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羽後遠征記(9) ~秋田城~

Category : 秋田県の城
秋田城門  

 秋田城は、奈良時代から平安時代にかけて、出羽の国の国府に置かれた城柵です。









秋田城復元

 江戸時代の国府(という言い方ではないでしょうが)と勘違いされやすいですが、佐竹氏は本城を久保田城に置きました。

 






 
雉

 雉がいました。









 
秋田八重桜 

 正確な調査に基づき、門や塀が復元されているようですが、やっぱり古代の柵にはテンションがあがらないですね~
 








秋田城庭園?

 歴史的には重要な城柵なのでしょうが、やっぱり堀・土塁・石垣があったほうが、私は興奮しますね。

 







 
護国神社 

 近くには、お決まりの護国神社がありました。







 

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羽後遠征記(8) ~日吉八幡宮~

Category : 秋田県のいいところ
日吉八幡  

 羽後遠征三日目は、秋田市内観光から始まります。

 まずは日吉八幡

 “ひよし”じゃなくて、“ひえ”と読むそうです。

 日枝神社と関係があるのかな?

 ちなみに、同じ秋田市内に日吉神社があって、そちらは“ひよし”と読むそうですよ。

 ややこしいですね~

 






日吉八幡神橋 

 神橋には石でできたカワイイ“三猿”が乗っていました。









日吉拝殿 

 鳥居と拝殿です。









 


 
日吉本殿 

 本殿です。

 拝殿・本殿ともに、18世紀の建立だそうです。

 







  
日吉八幡三重塔 

 社殿の脇には、三重塔がそびえ立っていました。

 こちらも18世紀初めの建築物だそうで、神社内に仏教の建築物があるのは、やっぱり神仏習合の習慣の賜物でしょうね。

 が、しかし…










 
日吉八幡三重塔 (2) 

 “賀茂大明神”の額が掲げられていました。

 これは、明治に入ってからの、神仏分離令による取り壊しを逃れるための、苦肉の策だったのかもしれません。 





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車山高原と小諸の史跡(4) ~富士見城と昼食~

Category : 長野県の城
富士見城入り口 

 布引観音で予定外の体力消耗を強いられた後は、富士見城を攻略しました。

 本当は昼食を先に済ませようかと思ったのですが、この後雷雨が来るとの予報だった(遠くで雷が鳴っていた)ので、先に城の攻略をすることにしました。









堀切と橋 

 この富士見城は、小諸市のほぼ中央・小諸高原美術館の裏手にあります。

 山城ですが、頂上近くまで車で行けて、駐車場も完備(美術館の駐車場が利用可)なので、行きやすい城址です。









 
富士見城へ 

 また堀などの遺構も比較的良好に残っていて、縄張り図も入り口においてあるので初心者でも安心・安全の城址ですね。









 
富士見城主郭

 この富士見城は築城時期は不明ですが、甲斐武田氏が進出してくると、小諸城の支城として機能したようです。









 
富士見城より

 武田氏が滅亡すると、このあたりは徳川と真田とで取り合いになりますが、その時には徳川の家臣である柴田某が在城したそうです。









 
富士見城縄張り
【クリックで拡大】

 富士見城を攻略したら、遅めの昼食です。










 
丁子庵

 この日は、小諸市の中心部にある蕎麦屋・丁子庵さんに伺いましたよ。

 店に着いたら、丁度激しい雨が降ってきました。

 やっぱり、城を先に攻略しておいて正解でしたね。









 
丁子庵の蕎麦

 さて、肝心の蕎麦ですが…

 “おろしそば”の大根おろしが辛すぎて、よくわかりませんでした…(汗)

  
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羽後遠征記(7) ~大鳥井柵と金沢城~

Category : 秋田県の城
大鳥井の神社  

 横手城址である横手公園からすぐ北にある、大鳥公園にやってきました。









大鳥井柵堀切 

 大鳥公園は、その昔、大鳥井柵でありました。

 柵とは、7世紀から11世紀までの古代日本において大和朝廷(ヤマト政権、中央政権)が築いた軍事的防御施設である。

 と、ウィキぺディアに書いてありました(笑) 要するに、城のことですね。

 城柵ともいうそうです。









 
大鳥井土塁? 

 大鳥井柵は、平安時代に清原氏によって築かれ、後に奥州藤原氏の居城になったようです。

 今は公園化されてしまっていて、上の写真のような堀切や土塁は見られるものの、遺構かどうかはわかりません。
 









大鳥井柵から横手 

 駐車場からは、横手城の模擬天守が見えました。 

  近いですね!








 
金沢城入り口 

 そして、大鳥井柵から車で20分ほど、今度は金沢城にやってきました。

 “かなざわ”ではなく、“かねざわ”と読むそうですよ。







  
景正功名塚 

 金沢城への登山道の入口には、景正功名塚があります。

 後三年合戦で素晴らしい手柄を立てた鎌倉権五郎景正が、将軍源義家の命により敵の屍をこの地に葬り、弔いのため塚の上に杉を植えました。

 それが景正功名塚です。

 杉は枯れてしまいましたが、根元が保存されいます。

 かなり太かったですよ。









 
金沢八幡宮 

 さて、先ほど登山道と書きましたが、金沢城の主郭近くまでは車で登る事ができます。

 駐車場も完備されていますよ。









 
金沢城切 

 本丸には八幡宮が鎮座していますが、その後ろは崖というか堀切になっています。









 
金沢城本丸 

 他にも土塁とか良好に残ってはいましたが、夕方6時頃で暗かったたこともあり、写真にすると良くわからないので割愛させていただきます。

  








金沢城より 

 金沢城は15世紀に南部氏の家臣・金沢某が築いたとされます。

 実は平安時代の清原氏による金沢柵ではないかという説もあるようですが、少なくとも今残っている遺構は平安時代のものではなさそうですね。

 柵があった場所を戦国時代に改修した可能性もあるようですが、発掘しても平安時代のものは出てこないそうです。

 そして関ヶ原後に佐竹氏が移ってきた後、金沢城は破却されました。

 








   
金沢城縄張り
【クリックで拡大】



 この後、秋田市内へと向かいました。




  

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車山高原と小諸の史跡(3) ~布引観音・その2 と 武田信繁の墓~

Category : 長野県のいいところ
布引本堂  

 さて、駐車場から20分ほどの登山でこちらの本堂に到着しますよ。








仏像と 

 実は麓から歩いてこなくたって、車でここまで来ることもできるようです。

 でも、観光客用の駐車場は無いようですので注意してください。









 
布引トンネル 

 このトンネルを抜けると…








 
アップで 

 雪国… ではなく、観音堂だった。

 この観音堂、先ほどの写真でもわかるように、崖の中腹(?)に建っていて中に入るととても怖いです。









 
本堂方面 

 京都の清水寺の舞台から飛び降りても助かることがあるようですが、ここから飛び降りたら助かることはないでしょう(( ;゚Д゚))ブルブル







 
布引ニャンコ

 そしてここは、“牛に引かれて善光寺”という故事の発祥になった場所としても有名だニャ

 信仰心の薄い老婆が白い布を干していると、その布を牛が角に引っ掛けて走っていきました。

 老婆はその牛を追いかけていくと、いつの間にか善光寺まで連れて行かれ、それがきっかけで信仰心が芽生えたということだそうな。

 







 
武田信繁の墓へ

 そして布引観音の近くには、武田信玄の弟・武田信繁の墓があります。









 
武田信繁の墓

 激戦となった第四次川中島合戦で、武田信繁は戦死しました。

 信繁の家臣であった山寺佐五左ェ門が、首だけ切り離して持ち帰り、信繁の嫡男・信豊の領地であったこの辺りに埋めました。

 それがこの墓です。

 ちなみに胴体を埋めた場所には、今は典厩寺が建っています。









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車山高原と小諸の史跡(2) ~布引観音・その1~

Category : 長野県のいいところ
布引登山口  

 車山高原から車で約1時間、布引観音の駐車場へとやってきました。









布引観音の蛙 

 げろげぇ~ろ~

 真夏の史跡巡りでは、山城は登らないと決めていたのに…









 
布引登山 
 
 布引観音へは、駐車場からこんな山道や…









 
布引登山道 

 こんな山道を20分ほど登ります。 

 まるで、山城を攻略しているかのようです(汗)









 
布引門 

 そうすると、やっとそれらしい門が見えてきました。









 
布引見えてきた

 観音堂を発見!










 
布引冠木

 この冠木門を抜ければもうすぐです。



 続く… 

  




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羽後遠征記(6) ~横手城と横手市のB級グルメ~

Category : 秋田県の城
横手城 
【クリックで拡大】

  岩崎城の後は、横手城の攻略です。










横手城帯郭? 

 この横手城は山城なのですが、頂上付近まで車で登ることができます。

 登山口の石段が見事だと聞いていたのですが、すっかり見てくるのを忘れてしまいました。

 








横手城武者溜り 

 駐車場脇は、武者溜跡となっています。

 今は水溜りでしょうかね?









 
横手城模擬天守 

 武者溜りから続く二の丸には、模擬天守が建っています。

 嘘っぱちでも、天守があるとかっこがつきますね~









 
“横”を掲げた武将 

 入り口には、愛を掲げた武将・直江兼続にあやかってか、“横を掲げた”武将・とむらくんが待ち構えていましたよ(笑)

 この横手城は小野寺氏が築いたとも言われていますが、関ヶ原後に佐竹氏が常陸から移ってくると、佐竹の家臣の戸村氏が城主となり幕末を迎えます。

 たから“とむらくん”なんですね。

 佐竹氏は奥羽越列藩同盟に一度は加わりますが、すぐに新政府軍に寝返ってしまいます。

 なので、横手城は列藩同盟軍に攻められて、焼失してしまったようです。







 
横手城天守より 

 天守からの眺めです。









 
横手城本丸 

 先ほどちょこっと書きましたが、模擬天守は二の丸にあって、本丸には神社が建っています。









 
本丸の日の丸扇 

 社殿には佐竹氏の家紋がありました。

  







本多正純の墓

 そして横手城址のすぐ近くには、本多上野介正純とその息子の墓があります。

 最初の写真に場所が載っています(左下)が、その地図じゃちょっとわかりにくいです。

 一度裁判所の前に出て、そのままその道を北東に進んでいったほうがわかりやすいでしょう。

 本多正純は、徳川家康が存命の頃、父・正信とともに家康の懐刀として活躍しました。

 家康と正信が亡くなった後、いわゆる宇都宮城吊天井事件(徳川秀忠を暗殺しようとした事件)をおこして出羽の佐竹義宣に預けられ、15年間の幽閉生活を経て73歳で亡くなりました。

 もちろん吊天井などあるわけもなく、正純を快く思っていなかった秀忠やその側近の陰謀とされることが多いですね。

 






 
なんだっけ

 正純の墓参りを済ませたら、横手市のB級グルメを食べに行きましたよ!








 
横手やきそば

 そう! 今度こそ、B級グルメグランプリ優勝経験もある、横手やきそばです。

 結局この日は、稲庭うどん・十文字中華そば・横手やきそばと、三回も昼食を食べちゃいました(汗)

 しかも、全部 『麺』!



 次は、秋田市に向かいます。




  

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車山高原と小諸の史跡(1) ~車山高原~

Category : 長野県のいいところ
スカイライナー 

 7月某日、毎年恒例の車山高原にいってきましたよ~

 天気にも恵まれて、晴れ男健在です!









車山リフト

 リフトを二本乗り継いで…








 
車山頂上

 ちょっと歩けば頂上です!









 
下山

 景色を楽しんだら、帰りは高山植物を愛でながら歩いて下山です。









 
車山高原植物









 
車山高原植物 (2)









 
車山の花









 
車山高原植物 (3)










車山トンボ
 







 
車山高原植物 (4)









 
車山高原植物 (5)









 
車山高原植物 (6)









 
ニッコウキスゲ2013

 車山高原といえば、ニッコウキスゲですね。








 
ニッコウキスゲ’13

 今年も沢山咲いていましたよ!








 
もろこしヘッド

 下山したら、焼きとうもろこしでしょう!

 この後は、小諸に向かいます。







 
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奥州仕置2012 (最終回) ~当信寺と片倉家廟所~

Category : 宮城県のいいところ
当信寺  

 最終回は、白石城主・片倉家ゆかりの人々のお墓参りです。

 まずは、撮影禁止の温麺の店と同じ通りにあります、当信寺です。

 写真の山門は、白石城の遺構だそうですよ。









真田阿梅・大八の墓 

 ここには、真田阿梅と真田大八の墓があります。

 この二人は真田信繁(幸村)の子供で、大坂の陣の後に白石城主であった片倉重長に保護され、後に阿梅は重長の後妻になり、大八は家臣として取り立てられました。

 大八は真田守信と名乗ったのですが、幕府から怪しまれると片倉守信に名前を変えたそうです。

 






  
片倉家廟所案内 
【クリックで拡大】

 当信寺の後は、片倉家廟所に行きました。

 








 
片倉家廟所へ 

 駐車場に車を止めて、ご覧のような階段を登っていくのですが、このころちょうど雪が降りはじめてしまったので、行くのを止めてしまおうかと迷ってしまいました。

 もし積ってしまったら、運転するのは怖いですからね~

 でも、せっかく遠くまで来たのだからと、急いで墓参りを済ませました。









 
片倉家廟所 

 というわけで、あまりいい写真が残っていないんですよね。









 
片倉歴代 

 片倉家廟所には、片倉景綱を初代として、10代・宗景までの墓が揃っています。

 普通墓石というと、五輪塔とか宝篋印塔が多いのですが、片倉家の墓石はご覧のように仏像なのですよ。

 少し薄暗い中にこれだけの仏像が並んでいる様は、ちょっと怖いです。










片倉景綱の墓 

 真ん中に初代・景綱の墓石があります。

 景綱は最初は違う場所にある寺に葬られたのですが、後にこちらに改葬されました。

 改葬前の寺にも行く予定だったのですが、すっかり忘れてしまいましたよ。









 
竹下景子 

 こんな写真しか残っていませんが、景綱の姉で伊達政宗の乳母も勤めた、片倉喜多子の墓がすぐ近くにあります。

 大河ドラマ・独眼龍政宗では、竹下景子さんが演じられていました。









  
田村清顕の墓 

 またそのすぐ近くには田村清顕の墓もあります。

 清顕は伊達政宗の妻・愛姫の父親です。

 実はこの近くに真田幸村の子・阿菖蒲の墓と、阿菖蒲が建てた幸村の供養塔もあったのですが、すっかり撮るのを忘れてしまいました。

 阿菖蒲は、田村家の名跡を継いだ田村定廣(後に片倉に改姓)に嫁いだために田村家の墓所に墓があるのですね。

 最後の最後で、肝心な人の墓を取り忘れるという失態を演じてしまいました(汗)

 まあ、また白石に来ることもきっとあるでしょう。 …たぶん

  









より大きな地図で 奥州仕置2012 を表示





 というわけで、昨年末の東北旅行のレポートはこれにて終了です。



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六孫王の館

Category : 埼玉県の城
経基館 

 今日は埼玉県鴻巣市にある“伝”源経基館に行ってきましたよ。

 清和天皇の皇子・貞純親王の六男に生まれた経基は、源姓を賜って清和源氏の祖となりました。

 清和源氏といえば、子孫を名乗る人たちにはそうそうたるメンバーがいますね。

 源頼朝はもちろんのこと、足利氏や新田氏、佐竹・武田・南部・小笠原・山名・里見・太田… 挙げていったらきりがありませんよ(笑)

 ちなみに大きな声では言えませんが、徳川氏が新田氏の子孫だというのはウソらしいですよ





経基館主郭 

 その経基が関東に下向し館をかまえたのが、この経基館だという伝承が残っています。









 

経基館折れ 

 一辺が100m弱ほどの正方形の形をした館跡ですが、西側を除いた三辺の土塁と空堀が比較的良好に残っています。

 これが本当に経基の館跡だとすると、平安時代に築かれたものだから、上の写真のような“折れ”があるとは考えにくいですね~

 戦国時代辺りに新築されたものか、平安時代に築かれたものを後に改造したかのどちらかだと思います。
 
 だから、あくまで“伝”なのかもしれません。








  
経基館物見 

 館跡には櫓台と思われる高台がありました。









 
六孫王の館 

 その櫓台と思われる高台に石碑が立っていたのですが、これには“六孫王経基城址”と書かれています。

 第六天魔王ではないですよ。

 達筆すぎて読めませんね(笑)









 
鴻巣せせらぎ公園のSL

 さて、城を攻略したらラーメンですね!









 
○雄@鴻巣

 今日は、8月6日に開店したばかりの 麺や○雄さんにお邪魔しました。









 
○雄のラーメン

 開店前の噂では、二郎のような某ガッツリ系の店の出身だというので、小食系男子の私にはハードルが高いと思って、行くのはやめようかと思っていたのです。

 でも、ラーメンブロガーさんのレポートを読んでみたら、ガッツリ系のラーメンではなくて普通のラーメンの様だったので、行ってみることにしました。

 スープはちょいとしょっぱめの粘度の高いトンコツ醤油で、麺は博多よりは太そうだけれど細めのものでした。

 ごちそうさまでした!







 
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奥州仕置2012 (25) ~白石城~

Category : 宮城県の城
どすこい 

 どすこいっ! 船岡城の後は、宮城県白石市にある白石城を攻略しました。

 写真は白石城二の丸にある、白石出身の横綱・大砲(おおづつ)の像です。









うーめんの店 

 白石城攻略の前に、白石名物の温麺(うーめん)を食べましたよ。

 佐藤清治製麺という店で食べたのですが、この店は店内と商品の撮影を撮影させてくれませんでした。

 残念ですね~

 伺う前に知っていれば、違う店に行ったのに…









  
白石城天守台石垣 

 お腹を満たしたら、白石城の攻略です。










 
白石城天守 (2) 

 白石城は鎌倉時代に刈田氏によって築かれ、戦国時代以降は伊達→蒲生→上杉と城主が変わります。

 関ヶ原のどさくさで伊達政宗が上杉景勝から取り返すと、政宗は城主に片倉景綱を置き、一国一城令が出ても例外的に破却を免れて、そのまま明治を迎えます。

 そういえば、ここで奥羽越列藩同盟が結成されたんでしたよね。

 明治になって売却されたのですが、それで得たお金は、伊達家とその家臣たちの北海道移住のために使われたそうです。

 伊達藩が列藩同盟に加わらなければ、白石城の建築物は現存していたということかな?

 今ある建物は、すべて1997年に復元されたものです。









  
白石城 

 そういえば、2011年の大震災では1億円もの被害が出たそうですが、文化財に指定されていなことから、復旧作業は比較的早く終了したそうです。









  
白石城なんとか門 

 というのも、文化財に指定されていると、いちいち調査とかしないと復旧作業に取りかかれないんですよ。

 なので、仙台城とか白河小峰城とかはまだまだ復旧に時間がかかるようですね。









 
なんとか門と天守 

 大手二ノ門と天守(御三階櫓)のツーショット。









 
白石城天守 

 天守(御三階櫓)は、昔ながらの工法で作られいます。









 
名物・急な階段 

 よって、現存名物“急勾配”な階段も復元されていますよ  (ノД\lll)コワイヨー








白石城天守からなんとか門

 天守から見た二ノ門です。

 おもしろい形をしているのは、限られた土地で“枡形”を作る為の工夫でしょうか? 









白石城天守から

 次は最終回です。

 





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時計台に行ってきました。

Category : 埼玉入間のいいところ
女影時計台 

 時計台といっても、埼玉県日高市にある、女影(おなかげ)時計台なのですよ。

 この時計台は、県道・川越日高線と旧鎌倉街道の交わる女影交差点の傍らに建っています。

 









霞野神社 

 その女影地区にある霞野神社に行ってきました。









 
霞野神社拝殿 

 鎌倉幕府最後の執権・北条高時の遺児・時行が挙兵し、それを足利軍が迎え撃ったのがここ霞野神社あたりの女影ヶ原なのです。









 
女影ヶ原古戦場 

 一応“碑”も建っているのですが、なんだか読みにくいですね~

 足利側は破れて、鎌倉は一時制圧されてしまうのですが、京都から大軍を差し向けた足利尊氏に、すぐに取り返されてしまいました。

  城とか墓とかは現在まで形として残っているものが多いのですが、古戦場というのは何も残せないことがが残念ですね。

 長篠古戦場のように馬防柵のようなものでも復元されていればいいのですが、古戦場のほとんどがただの畑だったり住宅地になっていたりと、昔に思いを馳せることすら出来ない状態になっていることが多いです。

 










 
 
長松寺 

 古戦場の後は、すぐ近くにある長松寺に行きました。









 
長松寺本堂 

 ひょっとしたら山号でピンときたかたもいらっしゃると思いますが、ここは三枝氏の菩提寺になっております。

 三枝氏といえば、甲斐武田氏に仕えた三枝守友(最近は三枝昌貞というらしい)が有名ですが、この長松寺は守友の孫の守恵(もりしげ)が開いた寺です。









  
三枝氏家紋 

 三枝氏の家紋である“三階松”もしっかりありました。 

 守友は長篠合戦の前哨戦で戦死してしまいますが、子の守吉は武田家滅亡後に徳川家に仕えます。

 この寺を開いた守吉の子の守恵は大阪の陣に参戦後、徳川家光の小姓となり 後に旗本になりました。

 家光が亡くなると、守恵は殉死したそうですが、この頃はまだ殉死は禁じられていなかったのですね。







 

三枝氏墓所

 これが三枝守恵の墓です。

 家光に殉じたことから、家光の墓がある日光にも守恵の墓があるそうですが、どちらに守恵が眠っているかは私は知りません… 








 槿
 








夏だね~








 
長松寺庭園

 墓参りを済ませたら、やっぱり“うどん”ですね~!









 
たかしなぶっかけ

 今日は、長松寺と同じ日高市にある“たかしな”さんに伺いました。

 冷やしぶっかけ生姜うどんをいただいたのですが、せっかくの“冷やし”が、揚げたての“かきあげ”の熱で温くなっていたのが残念なところです。 

 でも美味しかったですよ!




 

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