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春はまだか? (後編)

 つづいては喜多院に行ったわけですが、ここもほとんどの桜は開花していませんでした。   ただ、一本だけ見ごろを迎えた枝垂桜があって、そこには見物客が群がっていましたよ。   わざと、人を入れて写してみました。   喜多院の隣にある、仙波東照宮の桜もキレイでしたよ。   喜多院や、仙波東照宮のすぐ近くにある“中院”では、見ごろを迎えた枝垂桜がキレイだと聞いて...

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春はまだか? (前編)

  昨日(3/29)は、関東の平野部でも雪が降り、春の到来も少し遠のいたでしょうか?。 そんななか、本日は川越の桜を見に行ってきました。   まずは、氷川神社の裏を流れる新河岸川沿いの桜。 まだまだ咲いていませんねぇ    ちらほらとは咲いていましたが…   桜を見に行ってきたといいながら、本当はここがメインだったのです。 川越城中ノ門堀跡の整備が終わった、というニュ...

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上州 世良田の里(5)

  はい、ここからは拝観料がかかります。   ごらんのような徳利門番がいて、半自動扉のようです。 開けるのは手動ですが、門の左下に見える徳利の重さで、自動で閉じます。   やっぱりありました、三つ葉葵の家紋。   この拝殿は、もともとは日光東照宮にありました。 今の日光東照宮は、三代将軍・家光の時に改修されたものですが、その時にここに移されたものだそうです。 ということ...

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上州 世良田の里(4)

  黒門を抜けるとそこはこんな景色でした。   鳥居と拝殿が見えますね~  その前に左側を見てみると…   こ、これは…!   本数は少ないけれど、河津桜が満開でした。   元に戻って、拝殿前の燈篭。 これは、前橋藩主・川越藩主・忍藩主が奉納したものらしいです。    そして一際高い(5メートル)この鉄灯篭は、川越藩主の秋元喬朝が奉納しました...

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上州 世良田の里(3)

  長楽寺にはもちろん、この人のお墓があります。   徳川義季は徳川氏の祖とされる人物です。     どれが義季さんの墓でしょうか?   ここは少し高台になっていて、開山堂を見下ろすことができます。   その開山堂。  徳川縁の地といえば、忘れちゃいけないのが東照宮です。 もちろんここにもあります。  ほら。   ここ黒門から中に入ります...

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上州 世良田の里(2)

  徳川氏発祥の地から車で5分ほどでしたでしょうか。 東毛博物館に到着です。   写真は新田義貞と休館日の博物館です。 新田義貞は、鎌倉の北条氏を滅ぼした人物ですが、この像は、義貞が金の刀を海に投げ入れたところ、たちまちに潮が引いて、そこから鎌倉に攻め入ったというエピソードの像だそうです。   並木沿いを少し歩いて…   長楽寺に到着です。   長楽寺...

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上州 世良田の里(1)

 先日は群馬県太田市へ行ってきました。 やきそばを食べに行って以来ですね。   そこにはなにがあるかと言うと…  な、な、な、なんと、徳川氏発祥の地があるんですね。  まずは栄徳寺。   ここ永徳寺は、徳川氏の初代とされる徳川(新田)義季がこの付近に居を構えると、祈願所となったそうです。  お決まりの…   この辺りは川だったらしい。 ちなみに、徳...

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雪の日の大道寺政繁(4)

  続きましては、河越館の隣(というより、同じ?敷地内)の常楽寺にやってきました。   まだ雪の残る総門をくぐると…   立派な鐘楼門です。 仁王さんもいらっしゃいましたよ。   こちらは、まだ真新しい河越重頼・源義経・京姫の供養塔です。 この河越館を建てた河越重頼の娘が、義経に嫁いだんでしたね。 義経の奥さんというと、静御前が思い浮かびがちですが、彼女は正妻で...

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雪の日の大道寺政繁(3)

  続きましては、日本の政治の中心地・霞ヶ関へとやってきました。   というのは冗談で、埼玉県川越市にも『霞ヶ関』があるんですね。  霞ヶ関駅から歩いて15分ほどでしたかね?  河越館跡に到着です。 上戸小学校を目安にするといいでしょう。   あたり一面の雪景色ですが、ここに河越氏の館がありました。 秩父平氏の流れを汲む重頼がこの地に居を構え、河越氏を名乗ったのが最初と...

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雪の日の大道寺政繁(2)

  先日の雪の降った日の翌日、埼玉県川越市にある蓮馨寺に行ってきました。 その続きです。   こちらは本堂。   賽銭箱です。 北条の三つ鱗と、徳川の葵の紋が並んでいるなんて面白いですね。  その賽銭箱の脇に座ってらっしゃるのが…   おびんづる様です。 おびんづる様の体を触って、その手で自分の体をなでると、病気が治るといいます。 いろいろな寺にいらっしゃいま...

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すみよし桜の里

 本日は埼玉県坂戸市にある、すみよし桜の里へと行ってきました。  桜の開花にはまだ早いって? そうなんです。 ソメイヨシノの開花にはまだ早いですが、もう咲いている種類のものがあるんですよね。   それは河津(かわづ)桜といって、毎年二月下旬から三月中旬にかけて咲くそうです。    あれ~? まだ咲いていない?   ちょっと気が早かったようです。 いつもツメが甘い私です。 この...

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雪の日の大道寺政繁(1)

 昨日は関東地方の平野部でも雪が積もりました。 でも、『雪は夜更け過ぎに、雨へと変わった』ので、夜中に積もった雪も朝には溶けてしまって、交通機関の乱れもあまりなかったようです。  そんななか、私は川越へと行ってきました。   午前11時ころの連雀町交差点です。 雪なんてありませんね。    蓮馨寺へとやってきました。 ここは、本川越駅と蔵の街のちょうど中間くらいにあります。...

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まだ江戸城を歩く(5)

  昨年5月に行った、江戸城外濠歩きの続きです。 前回は、紀尾井坂を下るところまででした。  紀尾井坂を下ると『弁慶濠』です。 ここは埋め立てられずに、水を湛えてました。   弁慶濠を過ぎると、赤坂見附です。   見附というからには、ここにも江戸城の門がありました。   と、その前に、紀伊和歌山藩徳川屋敷跡です。 あの、暴れん坊将軍を輩出した家ですね。 現在は、赤坂...

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埼玉のマイナー史跡と、メジャーB級グルメ(4)

 ゼリーフライで腹を満たした私は、その近くにある天祥寺にお邪魔しました。   成田氏が城主をしていた忍城ですが、北条氏滅亡後は徳川氏の家臣が入ります。 最初は松平家忠。 彼は関ヶ原の前哨戦、伏見城の戦いで伏見城に籠り、鳥居元忠らと共に死んでいます。 次に松平氏が二代続き、阿部氏が九代。 そして1823年には、再び松平氏が入ります。 今度の松平氏は、通称・奥平松平氏といい、あの長篠の戦いの時...

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埼玉のマイナー史跡と、メジャーB級グルメ(3)

 忍城と石田三成の水攻めについては、去年の一月の記事を見ていただくことにして…    続いては、成田氏ゆかりの神社・仏閣を訪ねました。 この神社は忍城の鬼門よけとして、成田氏によって建立されました。   鬼門とは、鬼の出入りする門のことで、忌み嫌われることが多いでしょね。 一般的には“北東”をさします。  もちろんこの神社は、忍城の北東にありました。  ...

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Author:四十路
戦国時代と城址巡りとラーメンが好きなアラフィフです。

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