』と読む所と、『あさまじんじゃ』と読むところがあるようですが、ここ甲斐の浅間神社は『あさま』と読むようです。 富士宮は『せんげん』です。

 

 ここには、武田信玄が奉納したという太刀が納められているそうです。 

 

 と、急に新シリーズが始まりましたが、日光シリーズが終わってないので、それが終わってから続きを書くことにします。

 


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日光を見ずして結構と言うこと莫れ(6)

Category : 栃木県のいいところ

 逍遥園の門を出たところの眺めです。

 

三仏堂

 

奥に見える建物は三仏堂といいます。

 

 

鐘楼

 三仏堂の紹介の前に、鐘楼。 日光山内に時を知らせるための鐘で、除夜の鐘もここで鳴らすんだそう。

 

 

 

三仏堂 (3)

 さて、三仏堂。 名前の通り、三体の仏像がこの建物の中にいらっしゃいます。 どれも江戸初期のものですが、キンピカに輝きまぶしいくらいでした。
 内部は撮影禁止なのでした。

 日光付近にある三つの山を、仏に例えたことが始まりだそうなんですよ。

   ちなにみに、男体山=千手観音
           女峰山=阿弥陀如来
           太郎山=馬頭観音    なのだそう。

 

 

三仏堂 (2)
なんて?

 

 

相輪楼
これは『相輪塔』

 

 

大護摩堂

これは、大護摩堂。 所願成就を祈願するところ。

 

 

次は、やっとこさ東照宮です。 

 


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天地人、花に背いて北へ帰る(43)

Category : 天地人

天地人 第41回 『上杉の生きる道』

 

 上杉の生きる道というより、惣右衛門の生きた道といったほうが良かったでしょう。

 やはりホームドラマは得意な脚本家にかかれば、涙の誘うのは朝飯前といったところでしょうか?

  ちなみに樋口家は三男の秀兼が継ぎ、代々上杉家の家臣でありました。 そして秀兼の次男は、大国家を継いで江戸時代を通じて上杉家の家臣だったのです。

 直江家は兼続で絶えたけど、弟(ドラマには出演なし)の血は代々続いたのですね。

 

天地人1011
【死亡フラグってやつ?】 

 

  そうか、わかったぞ!

 あと二ヶ月近く続く天地人、どうやってつないでいくのかと思ったら、毎週一人づつ殺していくのですね!

 そうすれば、毎週毎週視聴者の涙を誘うことができるもんね!

 来週から、菊姫・仙洞院・長女(松だっけ?)・泉沢久秀・真田幸村・竹松、そして兼続本人と。

 やっと流れが読めました。

 

 

 さて来週は、菊姫がトマトジュースを吐くようです。

ではまた…

 


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日光を見ずして結構と言うこと莫れ(5)

Category : 栃木県のいいところ

 神橋から15分ほど歩いたでしょうか? こちらに到着です。

 

 

輪王寺

 輪王寺(りんのうじ)といっても、輪王寺というお寺があるわけではなく、15以上の寺や堂をひっくるめて『日光山輪王寺』というのだそうです。

 まあ、素人にはよくわかりませんが…

 

 

輪王寺 (6)

 まずは、先ほどの『黒門』をくぐるとすぐのところにある『逍遥園』にお邪魔しました。

 

 

輪王寺 (4)

 ここは小堀遠州が作ったともいわれる日本庭園です。 今頃は紅葉が見ごろだそうですよ。

 

 

輪王寺 (3)

庭園って、どのアングルで撮ってよいものかいつも迷うんですよね。

 

 

輪王寺 (5)

だから、パンフレットに載っていた写真をマネして撮ってみました。

 

 

輪王寺 (2)
おっぱい 

 


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日光を見ずして結構と言うこと莫れ(4)

Category : 栃木県のいいところ

  ようやく世界遺産『日光の社寺』へ向かいます。

 そのまえに、この人に挨拶しないといけません。

 

 

天海
天海さんです。

 

 説明不要ですよね。

 この人が日光東照宮を建てたのです。  

 

 天海さんの像の道を挟んで向かい側にはこの人の像が…

 

 

板垣退助
板垣退助さんです。

 

 あら? こんなところでお目にかかるとは思いませんでしたよ。

 時は幕末、大鳥圭介率いる幕軍が、この日光山内に籠城したんだそうです。 

 その大鳥圭介をこの板垣退助が説得し、見事『無血開城』に成功。 そして、歴史ある社寺も戦火にさらされることが無くなったんだそうです。

 今の日光の発展は、この二人のおかげなのですね。

 

 

二荒山神橋 (3)

 二人の像のすぐ近くには、二荒山神橋があります。 しんばし ではなく『しんきょう』です。

 

 

二荒山神橋 (2)

 この橋も世界遺産の一部です。

 

  

二荒山神橋

 さすが世界遺産だけあって、渡り賃がかかるんですね。 私は写真だけ撮らせていただきました。

 この橋は、日本三大奇橋の一つです。 他のふたつは、山口県岩国の『錦帯橋』・山梨県大月の『猿橋』・長野県上松の『桟』・徳島県西祖谷山の『かずら橋』 そして富山県宇奈月の『愛本刎橋』だそうです。

 あれっ? 三つじゃないじゃん!

 てか、資料によって書いてあることが違うんですよねぇ。

 

 

参道

まあ、細かいことは気にしないで、二社一寺の待つ日光山へ向かいましょう。 

 


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日光を見ずして結構と言うこと莫れ(3)

Category : 栃木県のいいところ

 こんどこそ華厳の滝ですよ。

華厳の滝 

 和歌山県の那智ノ滝(なとのたき)、茨城県の袋田ノ滝(ふくろだのたき)とともに「日本三大名瀑」といわれています。

 名称は涅槃ノ滝(ねはんのたき)、般若ノ滝(はんにゃのたき)などと一緒に仏典の「釈迦の五時教」から名づけられたというのが、日光の観光サイトに載っていました。

華厳の滝 (2)
少しアップで

 

 自殺の名所だとか言われていますが、ここ何十年かは自殺者はでていないんだそうですよ。

 写真にも、写っちゃいけないものなんて写ってないですよね?

 ね?

 


 

華厳のELV

 写真のようにエレベータを使えば、滝が正面から見られるというのですが、ちょっとお高いので今回は遠慮させていただきましたよ。

 

 


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天地人、花に背いて北へ帰る(42)

Category : 天地人

天地人 第40回 『上杉転落』

 

 ブラック遠山、すっかり徳川の重臣ですね。 大出世じゃないですか。

 それに、疑われないように本多正信と兼続の会談に立ち会うって意味わからないです。 そんなに遠山を出演させたいのでしょうか? ひょっとして、意外と視聴率がいいのは遠山人気?

 

 今回は兼続のブラックな一面が少しでていました。 本多正信の息子(政重)を直江家の養子とすることで、徳川が上杉家を牛耳ることができると。

 だから、上杉家はつぶさないでね ってね。

 史実ではどーだったんでしょうね? 兼続に息子がいたにもかかわらず、養子を迎えようというんだからやっぱりそういう意味があったのかな?

 ドラマでは描かれていなかったですが、兼続の娘と本多政重の間に男子が生まれたら、その子を上杉家の養子にしようなんて話も合ったとかなかったとか… (どっちやねん!)

 

 実は本多政重は、徳川が送り込んだスパイだったという話もあります。

 宇喜多秀家・福島正則・上杉景勝・前田利長と、徳川にとって危険な大名のところばかりを渡り歩いていたというのがその理由ですよね。

 

天地人1004 
【月見をしている場合か?】

 

 まあスパイは無いにせよ、関ヶ原では宇喜多秀家の家臣。 現在(ドラマ上の)は福島正則の家臣。 せっかくいいネタなのになぜ出演させない? もったいないよねぇ~、いつものことだけど…

 

さて来週は、子供店長が視聴者を泣かせるようです。

ではまた…

 

 


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テーマ : 天地人
ジャンル : テレビ・ラジオ

日光を見ずして結構と言うこと莫れ(2)

Category : 栃木県のいいところ

  前回『次は日本三名瀑』と書いておきながら、その前に行った場所がありました。

 二荒山神社中宮です。

 

 

二荒山神社中宮 (2)

 その昔、男体山のことを二荒山(ふたらさん)と呼び、その山を御神体としたこたから『二荒山神社』というそうです。

 ちなみに、『二荒』 を 『にこう』 と読み、それがなまって 『にっこう』 → 『日光』 となったのだそうです。

 

 

中禅寺湖
目の前には中禅寺湖

 

 

愛のヒメコマツ
愛のヒメコマツ。 『愛』は流行ですからね。

 

 

二荒山神社中宮 (3)
女子大生と神門と男体山(二荒山)

 

 

二荒山神社中宮
神門

 

 

二荒山神社中宮 (4)
拝殿

 

 

二荒山神社中宮 (5)
本殿

 

 この本殿の脇には、男体山の登山口があります。 山頂には二荒山神社の奥社があり、その奥社と日光山内にある二荒山神社本社の中間にあるので『中宮』と言うんだそうです。

 奥社までは往復8時間かかるというので、今回はやめときました。

 

 


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