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今日はビックリ雛祭り

Category : 埼玉中央のいいところ
ビックリひな祭り 

 今日は埼玉県鴻巣市に行ってきましたよ。












ビックリ雛祭り 
 
 あかりをつけましょボンボリに~♪














 
梅なのか桃なのか 

 お花をあげましょ 桃の花~♪  (写真は梅かな?)














 

 五人囃子の 笛太鼓~♪














びっくりひな祭り 

 今日は、ビックリ雛祭り~♪














 
びっくり雛祭り 

 人形の町・鴻巣市の市役所では、3月3日までビックリ雛祭りが開催されています。

 鴻巣市は江戸時代から人形作りが盛んで、その伝統ある人形作りを全国の人に知ってもらおうと、7年前にこの“ビックリ雛祭り”を始めました。

  ちなみに、上の写真のピラミッド型ひな壇は、日本一の大きさなのだそうです。
 
 あまり興味が無いので(笑)、さっさと切り上げ、ラーメンを食べに行きましたよ。














しし丸

 今日は、鴻巣市にある“しし丸”さんに伺いました。

 五反田にある麺彩房という店で修行された方が、2月14日にオープンさせた店です。 

 



 もちろん、美味しいラーメンをいただいた後は史跡めぐりでしょう(笑)















 
勝願寺 

 一度紹介したことがあるかと思いますが、鴻巣市にある勝願寺に行きました。 














 
勝願寺楼門

 仁王門ですが、仁王様は東日本大震災で倒壊したままで、周りは白いシートで覆われていました。














 
勝願寺本堂 

 本堂です。 














 
牧野家の墓

 こちらは牧野家の墓所。

 徳川家康に従い、後に丹後田辺藩藩主となった牧野家ですが、初代から13代目の墓がここにあります。

 普段は非公開ですが、門の隙間からのぞいてみたところ、震災の影響からか墓石が倒れていて、それがそのままになっていました。

 はやく元の姿に戻るといいですね。 















 
有名人の墓 

 こちらも倒壊したと聞いていたのですが、元の姿に戻っていたようです。

 石と石の間にボンドのようなもので補強されているのが、写真でもわかりますよね?

 左から、仙石秀久・真田信重室・真田信重(信之三男)・小松(本多忠勝の娘で信之室)の墓です。

 信重の奥さんの墓が一番大きいのが気になるなぁ…?



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ニッコウキスゲと諏訪の史跡(19) ~法華寺~

Category : 長野県のいいところ
諏訪大社本宮 

 ようやく四つ目の境内地・本宮へとやってきました。














法華寺@諏訪

 その前に、本宮のすぐとなりにある、元諏訪大社神宮寺の法華寺に寄り道しましたよ。














 
法華寺山門

 ここは、武田家を滅ぼした後の織田信長が、武田攻めの論功行賞を行った場所です。

 よく小説やドラマなどで描かれる、明智光秀が信長に叱責される場面がありますよね?

 諸将の居並ぶ前で、欄干に頭を打ち付けられたり、足蹴にされたりして光秀が屈辱を受けるあの場面です。

 その舞台が、この法華寺です。

 












 
法華寺本堂

 ということは、ここは光秀が『謀反を起こすことを決意』した場所といっても過言ではないとうことですよね。

  

 そんな歴史の目撃者・法華寺の本堂裏には、こんなものもあります。














吉良義周の墓

 吉良義周の墓です。

 義周は米沢藩主・上杉綱憲の次男で、後にあの吉良上野介の養子になりました。

 綱憲が上野介の息子であったので、義周は上野介の実の孫ということになりますね。(ややこしい)

 義周は討ち入りの当日は、吉良邸にいて赤穂浪士と戦ったのですが、殺されることも自害することもありませんでした。

 そのことが“不届き”とされ、吉良家は取り潰され、義周本人は諏訪家にお預けの身となり、討ち入りから三年後の1706年に21歳の若さで亡くなりました。

 もし吉良家の養子に入らなかったら… もし討ち入りがなかったら… 義周は平凡な人生を送れただろうにね。

 光秀も義周も悲運の人だと思いますよ。



 次回は最終回です。





  
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紀伊半島横断の旅(10) ~高野山・その1~

Category : 和歌山県のいいところ
高野山大門

 九度山の真田庵から、ひたすら車で山を登ること約50分、突如このような大きな門が姿を現しました。

 高野山金剛峰寺の総門、大門です。

 この門は、高野山の東の端にあるわけですが、ここから西へ6キロ・南北は3キロもの広大な“仏教都市”が山中に広がっています。

 そんな広大な高野山を全部見るわけにもいかないですから、行くところは三つに絞ることにしました。
  













壇場伽藍中門再建工事 

 まずは壇場伽藍と呼ばれる場所。

 弘法大師高野山を開いた折、まず最初に整備した場所といわれます。

 壇場伽藍に入るには、中門(ちゅうもん)を通らなければならないのですが、それは江戸時代末期に火災で燃えてしまい、今は再建工事の真っ最中でした。

 中門再建工事中の場所を抜けると…














 
こうやくん 

 こうやくん がいました♪ 














 
金堂

 中門を抜けると金堂(こんどう)があります。

 創建当時は総本堂であったらしいです。

 1932年の再建。














 
根本大塔 

 これは根本大塔。

 我が国初の多宝塔として、9世紀に完成したそうですが、火災により何度も焼失。

 今あるのは1937年に再建されたものです。














 
御影堂 

 かつて弘法大師が住んでいたとされる御堂。

 今は弘法大師の御影像が安置されていることから“御影堂”といいます。

 幕末の再建建築物。 














 
こうやくんん

 これも御影堂。 














 
大会堂

 これも幕末再建の大会堂。

 奥に見えるのは東塔(とうとう)。














 
東塔 

 東塔は白河院の命により建てられた多宝塔で、いまあるのは1934年に再建されたものです。



 ざっとですが、壇場伽藍の紹介でした。

つづく…

 

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甘棠院と味噌ラーメン

Category : 埼玉東部のいいところ
甘棠院 (2)  

 今日は埼玉県久喜市にあります、甘棠院(かんとういん)に行ってきました。

 甘棠院は二代目古河公方・足利政氏によって建てられました。

 室町幕府を開いた足利尊氏は、鎌倉に幕府の出張所ともいえる鎌倉公方(当時の呼び方は違うらしい)を作ります。

 しかしいつしか幕府と鎌倉公方は対立して、またなんだかんだあって、鎌倉公方は古河(茨城県古河市)に本拠を移します。

 これが古河公方です。

 その古河公方の二代目が足利政氏なのですが、政氏は息子と対立して隠居をするハメになってしまいました。

 
 そして政氏の隠棲の館があったのが、ここ久喜だったのです。















 
甘棠院前の堀

 館といっても、元々は公方だった人の館ですから、周囲には立派な水堀がめぐらされていたといいます。

 上の写真はその遺構のものですが、今は空堀になっちゃっていますね。











 
甘棠院本堂

 そして政氏は自らの館に寺を建てます。

 それが今の甘棠院です。

 上の写真は本堂ですが、その前の門には厳重に鍵が掛けられていて本堂に近づくことが出来ません。

 そして目的の足利政氏の墓にも近づけません。



 でも、塀沿いを歩いていくと…














 
足利政氏の墓

 ありました、政氏の墓が。

 後から失礼して写真を撮らせていただきましたよ。

 でも後で調べてみたら、ちゃんとお願いすればお参りさせていただけるとのことです。



 そしてお墓参りのあとは、やっぱりラーメンですね。














 
ふきのとう@久喜

 今回は、甘棠院と同じ久喜市にあります“ふきのとう”さんにお邪魔しました。














 
ふきのとうの味噌ラーメン

 この店は、私が勝手に決めさせてもらっている“埼玉三大味噌ラーメン”の店です(他の二つは大雅@羽生・ごきげんや@川越) 

 そのわりには、三年ぶりくらいに食べましたよ(汗)

 もちろん美味しかったですよ~♪














にゃんこの日
僕もラーメン食べたいニャ
  






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熊谷うどんと奈良梨陣屋

Category : 埼玉比企のいいところ
高見屋へ 

 今日は暖かかったですね~、明日も暖かくて、三月中旬並みの暖かさだそうですよ(関東地方)

 そんな暖かい日は、やっぱ、うどんだね♪  (←寒い日もだろっ!)













高見屋 

 今日は埼玉県比企郡小川町にある、手打ち熊谷うどん 高見屋さんに行ってきました。

 看板や暖簾が出ていなければ、民家と間違えるような佇まいですね。 













 
肉汁うどん

 そして、やはりココに来たら定番“肉汁うどん”でしょう。 














 
田舎むすびとフロフキ大根

 サイドメニューの田舎おむすびと、お通しの風呂吹き大根です。

 風呂吹き大根って、普通は味噌が乗っているんじゃなかったでしたっけ? 地方によって違うのかな? でも、美味しかったからいいや♪

 それと、味噌おむすびは、焼いた方がもっと美味しいと思うのですが… まぁ、これも個人の好みですね。














 
高見屋から

 高見屋さんのカウンターからは、こんなのどかな風景が楽しめますよ。

 遠くには、雪化粧をした山も見えたのですが、写真にしたらわからなくなってしまいました(汗)















 
蝋梅

 蝋梅も近くに咲いていました。




 うどんでお腹を満たしたら、もちろん史跡巡りです(笑)














 
八和田神社 (2)

 高見屋さんから南東へ3キロほど、八和田神社です。














 
八和田神社の狛犬と大杉

 この八和田神社は奈良梨交差点付近にあり、明治の初め頃までは諏訪神社といいました。














 
八和田神社

 歴史マニアの方は、奈良梨・諏訪のキーワードでお気づきかと思いますが、ここは諏訪氏の陣屋があったとされる場所です。

 武田信玄に滅ぼされた諏訪頼重の従兄弟・頼忠が、徳川家康の関東移封に伴って与えられた土地がここなんですね。

 その後上野国に移るまでのたった二年間でしたが、諏訪氏がここを治めていました。














 
奈良梨陣屋堀跡

 写真にしてしまうとわからないですが、比較的良い状態で土塁と堀が残されていました。















 
奈良梨陣屋

 でも、説明板を読むと、諏訪氏の陣屋であったとは書いていなかったんです。

 諏訪氏がこの辺りを治めていたのと、八和田神社がかつて諏訪神社であったのは事実ですので、ここが諏訪氏の陣屋であったと思いたいですね。

 更なる発掘調査を期待したいところです。














 
びっくりした~
僕が発掘するニャ!

  




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ニッコウキスゲと諏訪の史跡(18) ~諏訪大社上社前宮~

Category : 長野県のいいところ
諏訪大社上社前宮  

 諏訪大社は、四つの境内地がありますが、その三つ目、上社前宮です。















上社前宮鳥居

 ここ前宮は、他の三社と違ってとても静かでした。

 観光客がいないこともあるでしょうが、いい意味で寂れた感じがそうさせているのかもしれません。














 
上社幣は遺伝へ

 社殿に行くには、一旦公道っぽい道をを通ります。

 ここも、境内ということなのでしょうか? でも、民家もあるしなぁ…














 
とんぼとコスモス

 途中にはコスモスが咲いていました。

 真夏でしたがね~














 
上社前宮

 社殿は鬱蒼とした森の中にありました。

 












 
上社前宮御柱

 もちろん、御柱もありましたよ。

  

次は本宮です。




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紀伊半島横断の旅(9) ~真田庵~

Category : 和歌山県のいいところ
真田庵へ  

 根来寺から車で東へ1時間弱、九度山町にあります真田庵に到着です。














真田庵入口

 関ヶ原に向かう徳川秀忠軍を上田城で釘付けにした真田昌幸・信繁(幸村)親子は、関が原の合戦後にここ九度山に蟄居させられます。

 その蟄居生活を送った場所が今の真田庵です。














 
真田あん

 さぞかし幸村ファンの歴女さんたちが大挙して訪れているんだろうと思いましたが、平日ということもあってか私しかいませんでしたよ~













 
真田昌幸の墓

 そしてここには真田昌幸の墓もあります。

 昌幸や幸村については、いろいろなところで語りつくされていますから、あえてここで書く必要もないでしょう(笑)















 
真田そば

 そしてこの日のお昼はそばです。


 が…














 
本日休業

 あー、よくあるオチですね。

 結局この日のお昼は、コンビニ弁当になっていしまいましたとさっ!




 次は高野山です。

 



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ニッコウキスゲと諏訪の史跡(17) ~安国寺~

Category : 長野県のいいところ
ご冥福をお祈りします。















安国寺  

 諏訪氏の本城・上原城を攻略したああとは、安国寺に行きました。

 上原城からは、南へおよそ5キロの場所にあります。














安国寺門前古戦場

 諏訪地方を高遠氏と共謀し奪取した武田信玄でしたが、分け前の配分に納得のいかない高遠頼継が一手に収めようと兵を挙げます。

 そんな高遠氏を信玄は一蹴したのですが、その戦いのあった場所がこの安国寺付近でした。

 


 












  
安国寺とんぼ

 もちろん、古戦場だけでなく、マイナー武将の墓もありますよ(笑)














 
諏訪氏安国寺御廟所

 それは、安国寺から東へ100mほどの田んぼのど真ん中にあります。

 とてもわかりにくいので、地元の方にでも聞くのがいいでしょう。















 
諏訪満隣の墓

 そして、やっと見つけた墓石がこれ、諏訪満隣夫妻の墓です。

 満隣は、信玄に殺された頼重の叔父さんです。

 武田の諏訪統治時代は不遇でしたが、武田が滅ぶと後に息子の頼忠が徳川家康に仕えて、その子孫は明治維新まで諏訪を治めることになります。

 要するに、諏訪高島藩の藩祖ということですね。

 以前は立派な霊屋で覆われていたそうなのですが、いつかの台風で壊れたきり再建されることはなかったそうです。


 

 周囲は草が鬱蒼と生い茂り、あまり近づきたくないような雰囲気でしたが、線香は絶えず焚かれているようでした。


 つぎは前宮です。




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紀伊半島横断の旅(8) ~根来寺・その2~

Category : 和歌山県のいいところ
紅葉谷@根来寺  

 では、紅葉が美しい紅葉谷を抜けて、根来寺の最大の見所である大塔を見に行きます。














大師堂と大塔 

 うん、ここからはやっぱり拝観料がかかります。

 上の写真は弘法大師を祀る“大師堂”です。

 右のほうにチョット見えますが…













 
国宝大塔 

 これが根来寺名物“大塔”ですよ。

 写真じゃ大きさがわからないのが残念ですが、とにかく大きかったですよ。














 
大塔@根来寺 

 初重が正方形で、二重目が円形の塔のことを多宝塔といいますが、多宝塔の中でも初重の一辺が五間(15メートル)のものを“大塔”といいます。

 その大塔の中でも最古のものが、この根来寺大塔です。

 1496年から、約50年かけて造られたそう。














 
大塔と大師堂 

 豊臣秀吉がこの根来寺を攻めた(根来寺は寺領10万石もあり、僧兵は1万人を超えたという)時にも奇跡的に焼けることなく、その時の弾痕も残っているんだそう。

 その弾痕を楽しみに行ったのですが、よくわからなかったなぁ…

 












 
大塔と青空 

 もちろん国宝ですよ!














 
大法堂 

 こちらは大傳法堂で、1827年の建立。














 
大塔と法堂 

 大塔と大傳法堂のツーショット。














 
大塔と紅葉 

 紅葉と大塔のツーショット。














 
興教大師病所 

 大塔を見た後は、興教大師の御廟所に行きました。















  
廟所

 興教大師は京・奈良で勉学に励み、後に高野山に登ります。

 高野山では鳥羽上皇の院宣により大傳法院を建て、共に多くの荘園を下賜されました。

 そんな出世街道まっしぐらの興教大師に嫉妬した高野山宗徒との間に不和が生じ、居心地の悪くなった大師が根来に新しく作った寺がこの根来寺の始まりです。



 鳥羽上皇といえば、大河ドラマで三上博史さんが演じる鳥羽上皇が面白いですね。

 上皇がというより、王家全体のドロドロとした感じが、今までには無い面白さです。

 三上さん演じるドM上皇と、壇れいさん演じる“金麦”璋子の今後から目が離せません(笑)



 何気に大河ドラマ縁の地だった根来寺でした。

 次は東へ向かいます。



 
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みなかみ。

Category : 群馬県のいいところ
水上宝台樹 

 今日は、水上宝台樹(ほうだいぎ)スキー場に行ってきました。












宝台樹

 午後からは雪が降ってきましたが、概ね晴れて風もなく、絶好のスキー日和でしたよ~!














 
生どら焼き

 そして、帰りは道の駅で“生どら焼”を食べ…














 
おいでちゃん

 おいでちゃんと戯れ…














 
清流公園@水上

 清流公園を散歩して…














 
みなかみ家

 みなかみ家さんで、なんちゃって家系ラーメンを食べて帰りました。




 以上、手抜き記事でした(笑)


 

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ニッコウキスゲと諏訪の史跡(16) ~上原城~

Category : 長野県の城
板垣平 

 上原城は、先日紹介した頼岳寺の背後の山の上にあります。

 頼岳寺からは案内表示も出ているので、わかりやすいと思いますよ。

 途中には上の写真のような石碑があります。

 これは戦国期の諏訪氏の居館があった場所で、普段はここに住んでいて、いざ戦となったら山城に籠れるようになっていたのでしょう。

 ちなみに武田家統治時代には、板垣信方が住んでいたこともあってか、現在のこのあたりは“板垣平”と呼ばれています。














上原城跡 

 先ほどの館跡から車で10分も登れば、上原城の入口に到着できます。














  
上原城案内図 

 館跡から歩いて登ることも出来るようですが 、真夏に歩いて登るのはきついですよ。
 













堀切 

 城址入口から歩いてすぐのところにある見事な“堀切”です。

 














 
物見岩 

 さて、先ほどの堀切のすぐ上は、もう本丸です。

 本丸には物見岩とよばれる大きな岩がありました。

 当時はここに登って物見をしていたんでしょうかね、ハシゴがないと登るのは危ないです。














 
上原城金比羅宮より 

 やはり本丸からの眺めは最高でした!

  

 上原城の築城時期は定かではありませんが、戦国時代における諏訪氏の本城でありました。

 武田信玄に攻められると諏訪頼重はこの城を捨て、桑原城に立て籠もります。

 諏訪家が滅亡すると、信玄は代官を置いて諏訪を統治しますが、武田家が滅亡すると同時に廃城になりました。



 二つの名家の栄枯盛衰を語る上でかかせない、上原城と桑原城、簡単に登れますし、主郭からの眺めもいいのでオススメの城です。



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小手指原古戦場と美味いラーメン

Category : 埼玉入間のいいところ
誓詞橋 

 今日は埼玉県所沢市の小手指(こてさし)という所にいってきました。

 もちろん史跡めぐりです。

 その場所は、国道463号バイパス誓詞橋交差点を、南に曲がったところにあります。












小手指原古戦場 

 時は1333年5月8日、新田義貞は鎌倉の北条高時を攻めるため上野国新田庄(現・群馬県太田市)で兵を挙げ、二日後には武蔵国入間川(現・埼玉県入間市)に達します。

 一方の鎌倉側は新田軍を迎え撃つために鎌倉街道を北上して、5月11日に両軍はここで激突しました。

 この戦いでは決着はつかず、翌12日に新田軍が久米川まで引いた鎌倉軍に奇襲をかけて見事撃退!

 以後は新田軍が連勝を重ねて、鎌倉幕府を滅亡に追い込みます。



 鎌倉幕府に不満を持った関東武士たちをまとめて鎌倉幕府打倒を目指す新田軍と、迎え撃つ幕府軍が最初にぶつかったのが、ここ小手指原なんですね。

 城跡というと濠や土塁、石垣などが残っている場合が多いですが、古戦場なんてただの原っぱだったり、住宅街になっていたりでなにも面白いことはありません。

 ただ目を瞑って、過去の出来事に思いを馳せることくらいでしょうかね… できることは…



 そして次の場所に向かう前にラーメンです。















 
つながり食堂 

 今回伺ったのは、所沢市の隣り入間市にある、つながり食堂さんです。

 この店は昨年の6月に新しく出来たラーメン屋さんです。

 ここの店主は、以前は福島県南相馬市で“麺屋はる”というラーメン屋を営んでいましたが、3月11日の大震災で被災し、埼玉県へと避難してきたのです。

 そして再起をかけて、ここ埼玉県入間市で再びラーメン屋を営むことを決意したのだとか。

 屋号は、家族や助けてくれた方々との“つながり”を大事にしたいとのことから、“つながり食堂”にしたのだそうですよ。



 そして頂いたのはこちら…














 
こはくチャーシュー味玉 

 味玉チャーシュー麺です。

 透き通ったスープがあっさりしていてとても美味しかったですよ。



 ひょっとして、復興したら南相馬に戻ってしまうんでしょうか?

 ずっと埼玉でやっていてほしいと思っているのは、私だけじゃないはずです。



 腹を満たした後は、史跡めぐりの続きですよ~















 
愛宕神社 

 入間市街地にある愛宕神社です。














 
愛宕の狛犬 

 逆光気味の狛ちゃん。














 
愛宕神社@入間 

 鎌倉幕府が滅亡した後、なんだかんだあって(この“なんだかんだ”が面白いのですが、ここでは割愛)室町幕府2代将軍・足利義詮の時代。

 足利家と南朝の後醍醐天皇は対立していました。

 鎌倉幕府を滅亡に追い込んだ新田義貞は亡くなり、その次男の義興は後醍醐天皇についていたので、足利家と新田義興も対立していたわけです。

 新田義興はとても強く、足利側は強すぎる義興に手を焼いていました。

 なので、当時の鎌倉公方・足利基氏は謀略によって義興を殺してしまうのです。

 殺された義興の首は入間にいた基氏の元に送られて首実検をし、後に愛宕神社に埋められました。















  
義興首塚 

 その義興の首塚が上の写真です。














 
首塚の松 

 首塚には目印として松の枝を刺したといいます。

 その松は根付いて大きくなったのですが、伊勢湾台風の被害で枯れてしまい今は二代目の松が元気に育っています。

 石碑の左に見える、赤いカバーをかぶせてあるのが初代です。



 鎌倉時代~南北朝~室町時代にはあまり興味がなかったのですが、勉強してみるとなかなか面白かったりします。

 近くにもこのような史跡があることだし、これからもっと興味を持って勉強してみようかと思いますよ。














より大きな地図で 小手指原古戦場と美味いラーメン を表示




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