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中国遠征記 ~古式漂うカラスの天守、岡山城(2)~

  岡山城の続きです。

 もともとここには小さな城があったのですが、金光宗高が城主の時に戦国の梟雄・宇喜多直家によって奪われ、彼によって新たに築城されたのが始まりとされます。

 この黒い天守は『烏(う)城』とか『烏(カラス)城』とか呼ばれますが、私は宇喜多直家の狡賢さから『カラス』でいいような気がしています。 まぁ、この天守は直家が建てたわけではないんですけど…

 その直家の息子の秀家が城主となった時に大改築を行い、今の縄張りに近いものとなったようです。 天守はこのときのものらしいですね。

 ちなみに秀家は豊臣秀吉の嗣子となり、たいへんに秀吉から可愛がられたという縁もあって(母親 つまり直家の後家さんがとても美しく、秀吉の側室になった縁もある)、関ヶ原では西軍につきます。 そのせいで岡山は取り上げられ、八丈島に配流となってしまいます。

 その後、関ヶ原で功(?)のあった小早川秀秋がここに入り、二年後に急死。 子が無かったために小早川家は断絶、代わりに姫路城主・池田輝政の次男の系統の池田氏が入り明治を迎えます。

 

 

岡山城天守 

 その『カラス』といわれた岡山城天守。 この天守は安土城を手本としたと伝えられますが、宇喜多秀家が秀吉のもとで暮らしたこともあることから、大阪城を手本としたと思われます。

 大変申し訳ないのですが、この天守の私の第一印象は…

『プラモデルみたい』

 岡山城は、戦前までは『現存天守』でした。そのため、資料が豊富にあったため、本物の天守を忠実に再現されているようです。

 

岡山城天守より

 その天守から見た岡山市街 

 

 

岡山城天守より (2)

 金シャチの向こうに見えるのは、後楽園です。

 

 

廊下門

これも復元の廊下門です。 

ここを出ると、天守の裏側です。

 

 

天守台

 この岡山城の天守台は五角形なんです。 この写真はその五角形の一番鈍角の部分です。

 四角形以外の天守台は、ここ岡山と安土だけです。 これもこの岡山が安土城を手本としたとされる所以ですね。

 

 そろそろ城址公園を出ます…

 

 

  

月見橋

 旭川に架かる、月見橋。 ここを渡ると後楽園です。 江戸時代には橋は無く、渡し舟があったそうです。

 

 

 この橋を渡る途中で、後ろを振り返ると…

 

月見橋より

岡山城は、この角度が一番絵になりますかね? 

  

 


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コメント

カラス城

こんばんは☆
以前にUMEさんが「ブロック積みみたい」とか言ってたような覚えがあるんですが(違ってたらすみません。)、正面から見た感じが整い過ぎててオモチャみたく見えるんですかねぇ。下層が横に広いせいなんでしょうか。
僕も岡山城には年末に行きましたが…やはり斜め後ろからのアングルが良かった覚えがあります。
あ、そういえばまだブログにアップしてないや(苦笑)

天守内部には確か駄菓子屋さんがありましたよ。

かやさんこんばんは

たぶん、黒い壁がキレイすぎてブロックやプラモデルに見えるんだと思います。
形も影響あるんでしょうけどね。
松江や松本のように、少し色あせた感じのほうがよいのかもしれません。

うっ!出遅れ!

天守閣・・・・お城よりも「お寺」に見えてしまうのは不思議ですが。

とにかく黒いですね(・∀・)

復元なのでしょうが・・・文献があって良かったなぁ~と思いますよ

paint it black!

Tomさんこんにちは。
そういえば、天守のことを書くと言っておきながら書いてなかったですね。
この岡山城の天守は昭和20年の空襲まで現存していました。
なので、資料は豊富なんですね。

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