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記事一覧

木曽路はすべて山の中(12) ~馬籠宿~

 2009年ももうすぐ終わりですね。 皆さんはこの一年どのような年でしたでしょうか? さて、今年最後の記事は、あえて普段通りの記事にしました。 木曽路の続きです。   馬籠宿は、江戸から数えて43番目の宿場町です。 つまり、妻籠の次ですね。   妻籠宿から旧道でおよそ8キロ。 歩いても2時間もあれば着くでしょうか?   今回の木曽路シリーズのタイトルに、勝手に使わせてもらっ...

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両毛五市の城と麺を訪ねる旅 ~桐生市編・その2~

  県道66号線を北上すると、左側に日枝神社が見えてきます。 そこが桐生城(柄杓山城)の登山道入口です。   桐生城のある山が、柄杓(ひしゃく)のように見えることから別名・柄杓山城と言いいます。   かなり急な坂道を登ること15分。 中間地点の小さな祠が見えてきました。 後でわかったことなのですが、日枝神社から登るルートのほかに反対側から登るルートがあり、そちらの方が傾斜も緩やかで...

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両毛五市の城と麺を訪ねる旅 ~桐生市編・その1~

  両毛五市(群馬県太田市・桐生市・館林市、栃木県佐野市・足利市)の麺類と城址を一日で制覇しようと、意気込んで埼玉県を出発した私は予定通り太田市にある金山城を見学。  途中寄り道したものの、おいしい焼きそばも堪能して太田市でのミッションを無事終えた私が次に向かったのは、群馬県桐生市です。 あ、また寄り道をしてしまいました。 鳳仙寺です。   ここ鳳仙寺には、これから向かう桐生城城主・由良成繁...

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ぐんまの城と殿のラーメン

 今日は野暮用があって、群馬県は前橋市へ行ってきました。 途中、ちょっと良さげな城址があったので寄ってみましたよ。   【現存物見櫓?】  この城は、上野国を本拠とするヱーコーラックス社が昭和59年に築城し、一時は上野国内に五つの支城をかまえましたが、近隣の大大名(大手チェーン店)の進出等で経営が悪化。   当主を交代させるなど経営建て直しをしますが、惜しくも平成16年に落城、と同時に...

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木曽路はすべて山の中(11) ~妻籠宿~

  妻籠宿は、街並み保存の先駆者なんていわれています。   江戸時代には宿場町として栄えていましたが、明治維新後 道路や鉄道も整備され、宿場町としての役目は残念ながらなくなってしまいました。   この辺りは目立った産業もなく、人口は減るばかり…   そこで目をつけたのがこの古い街並みでした。   そして全国に先駆けて発表された『妻籠宿を守る住民憲章』には、古...

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木曽路はすべて山の中(10) ~妻籠宿~

 寝覚めの床から約1時間、木曽路を代表する観光地『妻籠宿』へとやってまいりました。   ここ妻籠宿は、江戸・日本橋から数えて42番目の宿場町です。   高札場あたり。  そして国の重要伝統的建造物群保存地区の最初の選定地の一つだそうです。   ちなみに、妻籠宿以外の最初の選定地区は… ・秋田県角館の武家町  ・岐阜県の白川郷  ・京都の産寧坂と祇園新橋  ・山口県萩の武家...

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木曽路はすべて山の中(9) ~桟と床と浦島太郎~

木曽福島から国道19号線を南下し、しばらくすると『木曽の桟(かけはし)』です。 木曽川に沿って続く断崖絶壁は旅人の往来を阻んだそうです。 そんな難所に木曽の桟は架けられ、わずかな通路が確保されました。 当初は丸太を綱で結わいただけのものだったそうですが、江戸時代に入ってからご覧のような石垣が組まれたそうです。   車で走っていると普通の道路で気づきにくいですが、川の対岸から見ると一目瞭然、江...

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両毛五市の城と麺を訪ねる旅 ~太田市編・その2~

 金山城址から目当ての焼きそば屋に向かう途中に、なんだか雰囲気のよさげな寺があったので寄ってみました。 私の悪い癖ですね。   大光院です。   この寺は徳川家康が、新田義重の菩提を弔うために建立しました。 地元では、呑龍さまといわれて慕われているそうです。   なぜ新田義重かといいますと、徳川氏は新田氏の子孫だと“称して”いるからなんですね。 その新田氏の祖が義...

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両毛五市の城と麺を訪ねる旅 ~太田市編・その1~

  両毛五市の城と麺を訪ねる旅、最初の目的地は群馬県太田市です。    朝8時半に到着。 一時間の見学で、10時開店の店に間に合わせる予定です。 ここは山城ですが、かなり上のほうまで車で行くことが出来ます。 上の写真は本丸方面なのですが、反対側には素晴らしい遺構が残っているのです。 でも今回は本丸へ直行しました…   途中の展望台からの眺めです。 朝早かっただけあ...

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畠山重忠と白鳥

  先日は、畠山重忠の居城を紹介したので、今日はお墓の紹介です。   この日は快晴 気持ちいいですね。 この公園は、埼玉県深谷市(川本町)にあります。    お墓もありますが、ここはもともと重忠が生まれた居館でもありました。  今は、埼玉県の史跡に指定されています。  なむ~    そして皆さんに紹介したかったのが、この像です。  仙台城の伊達政宗像や...

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木曽路はすべて山の中(8) ~木曽福島宿~

 木曽福島の続きです。 木曽福島は宿場町としても有名ですが、関所があったことでも有名です。 碓氷、箱根、新居とともに『四大関所』なんていわれたりもしました。   これが関所跡です。 復元ですが、通行料(?)をとられるのでここから先には行きませんでした。 関所といえば『入り鉄砲と出女』といって、江戸に向かう鉄砲と江戸から出て行く女は厳しく取り調べられたということですね。   もちろん、...

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木曽路はすべて山の中(7) ~マリリンの墓~

 木曽福島では、こんな寺にも行ってきました。   大通寺です。 ここには木曽のマリリンこと、真理姫の墓があります。  彼女は武田信玄の三女で、この辺りを治める木曽家を手なずけるために、6才の若さで木曽義昌に嫁ぎます。 政略結婚ですね。    この木曽義昌、武田勝頼を裏切り織田信長に通じるわけですが、この時武田家に人質として差し出していた木曽家の長男と、木曽義昌のお母さんを見...

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木曽路はすべて山の中(6) ~木曽義仲~

  奈良井宿を出た私はの次の目的地は木曽福島だったわけですが、途中木曽義仲の資料等が展示してある『義仲館』というのがあると知って寄ってみました。   が、その日は生憎の休館日。 義仲像の写真を撮って木曽福島に向かいました。   これが義仲像。 隣に立っているのは妾の巴御前。 いますよね~、こうやって足を広げて電車の席に座る若者! もっと詰めれば、もう一人座れるのに… って...

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両毛五市の城と麺を訪ねる旅 ~計画編~

 いつもお世話になっているかやさんのブログによく佐野ラーメンのことが載っているんですよね。  そしたら私も佐野ラーメンが食べたくなって、佐野ラーメンのことを調べていたら、こんなサイトを発見してしまいました。  なに、両毛五市(群馬県太田市・桐生市・館林市、栃木県佐野市・足利市)は麺類をウリにしているとな? そしたら、その五つの麺とやらを制覇してやろうじゃないか! と急に思い立ち、しかもただ制覇す...

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木曽路はすべて山の中(5) ~奈良井宿(2)~

 奈良井宿の続きです。   ここでも杉玉を発見。 酒屋さんですね~   これは、猿頭(さるかしら)といって、庇板を押さえる桟木のこと。 猿の頭が重なったように見えることからこうよばれています。   こちらは『鍵の手』。 枡型ともよばれる防御施設です。 敵に一気に攻め込まれないようにわざと道を直角に曲げています。 敵が江戸に到着するのを少しでも遅らすため、ともいわれていますね。&nbs...

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木曽路はすべて山の中(4) ~奈良井宿(1)~

 私が次に訪れたのは奈良井宿です。   国道19号線沿いにある道の駅『木曽の大橋』に車を停めて、いざ散策! ちなみにこの道の駅、売店が無いんですよ。 珍しいですね。 上の橋は木曽の大橋で、総檜造りだそうです。 お金かかってますね。  この奈良井宿は、中仙道の難所・鳥居峠を控えていることもあってか、江戸時代は木曽路一栄えたそうです。  『奈良井千軒』といわれたほど栄えた奈良井...

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木曽路はすべて山の中(3) ~塩尻宿~

  旅の始まりは塩尻から…  ここ塩尻宿は、中仙道の宿場町として栄えました。 中仙道には『中仙道六十九次』といって、69ヶ所の宿場町があったのですが、ここ塩尻は江戸から数えて30番目の宿場町です。   日本海からくる塩の道と、太平洋からくる塩の道が交わるのが丁度この辺りなので、塩の道の終点(=尻)というのが塩尻の名前の由来らしいです。   ここ塩尻宿には、あまり古い街並...

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秋なのに、春の夜の夢を見に天目山へ(最終回)

 天目山シリーズも最終回となってしまいました。 最終回の舞台はここ、武田勝頼を土壇場で裏切った小山田信茂の居城・岩殿山城です。   この城は、国道20号線からも、JR中央線からも見えるので迷うことはないでしょう。 しかも、一度見たら忘れられないほどのインパクトのある山です。  山というより、一枚岩がドカンと大月駅前に聳え立っているのですよ!   これです、その一枚岩。 この山に籠れば...

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箭弓と書いて、なんと読む?

 そういえば、今年はイチョウの木を撮っていないなと思い、埼玉県は東松山市にあるこちらの神社へやってきました。   というのも、ここには立派なイチョウの木があったという記憶が残っていたんです。 あと、記事になりそうなネタがこの神社にはあるんですね。    箭弓神社の拝殿・本殿です。     今は時期ではないですけど、ここは牡丹が有名です。 あ、奥にイチョウが見えますが...

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もはや『館』ではない菅谷館(2)

 畠山重忠は少し高くなった場所にいらっしゃいました。 物見櫓でもあった場所なんでしょうね。   畠山重忠は現在の埼玉県深谷市畠山を領しました。  重忠は源頼朝の鎌倉幕府成立に貢献した人でしたが、頼朝が亡くなってからは執権の北条氏に邪魔者扱いされて殺されてしまいます。 坂東武者の鑑なんていわれていたらしいですよ。 埼玉の英雄でしょうか。         重忠像の前には水...

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もはや『館』ではない菅谷館(1)

 嵐山渓谷に行った日、近くにある菅谷館(すがややかた)にも行きました。   ここもまだ紅葉が残っていましたよ。 この菅谷館は、源頼朝の下で活躍した畠山重忠(はたけやましげただ)の居館でした。 戦国時代に入り、関東で扇谷・山内の両上杉氏が対立すると、この菅谷館は扇谷上杉氏が入ったようです。 そのころ『館』から『城』へと拡張されたんでしょうね?   『館』にはもったいない曲がりくねった堀と...

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もう見ごろは過ぎてしまった、嵐山渓谷の紅葉(2)

 嵐山渓谷、というよりその周辺の遊歩道の紅葉の続きです。     嵐山町発祥の地の碑。  『公園の父』と呼ばれた本多静六 という人がここを訪れた際に、『京都の嵐山と似ている』と言ったことから『武蔵嵐山』と名づけられました。  もともとこの辺りは菅谷村といったのですが、町制施行される際に『菅谷』より有名になってしまった『嵐山』を町名にしたんだそうです。 前の記事では『どっかの偉い...

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もう見ごろは過ぎてしまった、嵐山渓谷の紅葉(1)

 本日は嵐山渓谷に行ってまいりました。 嵐山といっても京都ではありませんよ、埼玉県の武蔵嵐山です。 なんでもどっかの偉い人がこの地を訪れた際、京都の嵐山に似ていると言ったことから武蔵嵐山と名づけられたのだそうです。 でも『あらしやま』ではなくって『らんざん』なんですけどね。   ここにバーベキュー場があって、このあたりでは人気のスポットです。 駐車場にもお金を取られるのですが、今日は無料開...

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Author:四十路
戦国時代と城址巡りとラーメンが好きなアラフィフです。

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