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天地人、花に背いて北へ帰る(44)

天地人 第42回『将軍誕生』

 

 やはり将軍メインではなく、菊姫の死がメインの回でした。 先週と同じパターンでしたね。

 先週と違うところは、回想シーンが無かったことでした。 お得意の回想シーンを使えば、制作費も浮くし視聴者の涙も誘えるのではなかったかと思うですが、なぜ使わなかったのでしょうか?

 そのせいかわかりませんが、私は今回の菊姫に感情移入することはできなかったんですよね。 先週は惣衛門の死にかなりホロッときたのにですよ。 なんでかなぁ?

 やっぱり菊姫の、
  『武田が滅んだは、兄の勝頼が側室の子だったから』 とか、『謙信公の血を引く子』 なんてセリフが気に入らなかったからかなぁ?

 

 まあ、とーでもいいですね!

 

 天地人1018
【もう建てたの?】

 

 さて、最近直江兼続の書状が見つかったと話題になりましたね。 内容は以下のようです。(ニュースからの転載)

 

 

 戦国大名上杉景勝の重臣でNHK大河ドラマ「天地人」の主人公となった武将直江兼続が会津葦名家の武将に軍事情報を伝えたとみられる「密状」が、14日までに見つかった。

 研究者の間で存在は知られていたが所在が分からなかった書状で、東京の古書店が長年保管していたものを、増田教授らが確認した。

 「屋代者令逆心候(屋代という者が謀反を起こしました)」などと報告した内容で、上杉の家臣でありながら徳川家康に内通した武将屋代秀正を指したとみられる。兼続はこの後、屋代討伐に向かっており「まもなく出陣しますので、その際はよろしくお願いします」と葦名側に自軍の動きを伝える記述もあった。

 密状は「卯月(4月)十三日 兼続」と末尾に記され、兼続の花押があった。増田教授によると「右筆」と呼ばれる秘書役に書かせた文書で、安土桃山時代の1584年に、会津(現福島県)の大名葦名家の家臣にあてたものとみられる。上杉家は越後(現新潟県)の春日山城を拠点としていた。

 当時、兼続は20代半ば。2年前に本能寺の変があり、豊臣秀吉が台頭する中で、景勝の腹心として各国の戦国大名としのぎを削っていた。

 密状は文章に沿って縦に裁断された跡があり、掛け軸に張り合わされた形で見つかった。増田教授によると、秘密保持のため数片に切断して運び、読み手がつなぎ合わせた可能性があるという。

 

  

 補足をすると、この屋代氏というのは村上氏の一族でして、村上義清が信濃から武田信玄に追われたあとも、北信濃を治めてきました。
 その後、織田・上杉と主を変えてきますが、南から徳川が台頭してきたので『今度は徳川にしようか?』という時期の書状なんでしょうね。

 結局屋代討伐に向かった上杉軍は、屋代軍に勝てませんでした。

 その後は一貫して徳川の家臣として働き、子孫は旗本として生き残ったたそうです。

 

 さて来週は、与六と与七の兄弟喧嘩のようです。

ではまた…

 


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コメント

なんだかな~

おはようございます☆
2週連続で回想シーンばっかりというのを避けたのかもしれませんが、これでは殿の気持ちも伝わってこないですよね。

京と米沢と江戸を結ぶドコデモドアがあるんでしょうか?

こんにちは

来週は与七がいなくなる(死ぬわけじゃないけど)ので、こども店長を出すために回想シーンはあるでしょうな?

もう新幹線が開業していたみたいです。

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