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奔放な旗本奴と彼岸花

Category : 埼玉比企のいいところ

 久々の地元・埼玉ネタです。














高斉寺本堂

 埼玉県は東松山市にある、高済寺に行ってきました。

 高済寺は、北条氏に仕えた高坂氏の館跡ではないかといわれていましたが、最近の発掘調査の結果で、北条氏が武蔵松山城を攻めたときに作った陣城跡の可能性が高いということです。
 














高坂高斉寺の土塁 

 武蔵松山城攻めの時に作ったとされる、土塁です。

 高さ3メートルはあろうかという立派なものでしたよ。

 手前が削られているのは、道路拡張工事の為。

  そして、この立派な土塁の奥には…














加賀爪氏累代の墓 

 はい。 毎度おなじみ、マイナー武将の墓ですよ(笑)

 右から、加賀爪政尚・政尚室・直澄・忠澄・忠澄室です。

 加賀爪氏の先祖は実は上杉氏です。

 上杉氏の初代から何代か後の分家が遠江に住み着いて加賀爪氏を名乗り、今川家の家臣になったのです。

 今川が滅亡すると徳川に仕え、上記の政尚が長久手の合戦などで功を挙げました。

 政尚はその後も小田原攻めや奥州仕置きなどで活躍したそうですが、慶長の大地震で伏見城の石垣だか城門に潰されて亡くなりました。

 後を継いだのは息子の忠澄です。

 忠澄は、関ヶ原や大阪の陣で活躍。町奉行や大目付としても活躍しますが、江戸の大火で消火中に火に巻き込まれて亡くなりました。

 ちなみに忠澄は、伊達政宗を殴ったことがあるそうです(笑)

 そして、その後を継いだのが直澄。

 この人は、町中で徒党を組んで乱暴・狼藉を働く“旗本奴”とよばれ、江戸の町で恐れられました。

 今でいう“チーマー”でしょうかね?  でも、更生したのかなんだか知りませんが、後に寺社奉行や番頭を務めて大名にまで出世したようです。

 でも結局は息子の代で改易になっちゃうんですけどね。



 そんな加賀爪三代の墓参りをした後は、お隣の川島町に彼岸花を見に行きました。













川島曼儒者下 

 う~ん、本来なら土手が真っ赤に染まるはずなのに…













川島彼岸花 (2) 

 まだ早かったのでしょうか?

 それとも台風の影響かな?













 
川島彼岸花 

 それにしても、赤い花が青い空に映えますね~



  













 
川島とんぼ

 彼岸花を見た後は、東松山市に新しく出来たつけ麺屋さんに行きました。













 
奔放 (2) 

 濃厚つけ麺 奔放さんです。

 場所はこくどう254号線、タイヤ館東松山店のとなりです。













 
奔放 

 もちろんつけ麺を頼みました。

 中盛り¥850はちょっと高めかと思いますが、分厚いチャーシュー三枚と、これまた分厚いメンマが乗っているので納得かな? 

 つけダレは“濃厚”と謳っているわりには、そんなに濃厚ではなく食べやすかったです。

 ちなみに、ときがわ町にある“大盛軒”のお弟子さんだそうですよ。



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ニッコウキスゲと諏訪の史跡(8) ~慈雲寺~

Category : 長野県のいいところ


 諏訪大社下社春宮からは、北東に歩いて10分ほどの場所にある、慈雲寺にやってきました。














慈雲寺@諏訪

 慈雲寺は1300年、金刺遠江守によって開基されました。

 
 戦国時代に諏訪を支配した武田信玄によって庇護され、おおいに栄えたといいます。














 
慈雲寺参道

 奥に立派な山門が見えてきました。













 
慈雲寺山門

 立派な山門は、1777年に建てられたものだそうです。

 ここで、ふと左を見ると…















 
日根野高吉供養塔

 あら、もう目的のものが見つかっちゃいました。

 日根野高吉の供養塔です。

 


 日根野高吉は美濃の斉藤氏や織田氏に仕えた武将で、秀吉の配下だった時代の小田原攻めの功でここ諏訪を与えられました。

 その時に、諏訪湖畔に築城したのが高島城です。

 高吉は1600年の関ヶ原の直前に亡くなりましたが、この供養塔は没後50年に建てられた供養塔です。

 













 
慈雲寺本堂

 目的の日根野高吉供養塔が山門の手前にあったので、これで引き返そうかとも思ったのですが、一応中に入ってみることにしました。

 本堂の前は工事中だったので、本堂の写真は斜めから…


















 
慈雲寺

 庭園がキレイでしたよ。




 
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九州遠征記(23) ~大友宗麟の墓~

Category : 大分県のいいところ
 大分県津久見市にあります、宗麟(そうりん)公園にやってきました。














大友宗麟の墓 (5)

 佐伯城からは車で北に30分ほどのところにあります。

 本当は、佐伯城からこの日の最終目的地である臼杵に直行してしまう予定でしたが、レンタカーのカーナビでルートを検索していたら“宗麟公園”を発見してしまったので、ついつい寄ってしまいました。


 宗麟公園と言うのは、戦国大名・大友宗麟の墓がある公園です。

 公園に到着すると、腰くらいの高さの大友宗麟像が出迎えてくれましたよ。 














 
大友宗麟の墓

 アイム、ソーリン!  












 
大友宗麟の墓 (2)

アイム ソーリン!!




 大友宗麟は豊後国の守護大名・大友義鑑の嫡男として生まれました。

 21歳のときに、所謂“二階崩れの変”で父親が家臣の裏切りにより惨死し、家督を継ぎます。

 以後着々と勢力を伸ばし、九州のうち6ヶ国以上を治めて大友氏の最盛期を築きあげました。
 
 しかし、1578年の耳川の戦いにおいて島津氏に大敗すると、大友氏の勢力は衰退していき、滅亡の一歩手前のところで豊臣秀吉に助けられることになります。

 
 九州統一を目指す秀吉によって豊後一国を安堵された宗麟は、息子に家督を譲った直後に病死したといいます。(諸説あり)

 


 大友宗麟は、九州国内にキリシタン王国を築こうとしたくらいの熱心なキリスト教徒で、葬儀もキリスト教式で行われ、もちろん墓もキリスト教式で建てられました。

 しかし、宗麟が死去した直後に秀吉がキリスト教禁教令を発令したために、宗麟の墓は息子の義統によって仏教式に建て替えられました。














大友宗麟の墓 (3)

 その墓は江戸時代末期に荒廃してしまったために、新たに宗麟の家臣の子孫によって建て替えられたものが今ある墓です。















 
大友宗麟の墓 (4)

 また昭和52年に大友宗麟公顕彰会によって建てられた、キリスト教式の墓も近くにありました。 














大友宗麟の墓 (6)

アイム ソーリン!!!


  



次は臼杵です。





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梅雨の晴れ間に会津征伐(最終回) ~鶴ヶ城・その3~

Category : 福島県の城


 では鶴ヶ城の天守です。














鶴ヶ城麟閣より
 

 これは、茶室・麟閣前から見た天守。

 どっしりとした姿がいいですね。 














 
鶴ヶ城北西より

 いまある天守は、蒲生氏郷が建てた天守ではなく、後に加藤嘉明がたてたものの再建(外観復元)です。 














 
鶴ヶ城定番 

 やはりこの鉄門(くろがねもん)と一緒のアングルが定番かな?

 私もこの角度が好きですね。














  
天守南西より

 鉄門をくぐった、反対側から…

 この角度だと、屋根が茶色いのがわかるでしょう?

 幕末の鶴ヶ城は赤い瓦だったことが最近わかったために 、その幕末の姿に戻そうと、リニューアル工事が2011年3月まで行われてきました。

 合わせて、壁も塗り替えたそうなんですが、眩しすぎてまるで鈴木○の子みたいでしたよ~














 
おぉ…

 あら? これは地震によるものでしょうか?













 
オシロボくん

 では、会津若松城の観光PRキャラクター『お城ボくん』に挨拶をしてから、天守に登りましょう!














 
鶴ヶ城天守より飯盛山

 天守内部はお約束の歴史博物館になっていますが、それは省略。(そういえば、再来年の大河ドラマの主役・山本八重の説明もありましたね)

 いきなり最上階からの眺めです。

 こちらは白虎隊が自刃した飯盛山方面です。

 やっぱり、あの紅白のポールが邪魔ですね~
















  
屋根が茶色い

 赤く葺き替えた屋根がわかるでしょうか? 近くだし、日陰にもなっているのでわかりにくいですね。













 
天守より飯干櫓

 鉄門と飯干櫓です。

 

 
 

 手前の長屋の脇に、デッキのようなものがあるのがわかるでしょうか?

 そこが出口です。

 出口の手前にはお土産屋さんがあります。

 こんなことでも復興の手助けになるのではないかと、普段は何も買わないのですが、今回はイロイロ買ってしまいました。

  

 これにて今回の会津征伐は終了です。

 まだまだ見るところがたくさんあるので、近いうちにまた行くことでしょう!



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九州遠征記(22) ~佐伯城~

Category : 大分県の城
 


 
 岡城から東に車で2時間くらいかかったでしょうか、大分県佐伯市にある佐伯城に到着です。
  

 阿蘇山が立ち入り禁止でなかったら、寄る予定のなかった城です。


















三の丸櫓門
 

 佐伯文化会館の駐車場に止めることができますが、駐車場前には、現存櫓門がありました。 













 
案内図

 山城なんですが、寄る予定がなかったものですから、登山にどれくらい時間がかかるか調べてきませんでしたが、案内図によるとそんなに時間は掛からないようなので、思い切って登ることにしました。














 
登城道入口 

登り口には、苔むした石鳥居がありました。

こう見ると、勾配は緩やかに見えますが…













  
佐伯城登山道 

 やっぱり、山城2連続はきついなぁ~











 
佐伯城登山堂

 でも、15分ほど登ると、立派な石垣が出迎えてくれます。

 疲れを忘れさせてくれる瞬間ですね!















 
佐伯城
 

 山頂部はちょっと狭くて、石垣全体が写せるポイントが少ないのが残念ですね。














 
佐伯城本丸

 この佐伯城は、1606年毛利高政によって建てられました。

 この高政という人は、もともと“森”という苗字でしたが、 中国大返しのときに毛利家に人質に出された時に、毛利輝元から“毛利”という苗字をもらったんだそうです。

 ここでは、関係ないですね(笑)



 以後、佐伯城は、12代に渡って毛利家の居城として明治まで続きました。










 では、本丸からの景色です。















佐伯城より

 これは東側を見た風景。

 川の先は佐伯湾なのですが、よくわからないですね。














 
佐伯城より (2)

 こちらは西側です。

 あまり標高の高い山ではありませんが、こういう綺麗な景色をみることができたので登ってよかったですよ。





 次は北に向かいます。


 




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ニッコウキスゲと諏訪の史跡(7) ~万治の石仏~

Category : 長野県のいいところ


 諏訪大社下社春宮の裏手に行ってみましょう。













万治の石仏へ

 
 2~3分も歩けば、目的地に着くことが出来ます。













万治の石仏へ (2)

 岡本太郎の石碑には行かなかったので、気になる方は自分で行ってみてください(爆)













 
万治の石仏

 お、いらっしゃいました。

 観光用のパンフレット等でおなじみの、万治の石仏です。












 
万治の石仏 (2)

 実物は、想像していたものよりも大きかったですね。

 高さは2メートルくらいあったでしょうか?













 
万治の石仏 (3)

 横から…













 
万治の石仏 (4)

 後から…
  
 

 
 説明文によると、諏訪大社の石鳥居をこの石材で作ろうとノミを入れたところ、傷口から血が流れてきたので恐ろしくなって石仏にして祀ったといいます。それがこの石仏です。

 ノミを入れた傷跡は今でも残っているそうなのですが、よくわかりませんでしたね。

 ちなみに万治とは、17世紀中期の元号です。
 



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九州遠征記(21) ~岡城・その3~

Category : 大分県の城


 岡城の続きです。

 二の丸で座っていたあのお方は…













荒城の月
 

 名曲『荒城の月』の作曲者・滝廉太郎さんでした。

 この曲の作詞をした土井晩翠は、自分で“会津鶴ヶ城”や“仙台青葉城”を思い浮かべて書いたと言っていたらしいですが、滝はどの城をイメージして作曲したかは語っていません。

 滝が移り住んだ地にある城、つまり豊後竹田(岡城)・富山市(富山城)・東京(江戸城)が候補に挙がっていますが、中でも子供の頃に住んでいて、後に病気の療養で過ごした豊後竹田にある岡城が最も有力ではないかとのことです。

 ま、どこの城が舞台でも、私は構わないんですけどね。 名曲は名曲ですよ。










 というわけで聞いてください…



 
スコーピオンズかよっ!?















岡城青もみじ

 では、岡城の歴史です。

 












 
岡城の本丸

 最初に築城されたのは1185年、 緒方三郎惟栄によるものとされます。
 
 これは、当時源頼朝に追われていた義経を匿うためとされますが、どうでありましょうね?













本丸より

 もし義経が平泉に向かわず、ここに来ていたらどうなっていたでしょうね?



 










 
岡城どこ?

 この岡城が現在見られる形となったのは、秀吉の九州平定後、中川秀成がこの地に入ってからです。

 秀成が1594年に築城に取り掛かり、完成したのは三代目・久清の時の1663年のことでした。

 以後、江戸時代を通して中川氏が城主を務めましたが、明治維新後の1871年(明治4年)に全ての建築物が破却され、どの建物もも再建されることなく今に至ります。













 
岡城高石垣

 先ほどは荒城の月の舞台がどこでも構わないと書きましたが、やはりこの石垣しか残っていない現在の岡城こそが“荒城”のイメージにピッタリなのではないでしょうか。
荒城の月が完成した明治時代は、他の候補地も皆“荒城”ではありましたがね)













   
三の丸遠景

 次は、さらに東へと向かいます。
  




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梅雨の晴れ間に会津征伐(9) ~鶴ヶ城・その2~

Category : 福島県の城



 鶴ヶ城の続きです。

 新しくなった天守に入る前に、茶室“麟閣”(りんかく)に行きました。












 
麟閣 (4)

 この麟閣は、鶴ヶ城の城主が蒲生氏郷の頃に建てられました。

 千利休が豊臣秀吉に切腹させられた後、氏郷は利休の息子・少庵を匿ったのですが、その時に建てられたといいます。













 
麟閣 (5)

 その後、少庵は許されて京に戻るのですが、その孫達が三千家(表千家・裏千家・武者小路千家)を興し、今に至ります。

 ま、それはここでは関係ありませんが…













 
麟閣

 そしてこの茶室・麟閣はというと、明治まで鶴ヶ城内に残っていましたが、例の会津戦争があったこともあり痛みが激しく、とても使える状態ではなかったといいます。














 
麟閣 (6)

 しかし、鶴ヶ城城下で薬屋を営んでいた森川氏が修復して私邸に移築、平成の世まで大切に扱ってきました。














  
麟閣 (2)

 そして平成2年に鶴ヶ城内に再移築されて、現在に至ります。









 


麟閣 (3)

 もちろんお茶をいただくことも出来ますが、今回も遠慮しておきました。




 では今度こそ天守に向かいましょう!  



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九州遠征記(20) ~岡城・その2~

Category : 大分県の城



 お久しぶりです(笑)

 前回の更新から間が開いてしまいましたが、岡城の続きです。

 これからもマイペースでやらせていただきますよ~













 
岡城大手門

 大手門を抜けて、本丸へと向かいます。















 
三の丸入口

 大手門から北に向かうと本丸があるのですが、もちろんその途中にはいくつかの曲輪を抜けていかねばなりません。

 上の写真は、三の丸に入るための門“西中仕切門”跡です。

 ここを抜けると…













 
三の丸北側

 岡城の見所の一つ、三の丸北側の高石垣です。 

 みごとですね~!













太鼓櫓門跡

 こちらは太鼓門跡。

 櫓門形式で、時を告げる太鼓が置いてあったのでしょうね。

 どんどん進みましょう!












  
岡城御三階跡

 これは、御三階櫓の櫓台石垣です。

 ここ岡城には天守はなかったので、この三階櫓が天守の代わりでした。

 とはいえ“三階”なのだから、某備中松山城の天守よりは大きかったのではないでしょうか?



 櫓台の脇の階段を登ると本丸ですが、左側の二の丸に寄っていきましょう。















 
謎の人物

 お! 二の丸に来ましたが、誰かいますね~



 

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