記事一覧

常州攻め2013(6) ~額田城~

   瓜連城から南東へ車で15分、額田城へとやってきました。   額田城は13世紀の半ば、佐竹氏五代・義重(鬼義重ではなく、鎌倉時代の当主です)の次男・義直がこの地に築いたのが始まりです。   この義直が額田氏を名乗り代々続きますが、戦国時代初期に佐竹宗家に滅ぼされ、以後、佐竹家臣の小野崎氏が額田城主になります。    しかしこの小野崎氏も謀反の疑い有りとされて、時の当主・佐竹義宣...

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常州攻め2013(5) ~瓜連城~

  佐竹寺から南西に車で15分、茨城県那珂市にあります常福寺にやってきました。 常福寺は、14世紀の中頃に開山され、15世紀初めにこの地に移ってきました。     そしてこの常福寺には、山野辺氏の墓所があります。 山野辺氏初代の義忠は最上義光の4男で、山野辺氏に養子に入って山野辺義忠と名乗ります。 義光が亡くなった後、義忠は最上家の跡目争いに巻き込まれて、最上家は改易になり、義忠は命は...

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奥州仕置2012 (15) ~瑞鳳殿~

   大年寺(茂ヶ崎城)から北西に3kmほどの場所にある、瑞鳳殿(ずいほうでん)に到着です。   瑞鳳殿とは、簡単に言うと“伊達政宗”の墓のことです。  いつもは、マイナーな人物の墓参りばっかりですが、やっと誰でも知っているようなメジャーな人物のお墓を紹介することができました(笑)    早速、拝観料を払って、中に入りましょう!     この門は、涅槃門(ねはんもん)といいますが...

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ワラビー

  先日は、野暮用があって埼玉県蕨市に行ってきました。  蕨市といえば、全国の市町村で一番面積が小さい市として有名ですね。  あ、有名でない?  まあ、そんなことはどうでもよく、野暮用を済ませた後はお決まりの史跡巡りです。   まずは蕨城。  蕨城は、足利尊氏の一門の渋川氏が14世紀に築きました。  戦国時代に北条氏が進出してくると、蕨城は北条氏綱に攻められ落城しました。  現地の説明にはそう書...

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奥州仕置2012 (14) ~茂ヶ崎城~

   朝の仙台市街です。  この日は自転車で市内観光(観光といっても史跡巡りです)の予定だったので、晴れてよかったです。   まずは泊まったホテルのすぐ近くにある政岡墓所です。    ここには、四代仙台藩主・綱村を生んだ三沢初子と、二代藩主・忠宗の正室・徳川振姫、そして綱村の正室・稲葉仙姫の墓があります。     が、朝早かったせいか門は開いていませんでした。  または非公開なのかも...

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常州攻め2013(4) ~馬坂城と佐竹寺~

   さて、次は佐竹氏が常陸太田城の前に本城としていた城・馬坂(まざか)城に行きました。  行く順番を逆にすればよかったですね~   佐竹氏の初代・義業(または昌義)が、以前からあったこの城を奪って本城としました。  いってみれば、ここが佐竹氏発祥の地ということになるのせしょうか?     佐竹氏が常陸太田城に移ってからも、この城は佐竹一族が城主となって機能し、佐竹氏が出羽に移封に...

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速報! 羽後遠征記

  というわけで、旅に出ています。 タイトルにありますが、今回は羽後の旅です。 羽後という国名は、明治になってから作られた国名で、江戸以前は出羽の一部でした。 出羽が羽前と羽後の二つに分けられ、それぞれ廃藩置県後に山形県と秋田県になりました。   途中のサービスエリアでは、まだ桜が咲いていましたよ。   ツクシの子も恥ずかしげに顔を出していました。   そうこうしている間に、湯沢に到...

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常州攻め2013(3) ~常陸太田城~

   清和源氏の流れを汲む新羅三郎義光の長男・義業が、佐竹郷(現・茨城県常陸太田市)に住み着いて佐竹氏を名乗りました。(義業の息子説もあり)  その佐竹氏が三代目・隆義の代から本拠にしたのが、ここ常陸太田城(別名・舞鶴城)です。  以後、戦国末期に佐竹義宣が水戸城に移るまで佐竹氏の本拠地でした。    それからは佐竹氏が秋田に移封になるまでは、義宣の父・義重の隠居城で、江戸時代には水戸藩の...

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奥州仕置2012 (13) ~岩切城と夕飯~

   多賀城を攻略した後は、岩切城に行ったのですがご覧のように中には入れませんでした。  他にも攻略しようとした城があったのですが、夕方になって辺りは真っ暗になってしまったので、この日は日没ゲームセットとしましたよ。(写真は加工して明るくしています)   というわけで、仙台市内のホテルにチェックインしてから晩飯を食べに行きました。     ホテルの最寄り駅から…     仙石...

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奥州仕置2012 (12) ~多賀城~

   ようやく雨が上がったところで、多賀城へとやってきました。  多賀城市を目指せば、あとは看板がいたるところに設置されているので、迷うことはないでしょう。         多賀城は8世紀前半、大和朝廷が蝦夷を攻略するために築きました。  以後、陸奥国の国府として機能し、9世紀頃に徐々に廃れていったといいます。   その後、南北朝時代に北畠顕家が赴任したりもしましたが、国府の機能...

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奥州仕置2012 (11) ~志波彦神社鹽竈神社~

   松島の後は、塩竃市にある志波彦神社鹽竈神社(しわひこじんじゃしおがまじんじゃ)に行きました。  なんで神社名が二つかというと、二つの神社が同一境内に鎮座しているかららしいのですが、よくはわかりません(汗)  まあ、むずかしいことは考えずに参拝しましたよ。   まずは鹽竈神社のほうに参拝しましたが…     拝殿は工事中でした。  ここは本殿が二つある(右宮・左宮)珍しい神社です...

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戦国時代と城址巡りとラーメンが好きなアラフィフです。

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