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奥州仕置2010 (29) ~弘前城・その4~

Category : 青森県の城
 大手門から中に入り、まっすぐ進むと『杉の大橋』が見えてきます。














杉の大橋
 

 が、杉の大橋は工事中で渡ることが出来ません。

 この橋を渡れば、本丸はすぐそこなんですけどね。

 でも私は最初から遠回りをする予定だったので、関係なかったです。












未申櫓

 工事中の杉の大橋の前を通り、西に向かうと“未申櫓”(ひつじさるやぐら)が見えてきます。












未申櫓 (2)

 未申櫓のアップです。

 小さくてカワイイ櫓ですが、現存ですよ。

 屋根は銅板です。











 
辰巳櫓 (2)

 今度は、東に向かいます。

 すると辰巳櫓が見えてきました。

 











 
辰巳櫓

 この辰巳櫓も現存です。

 先ほどの未申櫓と同じような形をしていますね。

 

 この辰巳櫓を左手に見ながら、北に進みます。














 
中濠

 写真の右奥に先ほどの辰巳櫓があります。

 この濠の両脇には、カエデがたくさん植えられていました。

 桜が有名な弘前城ですが、秋の紅葉の時期もキレイなんでしょうね。


 二の丸(写真右側)に向かいます




 つづく…
 



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世界に一ヶ所だけの魚

Category : 埼玉北部のいいところ
秋は確実に近づいているというのに…

秋はまだか?
 












まだまだ暑い日が続きますねぇ…
 
都幾川 

 そんななか、私はこんな所に行ってきました。












 
ムサシトミヨ 

 元荒川の、“ムサシトミヨ”生息地です。

 埼玉県熊谷市の、元荒川源流近くにあります。

 ムサシトミヨとは、絶滅危惧種に指定されている小さな魚(大人で6cm)で、世界でもここにしか生息していません。

 鳥のように巣を作り、そこで子育てをする珍しい魚です。

 近くの保護センターで、ムサシトミヨが見られるというので行ってみましたが…











  
ムサシトミヨ (2) 

 休みのようで…

 夏休み最後の週末なんだから、開けておいてくれてもよかったんじゃない?

 自然界で生息しているのはここだけですが、水族館なんかでは見ることができるので、見たい方はそちらへどうぞ(相変わらず無責任です)












 
平山家住宅 

 次に向かったのはこちら。

 国の重要文化財に指定されている『平山家住宅』です。 

 江戸時代中期に建てられたんだそうです。

 今でも“平山さん”が所有しているのですが、民家と民家の間に隠れるように建っているので入っていくのにチョット勇気がいりますよ。

 ちなみに、その平山さんの先祖は、上杉家(深谷上杉家)の家臣だったそうです。










 
平山家住宅 (2)

 なんの花でしょうか?











 
加藤 (2)

 平山家住宅を見た後は、近くに新しく出来たラーメン屋に行ってきました。

 県道・東松山深谷線、押切交差点付近にあります『加藤』さんです。

 この店は週末しか営業していないのですが、ネットとかで評判が良かったので行ってみたかったんですよ。

 ようやく、叶いましたね。









 
加藤 

 最近流行の、豚骨魚介系というヤツです。

 流行といっても、濃厚ドロドロスープというわけではなく、わりとさらっとしたスープでした。

 麺は、中太でモチモチっとした食感が私好み。

 
 もちろん、完食させていただきましたよ!


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奥州仕置2010 (28) ~弘前城・その3~

Category : 青森県の城
 弘前城の散策に戻ります。











北西部

 北西部の濠です。

 新緑がキレイですね。












 
一陽橋

 このあたりは、大手門のほぼ真裏。

 観光客もいないですね。











 
西側

 西濠と春陽橋。

 この日は、“春の陽気”からは程遠かったですが…












 
桜のトンネル
 弘前城といえば桜。

 上の写真は“桜のトンネル”といわれている場所です。

 緑色の葉っぱが、全部ピンク色だったら…  想像してみて下さい…



 新緑のトンネルも、とても気持ちよかったですよ!













 
ボート乗り場

 時期が時期なら、この濠の両側も桜の花で覆われるのです。

 ここにはボート乗り場がありましたが、雨で桜の時期でもないので、誰一人としてボートに乗っている人はいませんでした。










 
大手門

 大手門に戻ってきました。

 中に入りますよ!
 


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奥州仕置2010 (27) ~伝統的建造物保存地区~

Category : 青森県のいいところ

 弘前城址の北側には、伝統的建築物保存地区があります。










仲町伝統的建造物群保存地区 (6)

 こちらは、今でも天然の藍染めが行われている“川崎藍染工場”です。

 藍染体験も出来るそうです。











 

仲町伝統的建造物群保存地区 (7)


 黒石でも見かけた“こみせ”の街並み。

 やっぱり豪雪地帯なのでしょう。

 丸ポストもいい雰囲気。










 

仲町伝統的建造物群保存地区 (8)


 こちらは豪商の石場家。

 江戸時代は藁などを扱っていたそうですが、今は酒屋。





 では、武家屋敷の立ち並ぶ通りに入ってみましょう。














 

仲町伝統的建造物群保存地区 (2)


 あれ?













 

仲町伝統的建造物群保存地区


 “復元予定地”って、これから造るんかい!?

 まあ、これから造っても、100年、200年って経てば“伝統的建造物”にはなりますが…










 でも、ちゃんと現存建築物もありますよ(あたりまえか…)
 

仲町伝統的建造物群保存地区 (3)


 伊藤家住宅です。

 食卓はどうなっているのでしょう(笑)












 

仲町伝統的建造物群保存地区 (4)


 約200年前に建てられた、藩医を務めた伊東家の住宅です。












 

仲町伝統的建造物群保存地区 (5)


 伊東家に隣接する、梅田家住宅。

 今でいう 『4LDK』 でしたが、どのくらいの給料でこの規模の住宅に住めたのでしょうか?

 気になりますね~
 



 弘前城に戻ります。



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奥州仕置2010 (26) ~弘前城・その2~

Category : 青森県の城
 弘前城の続きです。











東門 (2)

 津軽為信の像近くにある門です。

 東側にあるから“東門”といい、現存建築物です。

 石垣が無いので、西日本の城に見慣れた方は違和感があるでしょうが、これはこれで趣があっていいですね。

 “土の城”の門は、みんなこんな感じだったのでしょう。










 
東門

 お決まりの…












 
東側の濠

 また濠沿いを歩き、北に向かいます。











 
北側の濠

 北川の濠です。

 








 
亀甲橋

 北側にある、亀甲橋。

 築城当初は、こちらが大手だったようです。

 奥に門が見えますね。












 
亀甲門 

 北門です。

 通称・亀甲門

 築城当時の大手門で、大光寺城からの移築だそう。

 こちらも現存。

つづく…



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奥州仕置2010 (25) ~弘前城・その1~

Category : 青森県の城
 とうとうやってきました弘前城

 ここが今回の旅の目的でもありました。









大手門

 写真は大手門です。

 早速、天守が見たいところですが、まずは濠沿いを歩きます。


 ていうか、また雨が降ってきてしまいました。










 
大手門の鴨

 鴨も退散するほどの大雨…             かも…











 
大手門付近

 大手門から、反時計回りに歩きます。

 しばらくは、上の写真のような景色が続きます。

 濠は、あまり広くはないですね。

 確かなことは言えませんが、道路を造る際に少し埋め立ててしまったのかもしれませんね。







 少し歩くと、右手にNHK弘前放送局が見えてきます。

 そのNHKの向かいには…

 
津軽為信

 津軽為信の像があります。

 なかなか渋いです。












 そして、軍配をよく見ると…

 
津軽為信 (2)

 『天地人』って…

 NHKだけに、番宣かよっ!!


 …とも思いましたが、“天地人”という言葉自体は元々“孟子”の言葉らしいですから、津軽為信が軍配に書いていても、なにもおかしくはないですね。 











躑躅 

 散策に戻ります…

つづく…



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奥州仕置2010 (24) ~誓願寺~

Category : 青森県のいいところ

 つづいては誓願寺













誓願寺山門
 


 特徴的な山門ですよね。

 この造り方で現存するものは、4例しかないそうです。

 ちなみに埼玉県熊谷市に現存してますよ~










 

誓願寺山門 (2) 


 別角度から…

 上のほうに“鶴”、下のほうに“亀”がいるのがわかりますか?

 その鶴と亀から、鶴亀門とよばれています。












 

誓願寺本堂 


 本堂です。

 
 そしてここには、この人の墓があります。












 

沼田面松斎 


 沼田祐光です。

 沼田祐光とは、津軽為信の軍師で、為信の津軽統一事業を大いに助けたそうです。

 でもこの人の具体的な業績はわかっていなく、伝わる話はどれも伝説の域を脱しないんだそうです。

 武田家における山本勘助みたいなもんでしょうか?













 そしてこの誓願寺の前には…

 

山忠 


 ラーメン屋、山忠さんです。

  











山忠 (2) 

 津軽ラーメンというと、煮干の出汁が効いた醤油ラーメンが有名らしいですね。

 ここのラーメンも、和風の出汁がほんのり効いていて、昔ながらの醤油ラーメンといった感じでおいしかったです。

 チャーシュウーも、味が染みてましたね~♪




 次回からは、あの城です…



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奥州仕置2010 (23) ~最勝院~

Category : 青森県のいいところ
 今回は最勝院です。










最勝院

  この寺は16世紀前半に建立されましたが、津軽氏が弘前城を建築するにあたり、この地に移築されました。










最勝院 (2)

 なんといってもこの寺のシンボルは、この五重塔です。

 津軽氏が、津軽地方を統一するにあたって亡くなった人達を供養するという名目で建立されました。

 










 
最勝院 (6)

 雨に濡れた青モミジがキレイでした。










 
最勝院 (3)

 本堂です。











 
最勝院 (4)

 探そうぜっ!

 ドラゴンボールッ!!









 
最勝院 (5)

 この鐘は平和の鐘…

 元々の鐘は戦時中に軍に差し出してしまい、戦後に再建されたものです。


  
 この旅で太陽が顔を覗かせたのは、この最勝院を見学している時だけでした。

 あとは、ずーっと曇りか雨…

 嬉しかったので、わざわざ逆光で撮ってみましたよ。


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奥州仕置2010 (22) ~長勝寺・その2~

Category : 青森県のいいところ
 ここからは、津軽家の墓所の紹介です。

 拝観料を払うと入れてもらえますが、なんと素敵なお姉さまのガイド付きです。









津軽家廟 (2)
 

 上の写真は豪華な霊屋群。

  初代藩主・為信の妻で戌姫、二代藩主・信牧、その妻・満天姫、三代藩主・信義、六代藩主・信著、の霊屋5基が並びます。










津軽家廟 

 5基ともに殆ど同じデザイン、大きさですが、一つだけ葵の紋が入った霊屋があります。












 
満天姫 

 二代藩主・信牧(のぶひら)の正室・満天姫の霊屋です。

 葵の紋、わかりますか?




 関ヶ原の戦いでの東軍の勝利の立役者の一人・福島正則。

 彼には息子がなく、姉の子・正之を養子に迎えていました。

 満天姫は徳川家康の姪で、後に家康の養子となり、その正之に嫁ぎます。

 正之と満天姫の間には待望の男の子が誕生します。

 が、正則にも嫡男・忠勝が生まれてしまったんですね。



 さあ、福島正則は考えます。

 ・実の息子・忠勝がかわいいので、跡取りにしたい。
 ・でも、もう正之を跡取りと決めてしまった。
 ・しかも正之の妻は、家康の養女だから手放したくない。(徳川家との縁が切れるのを恐れた)
 

 そうだ! 正之を殺して、満天姫と忠勝を夫婦にしてしまえ!

 そんな惨いことを実行してしまうのが、福島正則です。

 忠勝は9歳、満天姫は19歳でした。

 徳川幕府も最初は見ぬふりをしていましたが、とうとう広島城の無断改築などの罪でお家断絶(実際は川中島に減封後)、もちろん満天姫も離縁されました。


 その後、満天姫は津軽信牧に嫁ぎます。 幕府の命令でした。

 でもその時、信牧には正室がいたんです。

 石田三成の娘・辰姫です。


 津軽信牧は、満天姫は徳川の養女だからというので満天姫を正室にして、辰姫は側室に格下げして上野にある飛び地(現群馬県太田市)に匿いました。( こちらも見てね)


 信牧は、江戸に行く度に辰姫の元を訪れたといいます。
 









津軽家墓地 
津軽家墓所


 

 津軽信牧には主なものだけで三人の息子がいます。
 

上から、
 ・満天姫の連れ子で、福島正之との間に生まれた、直秀。 

 ・辰姫(石田三成の娘)との間に産まれた実の息子・信義。(辰姫は信義が生まれた5年後に死亡)

 ・満天姫(家康養女)との間に生まれた実の息子・信英。
 


 この三人の中から跡取りを選ぶとしたら、やっぱり“信英”でしょうね。

 なんたって、家康の養女が産んだ子ですから、お家安泰ですよ。



 でも、信牧は辰姫との息子・信義を選びました。

 満天姫は実の息子と石田三成の孫を見事に養育し、信義は無事に弘前藩三代目藩主となり、信英は黒石藩の初代藩主になりました。









 さて、満天姫と福島正之の間に生まれた直秀はというと…


 津軽家の家老になっていた大道寺家を継ぎ、大道寺直秀と名乗っていました。

 本家の福島家が断絶すると、直秀は“福島家再興”を将軍に願い出ようと江戸に向かうと言い出します。

 満天姫は、そのことが津軽家に害を及ぼすことになると考え、杯に毒を盛り、自らの手で直秀を殺してしまいました。(別の説もあり)


 石田の血を引く藩主を、徳川の娘が守ったイイ話(?)でしたとさ。
おわり。




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奥州仕置2010 (21) ~長勝寺・その1~

Category : 青森県のいいところ
 33の寺院が立ち並ぶ寺町の一番奥にあるのが、津軽氏の菩提寺にもなっている長勝寺です。

 長勝寺は、津軽為信のお祖父さんが現在の鯵ヶ沢町に建てたのが最初で、二代目藩主・信牧がこの地に移しました。











長勝寺三門 (2)

 さすがにデカイ三門ですね。











 ちなみに、夜はライトアップされます。
 
長勝寺三門

 ほらね。











 
庫裏工事中

 三門や鐘堂・本堂などが国の重要文化財に指定されていますが、なかでも古いのが庫裏です。

 その庫裏は、津軽氏が弘前以前に本拠としていた“大浦城”からの移築だと言われていて楽しみにしていたのですが、なんと工事中でした。

 ざんねん…










 
長勝寺本堂

 本堂は、保存改装工事が終わったばかり。











  
長勝寺の?

 ちらの建物の中にはこんなものが納められていました。









 
お弟子さんたち

 お釈迦様とその弟子達。

 この像は、元々は岩木山神社に納められていたものですが、明治の神仏分離令により捨てられたものを、長勝寺が拾ってきたんだそうです。
 


 ちなみに左上の右手を上げている人は “周利槃特(チューラ・パンタカ)”という人です。

 彼は物忘れが酷く、自分の名前さえも忘れてしまうそうで、常に名札を首からぶら下げていました。

 その彼が亡くなりしばらくして、彼の墓を見に行くと、そこには茗荷が生えていました。


 そう、茗荷を食べると物忘れが酷くなるという話は、彼が由来だったのです。

つづく…


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埼玉の日本一

Category : 埼玉中央のいいところ
 埼玉の日本一っていわれて、何を思い浮かべますか?

 
 
 日本一気温の高い熊谷?

 足袋の生産量日本一?

 ブロッコリー収穫量日本一?


 なんか、どれも地味ですね~



やっぱり埼玉の日本一といえば、コレですよ! ↓ 
川幅日本一 (2)

 そう! 川幅日本一!








 どれだけ広いかというと…













 
御成橋

 あれ? 普通じゃん。







 先ほどの看板まで戻ってみてみると…









 
川幅日本一

 堤防から堤防までの距離が“日本一”なんですね。

 詐欺ですか?







 
 
大むら (2)

 そんな川幅日本一の左岸にあたる鴻巣市では、日本一にあやかって、こんな町興しをやっています。










 
川幅うどん

 その名も川幅うどん

 ストレートなネーミングですね。

 今日は、鴻巣市天神にある『大むら』さんで、川幅うどんを食べてきました。
 









大むら

 暑かったので、冷やしにしましたよ。










 
川幅うどん@大むら

 ほら、幅広~いうどんです。

  10センチはあるでしょうかね。

  緑色をしているのは、岩海苔が練りこんであるからだそうです。




 とてもおいしかったですよ。










 帰りは吉見町にある八丁湖に寄ってきました。
八丁湖 (2)











 
八丁湖

 ニャンコです。


 
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奥州仕置2010 (20) ~宗徳寺とサザエさん~

Category : 青森県のいいところ
 寺町です。

 別名・長勝寺構えといい、緊急時にはここが弘前城の出城となり、籠城することが出来ました。

 周囲には寺町には似つかない、立派な土塁が残っています。


 ちなみに、長勝寺構えは弘前城の一部として、史跡に指定されています。









長勝寺

 その寺町(長勝寺構え)の入口の門です。











 
長勝寺構え

 この道の突き当たりに、津軽氏の菩提寺である長勝寺があり、この道の両側には33の寺院が軒を並べています。

 そのさまは圧巻の一言です。











 
さざえ堂

 長勝寺に行く前に、まずはサザエ堂。

 この堂内は回廊になっていて、一回りすると坂東33ヶ所・西国33ヶ所・秩父34ヶ所の計100ヶ所を巡ったのと同じご利益があるといいます。

 江戸時代には、電車などの交通機関がないために、このようなサザエ堂が流行ったのだそうですよ。

 現在でも、100ヶ所巡るのは大変ですけどね。

 現存するのは、たった5ヶ所のみだそうです。











 
宗徳寺

 つづいては、宗徳寺

 ここは初代弘前藩主・津軽為信が、父親である武田守信の菩提を弔うために建立しました。
  ※津軽氏側の主張だと為信の父親は武田氏ですが、南部氏側の主張では父親は久慈氏であります。

 で、ここにはお決まりのマイナー武将の墓があります。










 
大道寺家

 大道寺家代々の墓です。

 北条氏家臣で、大道寺政繁の養子となった大道寺直英が、縁あって津軽氏の家臣となったのだそうです。

 大道寺氏は幕末まで津軽氏に仕えたそうです。 










 そしてもう一つ…


石田?

 杉山氏の墓です。

 杉山氏とは津軽家に代々仕えた家ですが、その初代は誰かと言うと、あの石田三成の次男・石田重成です。

 石田氏が豊臣を名乗ることを許されていたかどうかは知りませんが、墓石にはしっかり“豊臣”と刻まれていますね。


 関ヶ原の時、津軽為信は東軍に参加しますが、長男の信建は保険として(?)大阪城に入れます。 

 なんだか真田家に似てますね。
 
 その時大阪城には石田三成の次男の重成と、その妹の辰姫がいました。

 そして西軍の敗戦を知ると、津軽信建はその二人を津軽まで連れて帰ったのです。

 信建もチャレンジャーですね、敗軍の将の子供を連れて帰るなんて…

 まあ、家康も次男や姫までには、追っ手を向けることはしなかったんですね。

 

 その後、石田重成は杉山源吾と名を変えて津軽氏の家臣となり、辰姫は津軽氏に嫁いで三代藩主を産みましたとさ。


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杉山城問題と武蔵野うどん問題(後編)

Category : 埼玉県の城
  この杉山城は、北条氏が1560年頃につくったものだろうと考えられてきました。

 








杉山
 

 最近発掘調査が行われたのですが、その結果…

 ・改造された形跡が無い → よって建設当初のまま
 ・建設物を建てた跡が殆ど無い
 ・発掘物は生活感の無い物ばかり 
 ・その発掘物は、考古学の観点から1500年前後のものと判明
 
 以上のことからこの城は、1500年前後にこの地を争っていた、山内上杉氏か扇谷上杉氏がつくり、つくったはいいものの殆ど使用することがなく廃城。
 もちろん後にこの地を支配する北条氏や徳川氏も、この城を全く使用することはなかった。

 と、ほぼ以上のように結論付けられたそうです。









杉山城 (8) 

 んじゃあ、今までの縄張り論ってなんっだったんだよ! ってことになりますよね~

 北条氏以外に、関東においてこんなに緻密な縄張りの城を造れる戦国大名はいないと考えられてきたのですが、山内・扇谷上杉氏にも優秀な技術者がいたっていうことです。
 その優秀な技術者を、後に北条氏が抱え込んだということでしょうね。

 私はそう思います。



 そんな、縄張り論(城郭史)と考古学から見た築城年代の相違のことを『杉山城問題』とよんでいます。









 
杉山城 

 金八先生~!

 隣の玉の岡中学校の生徒さんが作ったようです。









  
杉山城 (2) 

 以前は地権者と有志の方々(もちろん中学生も!)で維持保存をされてきたそうですが、最近国の史跡に指定されたそうなので、これで永遠に未来に伝えることが出来ますね。
(もちろん以前から県の史跡ではありましたよ)














 杉山城を見学した後は、こちらのうどん屋さんにお邪魔しました。

 杉山城からも近い埼玉県小川町にある “あそび” さんです。

 
あそび (2) 

 この日は暑かったので冷汁うどんが食べたくなり、ヒットしたのがこの店でした。

 








 
あそび 

 これが冷汁うどんです。

 やっぱ、埼玉の夏はこれだね~!

 これは普通盛りですが、大盛りにしておけばよかったですよ。




 ところで、日本三大うどんってありますよね?

 讃岐うどん・水沢うどん・稲庭うどん(又は五島うどん?) だそうですが、主に東京や埼玉で食べられている武蔵野うどんが入っていないんでしょうかね? 東京・埼玉のみなさん、納得できます?

 うどん生産量も、讃岐の香川県はダントツとしても、埼玉は二位争いをしているはず(間違っていたらゴメンナサイ)です。 



 武蔵野うどんがいつか全国区になることを願って、これを“武蔵野うどん問題”として提議しますっ!
 (よくわからないオチになってしまいました…)


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日々新たに、心安らぐ夏美人(4)

Category : 長野県のいいところ
ニッコウキスゲの不作と、中学生の団体にガッカリした私は麓の佐久市へとやってきました。

 いつもの史跡めぐりですよ(笑)









貞祥寺
 
 最初にやってきたのは貞祥寺です。

 15世紀の前半、伴野貞祥によって建立されました。

 伴野貞祥は、信濃守護代の大井氏に逆らい武田氏と家臣となった人です。









貞祥寺 (2)

 なかなか大きな寺でした。










貞祥寺 (3)

 この日は快晴でうだるような暑さでしたが、ここは涼しくて別世界のようでした。










貞祥寺 (4)

 この門前の苔と、木漏れ日がなんとも言えぬ美しさ…










貞祥寺 (5)

 山門(仁王門)も立派でしたねぇ~










貞祥寺 (6)

 本堂です。

つづく…


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あついぞっ! 文殊寺!!

Category : 埼玉北部のいいところ
 埼玉県熊谷市にやってきました。

 市内にある八木橋デパートの入口にある、“手動”温度計です。

 2007年8月16日には、この温度計は40.9度を指しました。 (手動でですが…)

八木橋

 八木橋デパートが休みの日はこの温度計も休みのようで、今日は30度を指していました。

 ちなみに今日(8月4日)の熊谷の最高気温は、35度だったようです。









 
熊谷寺

 その八木橋デパートのすぐ裏にあるのが熊谷寺。

 “くまがやでら” でも “くまがいじ”  でもありません。 “ゆうこくじ” です。

 熊谷寺には熊谷直実の墓があるのですが、事前予約が必要です。

 予約をしないと、墓の拝観はもちろんのこと、寺の敷地にも一切入れてもらえませんので注意です。

 
 今日は通りかかっただけなので、もちろん中には入りませんでした。









文殊寺

 熊谷からの帰りにはここに立ち寄りました。

 地元では文殊様として親しまれている“文殊寺”です。










 
文殊寺 (2)

 本尊の文殊菩薩は、『三人寄れば文殊の知恵』の言葉が示す通り、知恵の神様です。

 受験シーズンになると、受験生でごったがえします。

 今の時期が一番空いている時期でしょうかね。








  
文殊寺 (3)

 はら、私しかいない…
 








文殊寺 (4)
 
 ちなみに『日本三大文殊』というのがあって、ここの文殊様はその中の一つです。

 ほかの二つは知りません…









 
文殊寺 (5)

 本堂です。

 ○○高校合格しますように。 とか、××試験に受かりますように。 と書かれた絵馬がたくさん掛けられていました。










 そして文殊寺の門前にあるのが、このフライの店・山口屋です。
山口屋 (3)

 おなかが空いていたので、フライと焼きそばが一緒に食べられる“フライ焼きそば”を注文しました。









  
山口屋

 おっと、失敗したたオムライスのようにも見える、これがフライ焼きそばです。

 中にはタップリの焼きそばが入っています。










 
山口屋 (2)

 ほらね。

 フライというと、かきフライやえびフライを思い浮かべる方が多いでしょうが、この焼きそばを包んでいるクレープのようなものが、“フライ”です。

 行田を中心とした埼玉北部では、そう呼んでいます。 

 簡単に言うと“具の少ないお好み焼き”といったところですかね。

 

 もっちもちのフライの中に、タップリのソース焼きそば。 これで450円というんだから、文殊様もビックリです。

 もちろん、ぺロリとたいらげました!





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奥州仕置2010 (19) ~革秀寺と大浦城~

Category : 青森県の城
 弘前に到着した私が最初に向かったのが、革秀寺です。

 あの現存天守のある城にはまだ行きませんよ~

 中華丼のウズラの卵を最後に食べるように、楽しみは最後にとっておくタイプですから。










革秀寺

 ここ革秀寺は、初代津軽藩主の津軽為信が、津軽家の菩提を弔うために建立しました。










 
革秀寺 (2)

 その後、為信が亡くなると、息子の信牧が為信の霊屋を建てて、厳しく警備をしたそうです。

 上の写真はそのとき造られたと思われる“水掘”です。

 土塁なんかも残っていて、ちょっとした城址のようでした。









 
革秀寺 (3)

 中に入ると…










 
革秀寺 (4)

 萱葺きの本堂がありました。

 江戸時代のものだそうです。










 
為信霊屋

 そしてこちらが津軽為信の霊屋です。

 柵が設けられていて、拝観不可能とのことでした。

 やっぱり超有名人の霊屋ともなると、近づくことも出来ないんですね。










 
大浦城

 ここは、大浦城

 津軽為信は、ここを拠点にして津軽地方を統一しました。

 現在は津軽中学校となっていて、遺構なんてなにもありません。

 でも、為信の本拠と聞くと、なにか感慨深いものがあります。



 あまりウロウロしていると変態と間違えられるので、すぐさま撤退です。

 

 次はどこでしょう?
 


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四十路

Author:四十路
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