記事一覧

奥州仕置2010 (29) ~弘前城・その4~

 大手門から中に入り、まっすぐ進むと『杉の大橋』が見えてきます。   が、杉の大橋は工事中で渡ることが出来ません。  この橋を渡れば、本丸はすぐそこなんですけどね。  でも私は最初から遠回りをする予定だったので、関係なかったです。  工事中の杉の大橋の前を通り、西に向かうと“未申櫓”(ひつじさるやぐら)が見えてきます。 未申櫓のアップです。 小さくてカワイイ櫓ですが、現存ですよ。 屋根は銅板です。&#...

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世界に一ヶ所だけの魚

秋は確実に近づいているというのに…  まだまだ暑い日が続きますねぇ…     そんななか、私はこんな所に行ってきました。     元荒川の、“ムサシトミヨ”生息地です。  埼玉県熊谷市の、元荒川源流近くにあります。  ムサシトミヨとは、絶滅危惧種に指定されている小さな魚(大人で6cm)で、世界でもここにしか生息していません。  鳥のように巣を作り、そこで子育てをする珍しい魚です。  近くの...

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奥州仕置2010 (28) ~弘前城・その3~

 弘前城の散策に戻ります。 北西部の濠です。 新緑がキレイですね。  このあたりは、大手門のほぼ真裏。 観光客もいないですね。  西濠と春陽橋。 この日は、“春の陽気”からは程遠かったですが…  弘前城といえば桜。 上の写真は“桜のトンネル”といわれている場所です。 緑色の葉っぱが、全部ピンク色だったら…  想像してみて下さい… 新緑のトンネルも、とても気持ちよかったですよ!  時期が時...

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奥州仕置2010 (27) ~伝統的建造物保存地区~

 弘前城址の北側には、伝統的建築物保存地区があります。 こちらは、今でも天然の藍染めが行われている“川崎藍染工場”です。 藍染体験も出来るそうです。  黒石でも見かけた“こみせ”の街並み。 やっぱり豪雪地帯なのでしょう。 丸ポストもいい雰囲気。  こちらは豪商の石場家。 江戸時代は藁などを扱っていたそうですが、今は酒屋。 では、武家屋敷の立ち並ぶ通りに入ってみましょう。  あれ?  “...

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奥州仕置2010 (26) ~弘前城・その2~

 弘前城の続きです。 津軽為信の像近くにある門です。 東側にあるから“東門”といい、現存建築物です。 石垣が無いので、西日本の城に見慣れた方は違和感があるでしょうが、これはこれで趣があっていいですね。 “土の城”の門は、みんなこんな感じだったのでしょう。  お決まりの…  また濠沿いを歩き、北に向かいます。  北川の濠です。   北側にある、亀甲橋。 築城当初は、こちらが大手だったよう...

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奥州仕置2010 (25) ~弘前城・その1~

 とうとうやってきました弘前城! ここが今回の旅の目的でもありました。 写真は大手門です。 早速、天守が見たいところですが、まずは濠沿いを歩きます。 ていうか、また雨が降ってきてしまいました。  鴨も退散するほどの大雨…             かも…  大手門から、反時計回りに歩きます。 しばらくは、上の写真のような景色が続きます。 濠は、あまり広くはないですね。 確かなことは言えませんが...

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奥州仕置2010 (24) ~誓願寺~

 つづいては誓願寺。   特徴的な山門ですよね。  この造り方で現存するものは、4例しかないそうです。  ちなみに埼玉県熊谷市に現存してますよ~    別角度から…  上のほうに“鶴”、下のほうに“亀”がいるのがわかりますか?  その鶴と亀から、鶴亀門とよばれています。    本堂です。    そしてここには、この人の墓があります。    沼田祐光です。  沼田祐光とは、津軽為信の軍師...

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奥州仕置2010 (23) ~最勝院~

 今回は最勝院です。  この寺は16世紀前半に建立されましたが、津軽氏が弘前城を建築するにあたり、この地に移築されました。 なんといってもこの寺のシンボルは、この五重塔です。 津軽氏が、津軽地方を統一するにあたって亡くなった人達を供養するという名目で建立されました。   雨に濡れた青モミジがキレイでした。  本堂です。  探そうぜっ! ドラゴンボールッ!!  この鐘は平和の鐘…...

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奥州仕置2010 (22) ~長勝寺・その2~

 ここからは、津軽家の墓所の紹介です。  拝観料を払うと入れてもらえますが、なんと素敵なお姉さまのガイド付きです。   上の写真は豪華な霊屋群。   初代藩主・為信の妻で戌姫、二代藩主・信牧、その妻・満天姫、三代藩主・信義、六代藩主・信著、の霊屋5基が並びます。   5基ともに殆ど同じデザイン、大きさですが、一つだけ葵の紋が入った霊屋があります。     二代藩主・信牧(のぶひら)の...

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奥州仕置2010 (21) ~長勝寺・その1~

 33の寺院が立ち並ぶ寺町の一番奥にあるのが、津軽氏の菩提寺にもなっている長勝寺です。 長勝寺は、津軽為信のお祖父さんが現在の鯵ヶ沢町に建てたのが最初で、二代目藩主・信牧がこの地に移しました。 さすがにデカイ三門ですね。 ちなみに、夜はライトアップされます。  ほらね。  三門や鐘堂・本堂などが国の重要文化財に指定されていますが、なかでも古いのが庫裏です。 その庫裏は、津軽氏が弘前以前に本...

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埼玉の日本一

 埼玉の日本一っていわれて、何を思い浮かべますか?   日本一気温の高い熊谷? 足袋の生産量日本一? ブロッコリー収穫量日本一? なんか、どれも地味ですね~やっぱり埼玉の日本一といえば、コレですよ! ↓  そう! 川幅日本一! どれだけ広いかというと…   あれ? 普通じゃん。 先ほどの看板まで戻ってみてみると…   堤防から堤防までの距離が“日本一”なんですね。 詐欺ですか?    そんな川...

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奥州仕置2010 (20) ~宗徳寺とサザエさん~

 寺町です。 別名・長勝寺構えといい、緊急時にはここが弘前城の出城となり、籠城することが出来ました。 周囲には寺町には似つかない、立派な土塁が残っています。 ちなみに、長勝寺構えは弘前城の一部として、史跡に指定されています。 その寺町(長勝寺構え)の入口の門です。   この道の突き当たりに、津軽氏の菩提寺である長勝寺があり、この道の両側には33の寺院が軒を並べています。 そのさまは圧巻の一言で...

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杉山城問題と武蔵野うどん問題(後編)

  この杉山城は、北条氏が1560年頃につくったものだろうと考えられてきました。     最近発掘調査が行われたのですが、その結果…  ・改造された形跡が無い → よって建設当初のまま  ・建設物を建てた跡が殆ど無い  ・発掘物は生活感の無い物ばかり   ・その発掘物は、考古学の観点から1500年前後のものと判明    以上のことからこの城は、1500年前後にこの地を争っていた、山内上杉氏か扇谷...

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日々新たに、心安らぐ夏美人(4)

ニッコウキスゲの不作と、中学生の団体にガッカリした私は麓の佐久市へとやってきました。 いつもの史跡めぐりですよ(笑)  最初にやってきたのは貞祥寺です。 15世紀の前半、伴野貞祥によって建立されました。 伴野貞祥は、信濃守護代の大井氏に逆らい武田氏と家臣となった人です。  なかなか大きな寺でした。  この日は快晴でうだるような暑さでしたが、ここは涼しくて別世界のようでした。  この門前の苔と、木漏...

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あついぞっ! 文殊寺!!

 埼玉県熊谷市にやってきました。 市内にある八木橋デパートの入口にある、“手動”温度計です。 2007年8月16日には、この温度計は40.9度を指しました。 (手動でですが…) 八木橋デパートが休みの日はこの温度計も休みのようで、今日は30度を指していました。 ちなみに今日(8月4日)の熊谷の最高気温は、35度だったようです。   その八木橋デパートのすぐ裏にあるのが熊谷寺。 “くまがやでら” でも...

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奥州仕置2010 (19) ~革秀寺と大浦城~

 弘前に到着した私が最初に向かったのが、革秀寺です。 あの現存天守のある城にはまだ行きませんよ~ 中華丼のウズラの卵を最後に食べるように、楽しみは最後にとっておくタイプですから。 ここ革秀寺は、初代津軽藩主の津軽為信が、津軽家の菩提を弔うために建立しました。  その後、為信が亡くなると、息子の信牧が為信の霊屋を建てて、厳しく警備をしたそうです。 上の写真はそのとき造られたと思われる“水掘”です。...

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戦国時代と城址巡りとラーメンが好きなアラフィフです。

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