記事一覧

ニッコウキスゲと諏訪の史跡(6) ~諏訪大社下社春宮~

 うな重で腹を満たした後は、諏訪大社下社春宮に行きました。    諏訪大社は諏訪湖周辺に、上社前宮・上社本宮・下社春宮・下社秋宮と四つの境内があり、その四つの境内で一つの神社ということらしいです。  ちょっと勉強しただけじゃよくわからないですよ???     まあ、とにかく、最初は下諏訪町にある“下社春宮(しもしゃはるみや)”に行ったわけです。     下社春宮の境内です。  手前は神楽殿で...

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九州遠征記(19) ~岡城・その1~

   阿蘇神社から車で東に1時間ほどだったでしょうか。 大分県竹田市にあります、岡城に到着です。 この岡城は標高350m、比高95mの天神山に築かれた山城です。 山城といっても、途中まで車で来ることができますし、アクセス道路もそんなには狭くないので簡単に来ることができます。 駐車場からは、ご覧のように立派な石垣が出迎えてくれますよ。    入城料を払うと、ご覧のような巻物風のパンフレットがも...

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梅雨の晴れ間に会津征伐(8) ~鶴ヶ城・その1~

 会津名物ソースカツ丼で腹を満たした後は、鶴ヶ城攻略です   実はこの時点でもう15時を過ぎていました。  会津藩主の墓所と、小田山城でずいぶんと時間を使ってしまったんですよね。  今回は珍しく、堂々と大手から攻め入りました。 いつもは駐車場の空いている“西出丸”辺りからなんですけどね~   北出丸の大手門です。 よくある枡形門方式で、突き当たりを右に折れると城内に入ることができます。    案...

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九州遠征記(18) ~阿蘇神社~

  阿蘇といえばここ(なのか?) 阿蘇神社に到着です。 もちろん肥後国の一宮です。 上の写真は楼門ですが、なんだかお寺さんみたいですね。 ちなみに、日本三大楼門の一つだそうです。 日本三大○○と聞くと三つとも制覇したくなりますが、他の二つは鹿島神宮(茨城)と筥崎八幡宮(福岡)だそうですよ。 鹿島ならすぐ行けそうですが、福岡はすぐには無理そうです。   そんな楼門に掲げられた大きな額は、戊辰戦争の官軍...

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九州遠征記(17) ~阿蘇へ~

 熊本市街観光を済ませたあとは、レンタカーを借りて東へと向かいました。 この日の相棒はコイツ、ダイハツ・ミラです。 浮気してゴメンな… タイトルにもあるように、阿蘇へ行って中岳の噴火口を見る予定でした。 しかし、『5月15日午前に中岳で小規模な噴火が発生し、警戒レベルほ引き上げて火口付近の立ち入りを禁止した。』というニュースが入ってきて、楽しみにしていた火口見学はやむなくキャンセルですよ~ でも、...

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ニッコウキスゲと諏訪の史跡(4) ~霧ヶ峰と昼飯~

  車山高原でニッコウキスゲを少しだけ満喫した私は、今度は霧ヶ峰高原へと移動しました。   ここではなにをしたかというと…    お馬さんを見学し…(乗ってはいない)     トンボさんを見学し…(乗ってはいない)     とうもろこしを食べたのでした!  ここに来ると、なぜだかとうもろこしが食べたくなります。    そしてこれからが本番、諏訪湖周辺の史跡めぐりをするために、下諏訪...

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梅雨の晴れ間に会津征伐(7) ~蒲生三代と昼飯~

やることやってんじゃねーかよ、秀忠っ!   あ、下品ですいません。  会津征伐の続きです。  豊臣秀吉の小田原征伐の後、ここ会津の地には蒲生家が入ります。  その、蒲生三代の墓の紹介です。    まずは、先日紹介した小田山公園の麓にある恵倫寺です。  ここには蒲生賢秀の墓があります。   賢秀は近江南部を納めていた六角氏の家臣でした。  織田信長の足利義昭を奉じての上洛時には、賢秀は日野城を守...

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九州遠征記(16) ~泰勝寺と夕飯~

  熊本城を攻略した後に向かったのが、泰勝寺跡です。  細川忠利が加藤家に代わり肥後に入った後、忠利が両親と祖父母の菩提を弔うために建立したのがこの泰勝寺です。 しかし、その泰勝寺は廃寺となって、今では立田自然公園として整備されています。 この階段を登れば、あの方々の墓があります。   これは、忠利のお祖父さん・藤孝(幽斎)の墓です。 藤孝は初め足利将軍家に仕えていましたが、足利将軍家が滅...

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ニッコウキスゲと諏訪の史跡(3) ~車山・その3~ と うどん

  長野県は車山高原のニッコウキスゲの続きです。   私が車山を訪れたのは7月の中旬でしたが、まだ5割くらいの開花率だったそうです。 勇み足でしたね(笑) ところで、黄色いニッコウキスゲが咲いている手前に見える“柵”のようなものがわかりますでしょうか? これは…   なんと電気柵です! これで武田騎馬軍団が攻めてきても安心!というわけではなく、ニッコウキスゲを鹿の被害から防ぐための、苦肉の策だ...

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九州遠征記(15) ~熊本城の最終回~

  熊本城のレポもこれで最後。 飯田丸五階櫓からです。 加藤清正の家臣の飯田覚兵衛が管理していたことから“飯田丸”というそうです。 なかなか均整の取れた、カッコいい櫓ですね。 では、有料ゾーンを抜けて外に出ます。   櫨方門(はぜかたもん)から外に出ると、熊本城では唯一残る水堀・備前堀がありました。 またここで上を見ると…    飯田丸五階櫓と天守のコラボ。 なかなか良いアングルなのですが、奥の...

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梅雨の晴れ間に会津征伐(6) ~小田山公園~

 会津藩主・松平家の廟所から車で西に10分ほどで、小田山公園に到着しました。 その小田山公園の麓には、旧会津の領主・蘆名家の廟所があります。 蘆名氏は、初代を佐原義連といって、源頼朝の挙兵に従った鎌倉幕府の御家人です。 頼朝の奥州征伐に功があり、ここ会津を与えられ、孫の光盛の代から“蘆名”を名乗りました。 ※石碑の一番上の字はなんと読むのだろう?    戦国時代には、上の写真の盛氏の代に最大の勢力...

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九州遠征記(14) ~熊本城・その9~

 では、天守を後にして出口に向かいます。  いきなり団子を食べた売店の脇の階段を下りていくと、もう一つの見所がありました。  その前に、後を振り返ると天守が見えました。  これがその見所 “二様の石垣” です。 天守台でも見ることができましたが、建設時期が違う二種類の石垣が見られる場所です。 右側の緩やかな傾斜のものが加藤時代で、左が後の細川時代のものです。   二様の石垣を抜けると、飯田...

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戦国時代と城址巡りとラーメンが好きなアラフィフです。

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