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強風の中、川越を歩いてきた

Category : 埼玉入間のいいところ
中院 

 今日の関東地方は、風が強かったですね。

 そんな中、川越を散歩してきました。











中院2012 

 まずは中院。

 ここは枝垂が有名なのですが、まだ咲き始めといったところでした。











 
喜多院 

 次は喜多院。

 花見の準備が着々と進められている中、ソメイヨシノは全く咲いていませんでした。











 
喜多院しだれ 

 でも、多宝塔の前の枝垂は見ごろでしたよ。

 この枝垂れは早く咲くんですよね~











 
成田さんの梅 

 途中、成田山に寄ってから…











 
三芳野神社 

 三芳野神社です。











 
三芳野ニャンコ 

 ニャンコに御挨拶をしてから…











 
川越城 

 本丸御殿前を過ぎて… (燈篭は、芝・増上寺のもの)











 
氷川裏桜 

 新河岸川の並木です。











  
氷川裏 

 ここもまだまだでしたよ。











 
時の鐘 

 定番の時の鐘。










 
021_20120331203226.jpg 

 定番の蔵の街。











 

ときも 

 定番?のときもちゃん(笑)











 
れんけいじ 

 そして蓮馨寺に到着です。

 ここのも全く咲いていませんでしたが、蓮馨寺といえば…










 
蓮馨寺ニャンコ 

 ニャンコと…











 
れんけいじだんご 

 だんごですね(笑)

  
 今日から川越では、春祭りが開催されています。

 昨年は震災の影響で中止となってしまいましたが、今年は通常通り開催されるようです。

 各地のも来週には咲くのでしょうから、また私もその頃歩いてみたいと思います。






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熊谷うどんの聖地

Category : 埼玉北部のいいところ
安楽寺  

 先日は、埼玉県熊谷市に行ってきました。

 まずは安楽寺。











別府氏の墓 

 安楽寺には、別府頼重の墓があります。

 別府氏は忍城主で有名な成田氏の流れを汲み、成田氏初代・助高の次男が初代とされます。

 ちなみに頼重は、南北朝時代の武将だそう。










東別府神社 

 別府氏の墓がある安楽寺の近くには、別府氏が本拠とした別府城があります。












 
東別府神社 (2) 

 いまは別府神社になっていますが…











 
東別府館跡 

 ちゃんと…










 
東別府神社の土塁 

 土塁も残っていますよ。

 秀吉の小田原攻め時に落城して以来、城としては使われていないそうです。











 
香林寺 

 次もまた別府氏の菩提寺です。

 香林寺です。











 
香林寺 (2) 

 ここも別府氏の館があったとされていますが、遺構のようなものは発見できませんでしたよ。










  
香林寺の梅 

 三月中旬のことでしたので、梅が咲いていました。











 
別府氏の墓@香林寺 

 もちろん別府氏の墓があります。

 こちらは別府義重・清重親子の墓。

 平安末期から、鎌倉時代の人らしいです。



 でもここには、別府氏だけでなく、こんな人の墓もあります。











  
p268.jpg 

 権田愛三の墓です。(写真を撮り忘れたので、熊谷市のホームページから拝借しました)

  熊谷市のホームページによると…

 当時の麦作りは、生産が安定していなかったため、人々は食料不足で困っていました。そのような状況を憂いた愛三は、麦の増産を決意し麦作りの改良に取り組み始めました。様々な研究を重ねながら、愛三は良質な麦の生産にむけて根張りを良くするために早春に麦の芽を踏む技術の「麦踏み」を取り入れ、大きな効果を発揮しました。また、増産にむけては、熊谷の雪の少ない気候を利用して米の収穫が終わった冬の間に麦の生産をする「二毛作」を行いました。こうした技術改良の結果、明治29年には当時の収穫量の4倍~5倍をあげることに成功し、その成果を地域の農家に伝授しました。そして、更なる研究の場として埼玉県立農事試験場が、現在の熊谷市玉井地区にできたのも愛三の嘆願によるものです。また、明治41年には、これまで研究してきた麦作生産技術を当時の農商務省に上申しました。これらにより愛三の技術改良は全国に知れ渡り、各地から講演や技術指導の依頼がくるようになりました。全国各地に出向き、年間で350回以上、受講者1万8千人余にのぼりました。
 このような愛三の貢献に、国は緑綬褒章、大礼記念章を授与しました。こうした実績を称え「麦王(麦翁)」と呼ばれた愛三のふるさと熊谷には、その思いをくんだ良質で全国有数の収推量を誇る麦作りとうどんの食文化が今も伝えられています。


 要するに、熊谷市別府は『熊谷うどんの聖地』っちゅうことやね!











福福@熊谷

 というわけで、この日は熊谷市にある福福さんで、うどんをいただきました。











 
福福のきのこ汁うどん

 こんなおいしいうどんがいただけるのも、愛三さんの努力のおかげなんですね。


 ごちそうさまでした! 












 
にゃんこ
舌をしまい忘れてますよ。 








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雨の西上州(と、ちょこっと信州) (3) ~一沼の紅葉~

Category : 長野県のいいところ
一沼前  

 渋温泉から国道292号線を渋峠方面に向かっていると、なにやら路上駐車をしているイケナイ人達がたくさんいました。










一沼

 一沼の紅葉を見ようとしている人達だったんですね。

 でも、ちゃんと一沼の近くに駐車場があるので、そちらを利用した方が安全ですよ。

 もちろん、私は駐車場を利用しました。











 
一沼 (4)

 ここ一沼は、志賀高原のなかでも、早い時期から紅葉を見ることが出来る場所として有名らしいです。











  
一沼 (2)

 山うるしかな?










 
一沼 (3)

 もっと写真のセンスが私にあったらなぁ~

  

 
 次は渋峠です。



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紀伊半島横断の旅(14) ~高取城・その2~

Category : 奈良県の城
高取城大手門  

 高取城は14世紀の前半、大和の国人・越智氏によって建てられたのが最初とされます。











高取城天守台

 戦国時代後期には、大和郡山城の支城として、筒井順慶や豊臣秀長が城主となります。











 
高取城石垣

 秀長の家臣だった本多氏は、関ヶ原では東軍に付き、本領を安堵されて高取藩が立藩しました。











 
高取城本丸石垣

 本多家に跡取りがなく断絶をすると、17世紀前半に植村氏が入って明治維新を向かえます。












 
高取城本丸へ

 植村氏は、高取城に入っても山上の城は使うことはなく、麓に屋敷を構えて日常の業務をこなしたといいます。











 
高取城本丸

 本丸の様子。











 
高取城本丸からの眺め

 本丸から、吉野山系の眺めです。

 霞がかって幻想的でしょ?

 こういうのがあるから、山城はやめられまへんなぁ~











 
高取城の紅葉

 紅葉も美しかったです。












 
高取城縄張り
【クリックで拡大】

 高取城は、備中松山城・美濃岩村城と共に、日本三大山城の一つです。

 これで、やっと三大山城を制覇することができました!

 


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雨の西上州(と、ちょこっと信州) (2) ~渋温泉~

Category : 長野県のいいところ
渋温泉 
 

 高梨氏館から30分ほどで、渋温泉に到着です。

 もちろん、入浴することが目当てですよ~♪











温泉街っぽい

 温泉街っぽい通りを抜けて…











 
老舗っぽい

 老舗っぽいね~











 
温泉街っぽぞ

 “まんぢう”は食べなかったなぁ~











 
しぶざるくん

 しぶざるくんにご挨拶をしたら…











 
温泉寺@渋 (2)

 温泉寺に到着です。

 やっぱりお寺かよっ!!なんてツッコミが聞こえそうですが…











 
安堵状

 ここは武田信玄の隠し湯があったことでも有名ですが、江戸時代には真田家の庇護を受けたそうです。

 もちろんここには入浴施設があって、ここで温泉に入る予定だったのですが…











 
温泉寺@渋

 なぜか閉鎖中でした。











 
温泉寺@渋 足湯

 代わりにこちらに入りました。 足湯ですが…


 


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紀伊半島横断の旅(13) ~高取城・その1~

Category : 奈良県の城
高取城入口 (2) 

 この日の前日は、奈良県五條市に宿をとりました。

 その宿から一時間弱で、高取城に到着です。











高取城入口

 狭い車道をひたすら登ると、最初の写真の場所にたどり着きますが、そこからだと本丸まで600メートルほど歩かされることになりますので、もうちょっと登って、上の写真の場所まで車で行ってから登城です。

 それと、駐車場はありませんので(駐車スペースは何台分かはある)注意してくださいね。














 
七つ井戸下

 坂はキツイですが、本丸はもうすぐ…












 
井戸あり注意

 山城に井戸が無いと命取りです。













 
高取城石垣

 ほーら、立派な石垣が見えてきた!











 
高取城の紅葉

 そういえば、高取城は紅葉の名所でもあるようです。












 
高取城石垣と紅葉

 石垣と紅葉のコラボ。













 
高取城高石垣

 天守台の石垣です。

 ブラボーッ!!











 
高取城址

 つづく…

 


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雨の西上州(と、ちょこっと信州) (1) ~高梨氏館~

Category : 長野県の城
高梨氏館 (2) 

 ここから新シリーズです。

 昨年10月に行った、西上州の小旅のレポートです。

 

 まずは長野県中野市にある、高梨氏館です。

 ここは長野電鉄信州中野駅から、東に約1キロのところにあります。











堀跡 

 高梨氏館は、室町時代の後期に北信の豪族である高梨氏が建てたとされています。

 武田信玄が北信に侵攻してくると、村上氏らと同様に、以前から親交があった長尾景虎(上杉謙信)を頼り、後に上杉家臣団に加えられることになります。

 謙信の後を継いだ景勝が会津に移ると高梨氏はそれに同道し、この高梨氏館も廃されました。













 
庭園跡 

 今は高梨館公園としてきれいに整備されています。

 上の写真は庭園跡ですね。 













 
掘っ立て跡

 こちらは建物跡。











 
高梨氏館 

 縄張りの様子。

 “館”だけあって、縄張りはいたってシンプルな方形です。

 縦横共に、150メートルくらいであったでしょうか?













 
鴨ヶ岳城 

 奥に見える山は、高梨氏館の詰めの城“鴨ヶ嶽城”です。

 いざとなったら、あの山に籠って戦うのですね。

 40分ほど登れば主郭に着けるそうですが、今回は断念しました。



 次は東に向かいます。




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紀伊半島横断の旅(12) ~高野山・その3~

Category : 和歌山県のいいところ
奥の院  

 金剛三昧院を見た後は奥の院です。

 奥の院とは、高野山を開いた弘法大師の御廟のある場所ですが、“一の橋”といわれる奥の院参道の入口(上の写真)から御廟までの約2キロの間に、20万基もの諸大名家や武将・現代の企業などの墓が並んでいます。

 墓とはいっても、本当に遺体や遺骨が埋まっているわけではなく(分骨されたものや遺髪などが埋まっていることはあるのかな?)供養塔ということですね。 














奥の院だ 

 失礼ながら、私は弘法大師の廟よりも、この武将達の墓参りをするのが目的だったりします。

 では早速、一部ですが紹介したいと思います。 














 
伊達政宗
【独眼龍】 



 
井伊直弼
【埋木舎】 


 
結城秀康 
【結城秀康】


後北条氏
【北条氏】 

 
江
【イクサハイヤニゴザイマス~】
 昨年の大河ドラマの主人公・江の墓です。

 徳川家光の弟・忠長が建てたものですが、高野山の中では一番大きな墓石です。 



 
榊原康政
【徳川四天王・その1】 



 
上杉謙信
【越後の龍】 

 井伊直弼や上杉謙信など、墓石だけでなく霊屋まで作られているのは、なにか意味があるのだろうか?

 

織田信長

【第六天魔王】 


 
信玄・勝頼
【武田信玄・勝頼親子】 



 
森忠政
【桃で死んだ男】 


 
石田三成
【柿を食べない男】 


 
浅野内匠頭
【殿中でござる】 



 
前田利長
【梅で死んだ男】 


 
多田満仲
【ただのまんじゅう】 


 
大津城
【タカツグ様ぁ~】 

 そういえば、京極高次は大津城の戦いの後に高野山に登っているから、その時に高次が建てた供養塔なのかもしれない…



島津家久
【薩摩藩主】
 ちなみに二代目藩主の光久には、子供が38人もいたそうな。 



   

 
徳川頼宣 
【家康の十男】

 徳川頼宣が尊敬する人は、真田信之。




豊臣秀吉
【豊臣秀吉】 


 
本多忠勝
【徳川四天王・その2】 


 
明智光秀
【敵は本能寺にあり】

 




 
撮影禁止 

 ここまで約2キロ。

 右奥に見えるのが、弘法大師の廟の拝殿(灯籠堂)で、その奥に弘法大師の廟があります。

 この弘法大師の廟だけ参拝したい方は、参道のちょうど中間地点に駐車場とバス停があるので、そこを利用するのがいいでしょう。

 




 壇場伽藍・金剛三昧院・奥の院と約4時間の高野山参拝でしたが、この日の観光はこれで終わり。

 この日は奈良県五條市の宿を予約してあったので、そのホテルの近くの中華屋さんで夕食にしました。












  
五条でラーメン

 お店の名前は忘れましたが、ラーメンセットです。

 味は普通でしたが、歩き疲れた体にはボリュームがあってよかったです。





 二日目は、あの山城を攻略です!!

 



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ニッコウキスゲと諏訪の史跡(最終回) ~諏訪大社上社本宮~

Category : 長野県のいいところ
上社本宮鳥居 

 諏訪大社は諏訪湖の周辺に4箇所の境内地を持つ神社ですが、その四つ目の上社本宮(かみしゃほんみや)です。














上社本宮一の柱

 もちろん御柱もあります。

 上の写真は一の柱。














 
上社本宮灯篭

 苔むした燈篭越しの入口門。















  
上社本宮二の柱

 入口門の脇には、二の柱。

 ちなみに、三の柱と四の柱は見ることは出来ないようです。

 そして、ご覧のように観光客がたくさんいます。

 四つの中では、ここが一番多かったですね。














 
上社本宮廊下

 どうみても廊下に見える“布橋”とよばれる橋を渡り…












上社本宮人いっぱい

 参拝所に到着です。

 いくら待っても観光客がいなくならないので、我慢しきれずシャッターを押しました。

 これでも、少なくなった方なのですよ!













 
上社本宮拝殿

 参拝所からは、重要文化財の社殿があります。

 真ん中の建物が拝殿、拝殿の左右に、向かって右が“左片拝殿”で、左が“右片拝殿”です。

 奥に見えるのが幣殿で、本殿はありません。

 奥の森がご神体ということでしょうね。














  
上社本宮案内図

 上社本宮の案内図です。

 クリックしても大きくなりません。



 これにて去年夏の諏訪の史跡めぐりのレポートは終了です。

 行きたかった史跡の殆どに行くことができたので、満足できるものになりました。


 

 でも、一つだけ忘れていたものがありました。

 それは…















  
そば蔵

 そばですね~♪

 信州に来たら、やっぱ蕎麦でしょ(笑)

 
 諏訪ICからも近い、そば蔵さんに伺いました。

 この日は暑く、さっぱりしたものが食べたかったので…













 
そば蔵レモン

 これにしました!

 左は普通のそばですが、右はレモン果汁が練りこんであるという“レモンそば”です。

 爽やかそうでしょ?













 
レモンそば

 たしかに爽やかで美味しかったけど、普通の蕎麦がいいですね。


おわり。
 

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埼玉の一番とうどん

Category : 埼玉北部のいいところ
東竹院入口 

 今日の関東地方は一日中冷たい雨でしたね。

 こんな日は、史跡めぐりに限りますよ(←いつもじゃん!)















東竹院本堂

 というわけで、埼玉県熊谷市久下(くげ)にある、東竹院にやてきました。














 
久下氏の墓

 ここは12世紀の終わり頃、久下次郎重光が父・直光の菩提を弔うために建立したとされます。

 上の写真はもちろん直光・重光親子の墓ですよ。

 直光・重光親子は、源頼朝の旗揚げの際に“一番”に駆けつけたことから、“一番”もしくは“丸に一”を家紋にしました。














 
一番の家紋

 最初の写真にもありましたが、本堂にも“丸に一”の家紋がありました。

 それにしても雨が強かったです。

 


 のちに久下氏は丹波に移り住み、そこを本拠にします。

 そして足利尊氏が挙兵したときにも、久下氏は“一番”に駆けつけ、頼朝の故事を聞いて尊氏を勇気付けたといいます。

 


 史跡めぐりの後は、うどんです。














 
久下屋修兵衛

 東竹院のある熊谷市の隣の隣り、加須市にある久下屋修兵衛さんに伺いました。

 “久下”つながりですね(笑)

 久下氏とは何か関係があるのかと思いましたが、単に“加須市久下”に店があるので久下屋というらしいです。

 写真だと蕎麦処とありますが、食べたのはうどんですよ。














 
久下うどん

 加須は知る人ぞ知る、うどん処ですからね。

 食べたのは鴨汁うどんです。

 もちろん美味しかったです♪
  




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紀伊半島横断の旅(11) ~高野山・その2~

Category : 和歌山県のいいところ
金剛三昧院 (5) 

 壇場伽藍を見たあとは、金剛三昧院を見に行きました。

 こうやくんが迎えてくれてますね~













金剛三昧院

 この金剛三昧院は、北条政子が頼朝・実朝の菩提を弔うために建立した寺です。

 
 いまは宿坊にもなっていますよ。

 高野山のメイン通りからは少し奥まった場所にあるので、観光客は私ひとりしかいませんでした。















 
金剛三昧院 (3)

 この寺には国宝の多宝塔があります。














 
金剛三昧院 (2)

  高野山は、熊野古道等を含め、紀伊山地の霊場と参詣道という名で世界遺産登録されていますが、高野山全体が登録されているわけではありません。

 大門や壇場伽藍など6ヶ所が登録されているわけですが、その中の一つがこの金剛三昧院なのだそう。













金剛三昧院 (4)

 でも、改装工事の真っ只中でした。




 次は、奥の院です。
 





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