>

吉見をぶらり

Category : 埼玉比企のいいところ
八丁湖  

 今日は久々に、近場ですがお出掛けしてきました。

 でも、曇りがちの天気が残念でしたよ。

 まずは、吉見町にある八丁湖

 なんか珍しい渡り鳥が来ているとかで、バズーカ砲のようなレンズを付けたカメラを持っている人が何人かいました。











八丁湖ニャンコ 

  まあ、私は鳥よりもこちらですね。










吉見観音 

 八丁湖の後は、吉見観音に行きました。 











 
吉見観音 (2)

 紅葉はまだまだのようです。














  
吉見観音だんご

 紅葉よりも、だんごですね(笑)











 
吉見コスモス (2)

 吉見観音の後は、遅ればせながらコスモスを見てきました。

 吉見町の道の駅の近くにあるコスモス畑です。











 
吉見コスモス

 去年までより畑の面積が大幅に増えたようですね。

 まだまだ見ごろは続くようなので、行ける方は行ってみてくださいね~











 
あぢとみ黒醤油

 最後は吉見町の隣りの川島町にある、あぢとみ食堂さんで“黒醤油ラーメン”を食べました。

 富山・大阪に続く第三のブラックラーメンの登場か!?


おわり




 

[比企郡] ブログ村キーワード
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
スポンサーサイト

テーマ : お出かけ
ジャンル : 旅行

車山高原と海野宿(最終回) ~興善寺~

Category : 長野県のいいところ
興善寺へ  

 海野宿突き当りには、こんな案内がありました。

 コレを見たら行くっきゃないでしょう(笑)











興善寺山門

  案内には“1キロ”とありましたが、ずっと上り坂だったのでそれよりも長く感じましたよ。











海野氏菩提寺

 平成3年に再建された山門を抜けると…











 
興善寺本堂

 立派な本堂がありました。










 
海野幸明墓所

 本堂の右側には、『当寺開基 海野幸明公墓所』があります。

 海野幸明という人は平安時代に活躍した人物なのですが、この寺の説明によると“1503年開基”とあるんですよ。

 ということは、開基は幸明ではなく、その時代に生きた棟綱か幸義ということになります。 

 実際調べてみると(ネットでですが…)、16世紀開基なのは間違いないようです。










海野幸明の墓

 ああ、この墓に眠っているのは一体誰なのだろう?



 ちなみに棟綱の娘は、真田幸隆(幸村のおじいちゃん)に嫁ぎましたとさ。(実父という説もあり)






  おわり


[墓マイラー] ブログ村キーワード
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ

テーマ : 武将の墓参り
ジャンル : 旅行

車山高原と海野宿(5) ~海野宿の町並み~

Category : 長野県のいいところ
北国街道海野宿  

 信州の蕎麦を堪能した後は、海野宿の散策です。

 海野宿は北国街道(現在の軽井沢~新潟県上越市)に1625年に開かれた宿場町です。

 明治になって宿場の機能を失うと徐々に衰退していきましたが、昔ながらの建物が残る街として、日本の道100選や重要伝統的建造物群保存地区に選定され、観光の街として活気を取り戻しました。










福嶋屋 

 活気を取り戻したわりには、この日の観光客は私しかいなかった…


 上の写真は蕎麦を食べた福嶋屋さんの建物ですが、いい雰囲気ですよね~

 二階の格子は“海野格子”といって、ここにしかない格子の形なのだそうですよ。











  
海野宿の街並み 

 真ん中に用水路があって、その両脇に建物が並ぶのは珍しいかも?











 
海野宿の町並み 

 電柱も無くていいかんじですが、車がビュンビュン通るのは残念な点でした。











 
海野宿路地 

 こんな路地もいいですね~♪











 
海野宿 

  










 
うだつ

 ウダツの上がる家。 










 
海野宿だす 

 この家は今までとちょっと違う感じですね。 











 
気抜き

 明治になって宿場町が衰退すると養蚕業を始める家が多くなったそうで、そのために必要な“気抜き”と呼ばれる施設が乗っている(上の写真)建物が目立ちました。

 養蚕は保温が重要で、そのために焚いた火によって出る煙を、外に出すための設備が“気抜き”です。



 次はお寺さんです。 
  

テーマ : 神社・仏閣巡り
ジャンル : 旅行

車山高原と海野宿(4) ~海野宿で蕎麦~ と、今日と明日は川越祭りです!

Category : 長野県のいいところ
川越祭り2012 

 タイトルにも書きましたが、今日(20日)と明日(21日)は、川越祭りです。

 今年の川越祭りは川越市市制90周年を記念して、例年は15台ほどしか参加しない山車が、全29台勢ぞろいするのです。

 盛り上がること間違いなしですね。 
 
 しかも、テレビ東京系で放送している“アド街ック天国”では、川越をテーマにして今夜放送するので、明日は超混雑すること間違いでしょう。

 私は明日も川越市内で仕事なので、通勤が大変そうです…

 皆さん、お暇なら川越に遊びに来てくださいね!





 

 では、いつもの記事に戻ります(笑)











福嶋屋@海野宿 

 和田宿を見学した後は、海野宿に移動しました。

 ちょっと遅くなってしまいましたが、ここでお昼ご飯にしましたよ。











 
福嶋屋のお茶 

 海野宿内にある福嶋屋さんで、蕎麦をいただきました。











 
福嶋屋のくるみ蕎麦セット 

 やはり信州に来たら蕎麦ですよね。











 
福嶋屋の蕎麦 

 この八割蕎麦も美味しかったですが…











 
くるみもち 

 この胡桃おはぎも美味しかったです。

  



 次回は宿場町散策です。




[信州] ブログ村キーワード
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ

テーマ : 史跡とB級グルメ
ジャンル : 旅行

中国遠征記2012(11) ~萩城・その4~

Category : 山口県の城
萩城外郭 

 萩城詰め丸である指月山を下りて、今度は東側を攻めます。

 東側は日本海に面していて、そこにも石垣が築かれていました。











萩城外郭土塀

 この土塀は復元されたもの。










  
萩城外郭石垣 (2)

 その日本海に面した石垣沿いを歩いてみましたよ。











 
萩城外郭石垣

 こちらは埋門といって、城内から海に直接出られることが出来た門です。











 
萩城外郭櫓台

 日本海に面した石垣には五つの櫓があっって、上の写真はそのうちの一つの櫓台石垣です。

 最初は五つの櫓台跡を全部見てやろうと意気込んで出発したのですが、ご覧のように足場が悪く、下手すりゃ海に落ちてしまいそうな場所もあったので、やむなく引き返してしまいました。

 










 
指月山遠景

 最後に指月山の遠景です。

 ここに沈む夕日は“日本の夕日100選”にも選ばれているようです。




 次は、城下町です。



 

[中国地方旅行] ブログ村キーワード
にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へ



テーマ : 城址巡り
ジャンル : 旅行

中国遠征記2012(10) ~萩城・その3~

Category : 山口県の城
山頂まで  

 萩城の詰めの城・指月山に登ります。

 山頂まで730mとありますが…











萩城詰丸登山道

 こんな道を730mはキツイです 











萩城詰丸

 が、15分も登れば、山頂(詰丸)到着ですよ~











 
詰丸土塀

 ウキウキ気分もつかの間、こんな落書きを見てしまってガッカリです。

 









 
詰丸入口

 気を取り直して詰め丸へ…










 
詰丸石垣

 詰め丸の枡形門の石垣。

 櫓門が乗っていたようです。
 


 









詰丸残念石

 残念石(石垣になり損ねた石)も転がっていた。











 
詰丸からの眺め

 詰丸とは、非常時に籠城するための山城で、平常時には日本海を行き来する船等を監視していました。

 なので、さぞや山頂からの眺めは最高なのかと思ったら、上の写真のようになにも見えません。











 
詰丸からの眺め (2)

 ちょっとだけ、防波堤が見えました。

 

 もっと木を切り開いて眺めを良くすれば、観光客ももっと集まると思うんですけどね~

 入場料を取っているのだから、それくらいはやってほしいな…



 まだ萩城は続きます。



 

[中国地方旅行] ブログ村キーワード
にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へ

テーマ : 城址巡り
ジャンル : 旅行

中国遠征記2012(9) ~萩城・その2~

Category : 山口県の城
萩城天守台  

 前回の記事の写真で奥の方に写っていたのが、この天守台です。

 では、入場料を払って(払うのかいっ!?)中に入りましょう!











萩城神社 

 城内には、志都岐山神社(しづきやまじんじゃ)が鎮座していたり…











萩城茶室 

 茶室があったりしますが、入場料を払うほどの施設があるようには思わないなぁ… 

 まあ、気を取り直して散策といたしますか。











 
扇の勾配

 先ほどの天守台です。

 扇の勾配が美しいですね。










 
萩城天守台 (2)

 別角度から…











 
萩城天守台へ

 天守台に登りましょう。












  
萩城天守台礎石

 天守閣の礎石もちゃんと残っていましたよ。











 
東萩駅前

 その天守台には、このような天守閣が明治7年まで乗っていました。

 五重五階の望楼型で古風な天守閣がいいですね。

 ちなみにこの写真は、東萩駅前で撮ったものです。



 萩城は関ヶ原で敗れた毛利輝元によって、1608年に築かれました。

 以後、明治維新まで毛利家の居城でした。

 以上、簡単すぎる萩城の歴史でした。










 
萩城詰城

 次は、あの指月山に登ります。





  

[中国地方旅行] ブログ村キーワード
にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へ

テーマ : 城址巡り
ジャンル : 旅行

中国遠征記2012(8) ~萩城・その1~

Category : 山口県の城
堀内運河 

 毛利輝元の墓所である天樹院から西へ進むと、堀内運河と呼ばれる川があり、そこを渡ればすぐに萩城址に着きます。

 奥に見える山は、萩城の詰めの城ですよ。











二の丸の食堂

 かつての三の丸に駐車場があり、食堂やお土産物屋さんもありました。

 上の写真の食堂でざる蕎麦を食べたのですが…   なぜか、写真が残っていない…











 
南門枡形

 先ほどの食堂の右手は南門跡であり、立派な石垣が残っていました。













 
南門の輝元

 輝元さんもいらっしゃいましたよ~♪











 
南門枡形 (2)

 この南門跡を過ぎると…











 
本丸内門と内堀

 内門跡に出ます。

 









 
萩城説明版

 この橋を渡れば本丸ですが、その前に説明でも読みましょうかね。

 ん? 下のほうになんかいるぞ!?














 
萩城ニャンコ
 ニャンコが日陰で休んでいました  






つづく…





 

[中国地方旅行] ブログ村キーワード
にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へ

テーマ : 城址巡り
ジャンル : 旅行

中国遠征記2012(7) ~天樹院~

Category : 山口県のいいところ
なつみかん 

 前回、“次は城です”なんて書いておきながら、城ではなく天樹院に行ったことを思い出しましたよ。

 


 上の写真は夏みかんです。

 夏みかんは萩の名産で、いたるところに夏みかん畑がありましたね。











堀内地区? 

 天樹院に行く途中には、なんだかイイ雰囲気の通りがありました。











 
堀内地区 (2) 

 









 
堀内地区 (3) 











 
堀内地区 











 
鍵の手 

 ここは鍵曲(かいまがり)と呼ばれる場所です。

 一般には枡形とか鍵の手とかいわれている場所で、敵が侵入してきたときの為にわざと見通しを悪くしている場所ですね。

 いかにも城下町っぴ場所です。











 
口羽家長屋門 

 だれか偉い人の長屋門。











 
天樹院 

 そうこうしているうちに天樹院に到着です。










 
天樹院 (2) 

 天樹院といっても、今は寺は無く、ある人の墓所だけがひっそりと残っています。











 
毛利輝元 

 毛利輝元夫妻の墓です。

 毛利輝元は毛利隆元の長男として 生まれますが、隆元が早くに死んだためにわずか11歳で毛利家の家督を継ぎます。
 
 継いだといってもジイジである毛利元就が存命であったので、元就が実権を握ってはいたのですけどね…

 元就が亡くなると、輝元の叔父である吉川元春と小早川隆景のバックアップ、いわゆる両川体制で毛利家を運営していきます。

  織田・豊臣時代はその両川体制で乗り切りますが、両川が亡くなった後の関ヶ原では西軍の総大将に担がれて、結果120万石から37万石に減封。

 
  
 大阪の陣にも参加したあと、1625年に73歳で亡くなりました。




 次はその輝元が建てた萩城です。 たぶん…






[墓マイラー] ブログ村キーワード
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ

テーマ : 武将の墓参り
ジャンル : 旅行

渋谷へ行ってきました

Category : ---東京都その他の城
渋谷ヒカリエ 

 先日はちょいと所用があって、渋谷に行ってきましたよ。

 所用は早々に済ませて、今話題の渋谷ヒカリエ(上の写真)には行かず、史跡めぐりをしてきました。










金王八幡宮 (2) 

 まず行ったのは、渋谷駅から首都高沿いを六本木方面に 10分ほど歩いたところにある、金王八幡宮です。
 














金王八幡宮 

 金王八幡宮は、渋谷金王丸を祭った神社です。

 金王丸は源義朝(頼朝の父)の家臣で、平治の乱後に義朝が謀殺されると仇を討とうとして失敗。

 敵前から逃走すると京に戻って、義朝の妻であり義経の母である常盤御前に義朝の死を報告したといいます。

 その後は頼朝に従い、義経を暗殺しようとして失敗し、六条川原に首を晒されたそうです。











 
金王八幡宮社殿 

 今ある社殿は、徳川家光が寄進したものだそうです。(もちろん修復はされていますよ)











 
渋谷城 

 さて、この八幡宮がある高台は、かつて城がありました。

 その名も、渋谷城です。

 後に金王丸で有名になる渋谷氏が、源義家に与えられたのが最初とされますが、詳しいことはわかっていません。

 戦国時代に北条氏に攻められて、落城したのを最後に廃城になったようです。

 もちろん遺構なんて何もありませんでしたよ。



 渋谷城を攻略したあとは、こちらへ…











 
祥雲寺門前 

 広尾です。

 山手線の恵比寿駅や、地下鉄の広尾駅のほうが近かったのですが、健康の為に30分ほど歩きました。

 途中から雨が降ってきたのは誤算でしたが、いい運動になりましたよ。











 
祥雲寺 

 そんなオシャレな町の片隅に、祥雲寺があります。

 祥雲寺は、黒田忠之が父の菩提を弔うために建立しました。

 もちろん忠之のお父さんの墓もあるのですが、その他の人の墓もあるのでまずそちらを紹介します。











 
金森家 

 こちらは、信長や秀吉らの家臣だった金森長近を初代とする、金森家の累代の墓。











 
曲直家の墓 

 こちらは曲直瀬(まなせ)家代々の墓。

 初代の道三は、足利義輝・毛利元就、そして織田信長などを診察したといいます。

 道三は関ヶ原以前に亡くなりますが、曲直瀬家は代々徳川家の御用医師を務めました。

 日本医学の中興の祖といわれ、その後の日本の医学の発展に貢献したそうですよ。











 
黒田長政

 そしてこちらが最初に紹介した黒田忠之のお父さん・黒田長政の墓です。

 この人の墓だけ屋根付きの建物で囲まれていました。

 黒田長政は、秀吉の軍師とされる黒田官兵衛の長男として生まれ、文禄・慶長の役や関ヶ原で活躍。

 なかでも関ヶ原の戦いでは、吉川広家と小早川秀秋を寝返らせる活躍を見せました。

 その功で福岡52万石を与えられ、初代福岡藩主になりました。

 大阪夏の陣に参加後、1623年に56歳で亡くなりました。



 この他にも、秋月黒田家や有馬家、織田有楽斎を祖とする織田家の墓所などがありましたが、雨が強くなってきたので退散することにしました。

 


おわり。


  

[墓マイラー] ブログ村キーワード
にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へ

テーマ : 城址巡り
ジャンル : 旅行

プロフィール

四十路

Author:四十路
戦国時代と城址巡りとラーメンが好きなアラフォーです。

Instagram
Instagram
FC2 ランキング

FC2Blog Ranking

にほんブログ村ランキング
にほんブログ村 旅行ブログ 国内一人旅へ
にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へ
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
 

ブログ村ランキング参加中!

上のバナーか記事中のバナーをポチッとしてくれたら泣いて喜びます。
カレンダー
09 | 2012/10 | 11
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
最近の記事
最近のコメント
月別アーカイブ
カテゴリー
おきにいり
最近のトラックバック
3D球体タグクラウド
ブログ内検索
Thanks!
私の本棚
美女暦
埼玉時計

神戸市の税理士
電力使用状況&電気予報
頑張ろう、日本!
FC2「東北地方太平洋沖地震」義援金募集につきまして 東北地方太平洋沖地震 義援金  
ネコ派 vs イヌ派
バトルブログパーツ: イヌ派vsネコ派
猫 侍
猫侍
真田丸
官兵衛
おんな城主 直虎
八重の桜
QRコード
QR