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大田原に来ちゃって、ゴメンねゴメンね~!(前編)

Category : 栃木県の城
 盗んだお馬で走り出す~♪

 自由になれた気がした、10の夜~♪          song by  江

 


  あ、こんばんは。

 先日はU字工事の出身地としても有名な、栃木県大田原市の大田原城に行ってきました。













大田原城

 市内を流れる蛇尾川の畔の岡の上にあり、今は大田原龍城公園として整備されています。












 
大田原城 (4)

 この城は、那須氏の家臣であった大田原氏の五代目・大田原資清によって、1545年に築城されました。

 資清の孫の晴清の時に、豊臣秀吉の小田原攻めに参加して本領を安堵され、それ以来明治維新まで大田原氏が城主でした。

 

 












 
大田原城 (2)

 明治以降は、個人の所有にもなったようですが、現在は大田原市が所有し、公園として整備されています。













 
大田原城 (3)

 石垣や当時の建築物は何もありませんが、土塁や堀がなかなかよく残っていますよ。













 
大田原城 (6)

 高い土塁には、桜の木がたくさん植えられていました。

 春にまた来てみたいですね~












 
大田原城 (5)

 大田原城遠景です。

 この写真を撮った橋の近くに、おいしいたい焼きやさんがあるという情報があったのですが、残念ながら見つけることが出来ませんでした…











 
大田原神社

 先ほどの写真の右側には、大田原神社があります。













 
大田原神社 (2)

 この神社は9世紀の創建だそうですが、大田原城を築城した大田原資清が城内の鎮守社として遷座したんだそうです。













 
大田原神社 (3)

 苔むした狛犬がいい味だしています













 
大田原神社 (4)

 拝殿です。












 
大田原神社 (5)

 拝殿と本殿。






 
 次は、大田原氏の菩提寺とラーメンです。


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敵は善能寺にあり!

Category : 埼玉入間のいいところ
 一週間のご無沙汰でした。

 最高気温が20度近くまで上がった今日、埼玉県坂戸市片柳にある休臺(台)寺に行ってきました。

 国道407号線沿いではありますが、ちょっと奥まったところにあるのでわかりにくいかな?

 











休台寺
 

 大体ですが、カインズホームの裏辺りです。













 
休台寺本堂 

 もちろん、私の好きな有名人の墓があります。
















  
休台寺横田墓所 

 それは横田氏の墓です。

 横田氏は、TKD24(武田24将)のメンバーの一人、横田高松(たかとし)を祖とする徳川幕府の旗本です。

 高松は武田四名臣にも数えられた名将ですが、村上義清の籠る砥石城攻めの時に討ち死にしてしまいました。その後、横田氏は鬼美濃こと原虎胤の実子・康景が娘婿となって跡を継ぎますが、彼も長篠の戦で死んでしまいます。

 次に継いだのは康景の子・尹松(ただとし)です。この高松と虎胤の両方の血を引くサラブレッドが、武田家滅亡後に徳川家に仕えて旗本になりました。














 
休台寺の 

 そんな旗本の横田家は、後に旗本最高石高の9500石に加増されたそうです。 







 そして横田氏の墓所を見た後は、ラーメンを食べに行きました。













 
はやと (2) 

 坂戸市善能寺(ぜんのうじ)にある“はやと”さんです。











 
はやと 

 名物のつけめんを食べました。

 小食系男子の私にはチョットきつい量でしたが、おいしかったのでなんとかやっつけることができましたよ。

 あと、つけダレがとても辛いので、辛さに弱い人は気をつけたほうがいいかもしれませんね。 辛さは調節してもらえるそうですよ。 





 本当はこれで帰宅するつもりでしたが、料理が到着する間に、携帯で先ほどの横田氏について勉強していたら、近くに横田氏に縁のある寺があることを発見。 もちろん行っちゃいました(笑)

 その寺は、横田高松の娘が、旦那の菩提を弔うために建立したものといいますが…













休山寺 

 その旦那というのが、これもTKD24のメンバーの山県昌景(やまがたまさかげ)です。

 昌景は長篠の戦で戦死しますが、奥さんは実家である横田家に身を寄せていたのでしょうね? でないと、ここ(横田の知行地)にこの寺がある意味がわかりません。













  
休山寺の梅 

 梅が咲いていました。

















休山寺 (2) 

 とすると、当然昌景の墓(又は供養塔)を期待するのですが…













 
山県昌景供養塔 

 ありました。

 一番右の、新しいやつです。 天正三年五月二十一日と、長篠の戦が行われた日が刻まれていたので間違いはないはずです。

 ということは、この供養塔は昌景の奥さんが建てたものではなく、最近(平成か?)のものでしょうね。 これも何百年も経てば、重要文化財になるのかな?

 

 ちなみに、本当の墓は、山梨県の恵林寺にありますよ。




  
より大きな地図で 敵は善能寺にあり! を表示


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但馬・丹波攻略(20) ~柏原陣屋~

Category : 兵庫県のいいところ
 八幡神社を出ると、町のシンボルでもある大きな欅の木がありました。












なんのきだっけ?

 この欅の下には川が流れていて、その川をこの欅の根を橋代わりにして渡ることができたので、通称“木の根橋”というそう。

 そんな欅の近くにはこんな幟が…













 
織田信包

 そう、ここは江戸時代には柏原藩・織田家の城下町として栄えました。その柏原藩の初代藩主が織田信包だったんです。

 今の大河ドラマでは、伊勢上野城主として登場。小林隆さんが演じてますよね。

 でもこの柏原藩が成立したのは秀吉が死ぬ直前の1598年だから、残念ながらあの三姉妹は、直接の関係はないんですよね~

 この頃(1598年)には、市は死んじゃっているし、三姉妹も全員バラバラになっちゃっています。

 

 でも、この地を大河ドラマゆかりの地としてしまう丹波市は、なかなか抜かりがないですね~(笑)

 

 









 
柏原陣屋長屋門

 この柏原藩は、残念ながら“城持ち”ではありませんでした。

 上の写真は、柏原陣屋の現存長屋門です。















 
柏原陣屋

 そしてこちらが表御殿です。

 一度火災にあいましたが、19世紀前半に再建されました。 もちろん現存です。

 陣屋の御殿が現存している例は珍しいですね。













 
柏原陣屋 (2)

 玄関の屋根が渋いですね~













 
太鼓やぐら

 そしてこちらは太鼓櫓。 こちらも現存です。

 川越の時の鐘とは違いますよ~




 つぎは、織田家ゆかりの寺に向かいます…
 


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但馬・丹波攻略(19) ~柏原八幡神社~

Category : 兵庫県のいいところ
 興禅寺を見た後は、丹波市柏原(かいばら)にある八幡神社に向かいました。










 
柏原八幡 (5)

 この八幡神社は、ちょっとした山の山頂にあります。













 
柏原八幡

 明智光秀が、丹波攻めの時に城を建てたという話もあります。
 













柏原八幡 (6)

 山といっても、5分も登れば山頂に到着ですよ。













 
柏原八幡 (7)

 この八幡神社は1024年の創建ですが、後に戦火によって焼失します。

 その後1585年に、秀吉の命により堀尾吉晴が再建し、その時再建された社殿が上の写真です。

 社殿の前には、狛犬用の台座だけがありますね~












 
柏原八幡 (2)

 あれまっ!



 そんな由緒ある狛犬を見てみたかったですね~














 
柏原八幡 (8)

 社殿の裏には三重塔がありました。

 神社に三重塔があるのは、神仏習合の名残ですね。

 明治以降の廃仏毀釈運動の難から逃れて、こうやって神社の境内に三重塔が残るのは、全国で18あるそうです。

 












 
柏原八幡 (4)
 三重塔の前にあるこの鐘は、秀吉が大砲鋳造の為に集めたものの一つだそうです。

 結局使われることが無かったので『難逃れの鐘』といわれているそうです。
 
 先の大戦の時も逃れているので、二回“難逃れ”たのですね~












柏原八幡 (3)

 最後はお決まりの写真で…

 


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但馬・丹波攻略(18) ~黒井城と興禅寺~

Category : 兵庫県のいいところ
 柏原に行く前に、黒井城に寄ったのでした。












黒井城入口

 黒井城は、南北朝時代に赤松氏によって築かれました。

 戦国時代には赤井氏が城主となり、織田信長の命を受けた明智光秀の攻撃を受けます。

 一度は跳ね返したものの、織田軍の再三の攻撃に耐え切れず落城。 光秀は重臣の斉藤利三を城代とします。

 その後、堀尾氏・川勝氏と城主が代わりますが、元和の一国一城令で廃城になりました。



 この山城も登ってみたかったんですけど、大雨が降ってきたので断念しました。
 
 本丸にあるという、立派な石垣が見たかったんですけど、また次の機会ですね。











 
興禅寺

 こちらは黒井城の麓にある興禅寺です。

 ここは下館とよばれ、城主が普段生活をしていた場所です。

 水掘が城跡っぽいでしょ?











 
興禅寺 (2)

 明智光秀の家臣の斉藤利三が城代の時に、ここで娘の春日局が生まれました。

 











 
興禅寺 (4)

 そういえば先日の大河ドラマ“江”で、出てきましたね、斉藤さん。

 その斉藤さんの娘の春日局は、三代将軍・家光(江の息子)の乳母ですから、ここはムリヤリ大河ドラマ“江”ゆかりの地ということですね。












 
興禅寺 (3)

 まさか、今年のドラマで春日局を出さないなんてことは、無いでしょうね?

 天○人の時のように、重要人物がことごとくスルーされた“悪夢”がよみがえりますよ…












  
興禅寺 (5)

 雨が強くなってきたので、退散です。




 
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但馬・丹波攻略(17) ~高源寺~

Category : 兵庫県のいいところ
 兵庫県は、丹波市にある“高源寺”へとやってきました。











高源寺

 あの武田勝頼が自刃した甲斐の天目山が“東天目”とよばれているのに対し、ここは西の天目山“西天目”とよばれています。 

 創建は14世紀ですが、織田信長の丹波攻めの時に、伽藍の殆どが焼けてしまったそうですが、後に柏原(かいばら)藩・織田家によって再興されました。











高源寺 (4)

 ここは兵庫県屈指の紅葉の名所だということで寄ってみました。

 でも、駐車場に着いたら観光バスが何台も停まっていたので、拝観は一度は思いとどまったのですが、やっぱりここまで来たので入ってみましたよ。












 
高源寺 (2)

 やっぱり観光客(←私もですが…)が多かったのはがっかりですが、キレイな紅葉がみられたのはよかったですね。

 私の写真テクニックじゃうまく伝えきれないので、興味のある方は一度行ってみてくださいね~













 
高源寺 (3)

 一般的には三重塔といわれている“多宝塔”です。












 
高源寺 (5)

 ここのカエデは、開山の遠谿祖雄禅師が修行をしていた、中国杭州の天目山から持ち帰ったものが始まりとされます。














 
高源寺 (6)

 その名も“天目カエデ”といい、葉が小さく、葉の切れ目が深く、枝が垂れ下がっているのが特徴だそうです。













 
高源寺 (7)

 次は柏原へと向かいました。

 
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但馬・丹波攻略(16) ~粟鹿神社~

Category : 兵庫県のいいところ
 竹田城を望んだ立雲峡から東へ車で20分ほどでしょうか。

 粟鹿(あわが)神社に到着です。











粟鹿神社 (5)
 

 創建は8世紀以前という、但馬国一宮の粟鹿神社ですが…












  
粟鹿神社 (6)

 人がいません。

 普通“○○国一宮”っていうと、今でも賑わっているところが多いですよね~、大宮氷川神社とか。

 











 
粟鹿神社

 でも、神社とかお寺さんとかは、このくらい静かなほうがいいですよね。












 
粟鹿神社 (3)

 なぜか土俵がありました。

 そういえば、春場所は中止になったんですよね。

 楽しみにしていたファンも大勢いたでしょうに、中止にするのはどこか違うと思いますよ。

 










 
粟鹿神社 (4)

 こちらが社殿です。










 
粟鹿神社 (2)

 ななめから…


 次は、紅葉の名所へと向かいます。


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吉祥寺に行きました(後編)

Category : 群馬県のいいところ
 吉祥寺の続きです。

 中に自由に入れる珍しい山門を出ると…











雪吊り

 お、雪国らしく、雪吊りが見えますね。












 
みそなめばばあ

 少し歩くと、釈迦堂の前に怪しいお婆ちゃんが座ってました。

 このお婆ちゃんは、三途の川の畔にいて死者の衣を剥ぐ『奪衣婆(だつえば)』という名前です。

 なんでここにいるのかな~












 
釈迦堂

 この釈迦堂は、18世紀末に建てられたもの。

 ここには御本尊の『釈迦如来像』が安置されているのですが、ここも自由に拝観することができます。

 とてもオープンなお寺さんですが、なんだか恐れ多くて写真は撮ってきませんでしたよ。










 
本堂

 次は17世紀後半に再建された本堂です。

 









 
臥龍庭

 本堂の南側には、臥龍庭があります。

 枯山水っちゅうヤツですね~

 











 
ガリュウ庭

 雪が中途半端に積もってなければ、もっとキレイでしたでしょうね。

 奥に先ほどの釈迦堂が見えますね。












 
昇龍の瀧

 本堂の西側には『昇龍の滝』











 
青龍の瀧

 北側には『青龍の滝』

 近くの川から引き入れているのでしょうが、寺の境内のいたるところに池や滝、小川があります。夏に来たらとても涼しそうですね。 











水芭蕉

 水芭蕉は、4月下旬だったかな?




 これにて吉祥寺の紹介は終わりです…











 
隠れキリシタン

 吉祥寺境内ではありませんが、隠れキリシタンの墓もありましたよ。












 
たいやき

 たい焼きで小腹を満たして退散です。

終わり。 




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吉祥寺に行きました(前編)

Category : 群馬県のいいところ
 今日は初滑りに行ってきました。

 いつもは12月なんですけれど、だんだんと遅くなってきてますね~

 って、去年も同じような記事を書いていましたよ(笑)












川場

 行ったのは川場スキー場

 無料の立体駐車場が、ありがたいです。











 
川場 (2)

 この日は風もなく、一日中晴れていて、まるで春スキーのような陽気でしたよ。






 まあ、スキーネタはこれくらいにして、アフタースキーの話です。












 
吉祥寺 (4)

 川場スキー場のある川場村に、前から気になっていたお寺さんに行きました。

 その名も『青龍山 吉祥寺』です。

 東京にある吉祥寺と関係があるかは知りません(汗)



 この吉祥寺は、南北朝時代の1339年に大友氏時により創建されました。

 大友氏時は、あの九州のキリシタン大名で有名な大友宗麟の先祖でありますが、鎌倉時代にはこの川場村付近(利根庄)を領していたことから、ここに建立されたんだそうです。










 
吉祥寺 (2)

 先ほどの写真の山門は、1815年に再建されてたものです。

 中に入れるというので、入ってみましょう。

 山門に入れる寺なんて聞いたことないですが、他にはあるのかな?














  
吉祥寺 (3)

 二階からみた風景です。

 参拝客が皆自分の下を通っていくのは、悪くない気分…












 
吉祥寺

 山門内部には、十六羅漢が安置されています。

 右から順に、はと麦・玄米・月見草…






 …ってそれは、十六茶!




 面白くなくて申し訳ありませんが、つづきます…

 

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常州攻め(5) ~久下田城と芳全寺~

Category : 茨城県の城
 下館城から北に車で15分ほどだったでしょうか、真岡鉄道の久下田駅に到着です。












久下田駅

 ちょうど無料駐車場があったので、そこに車を停めて久下田城に向かいました。












 
電車

 運よく電車(気動車ですが)が通ったので、パシャリ!

 動いているものを撮るのは難しいですが、これはなかなかうまく撮れたかな?

 ちなみに、この線路はこれから向かう久下田城の堀跡に通したものらしいです。













 
久下田城 (2)

 しばらく歩くと、ご覧のようなものが見えてくるので、迷うことはないでしょう。











 
久下田城

 久下田城の遺構は、堀や土塁などが残っていますが、あまり良い状態ではありませんでした。

 上の写真の橋の下も立派な堀があるのですが、草がボーボーで、とてもお見せできる状態じゃありませんよ。

   











020.jpg

 本丸跡と思われる場所には、怪しげな神社が建っていました。




 この久下田城は、先日紹介した下館城主・水谷氏の第六代・正村(蟠龍斎)が宇都宮勢の来襲に備えるために、築城しました。

 いつもお世話になっている蟠龍戦記の管理人さんが愛して止まない水谷蟠龍斎は、当時宇都宮氏と敵対していた結城家の家臣だったわけですが、その敵対している宇都宮領の目と鼻の先のこの場所に築城し、自ら城主となりました。

 現在でいうと、先ほどの久下田駅は栃木県(旧宇都宮領)で、この久下田城が茨城県(旧結城領)ですから、ホントに最前線だったわけです。

 案の定、宇都宮勢が何度もこの久下田城に攻め寄せますが、その度に蟠龍斎が撃退し、逆に結城領を広げることに成功したといいます。

 秀吉により天下統一が成ると、蟠龍斎は弟に家督を譲り隠居、関ヶ原の二年前の1598年に亡くなります。

 そしてこの久下田城は、元和の一国一城令により廃城になりました。




 久下田城を見た後は、常勝蟠龍斎が眠る、芳全寺に向かいました。












 
芳全寺 (5)

 その芳全寺の総門です。

 屋根は大谷石葺きだそうですよ。 栃木県らしいですね~。  (この寺は栃木県)














芳全寺 (3)

 総門をくぐると山門があるのですが、なぜか総門と山門の間が幼稚園の敷地になっていて、通ることが出来ませんでした。

 よって、先ほどの久下田駅近くまで戻って寺に入ったのですが、なんだか不便ですね~











 
芳全寺

 本堂と鐘楼です。

 










 
芳全寺 (4)

 そんな鐘楼に吊るされている鐘は、蟠龍斎が初陣の武蔵大串攻めの時に戦利品として分捕ってきた、『蟠龍の大鐘』(のレプリカ)です。

 武蔵大串といえば、ウチの近所なんですよね~ …って、勝手に持っていくなよ、蟠龍斎さん!

 いまの鐘には、蟠龍斎のプロフィールが書いてあるそうなんですが、読めません…(汗)













 
芳全寺 (2)

 そしてこちらが蟠龍斎の墓です。

 この人が、もし武田や織田の家臣だったら、もっと有名になっていたかもしれませんね。  


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