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秋なのに、春の夜の夢を見に天目山へ(8)

 侍女の殉死レリーフの近くには景徳院というお寺があります。

 ここは、徳川家康が武田勝頼の霊を弔うために建てました。

  本当に弔うために? 甲斐の人々の心を掴みたかったんじゃないの~?

 

 

景徳寺山門

 立派な山門です。 この門は、二度にわたる火災にも耐えて今に至るんだそうですよ。

 

 

  

景徳寺本堂と

本堂と旗堅松。

 勝頼は左側に写る松の根元に御旗(みはた)をたて、息子の信勝に楯無鎧(たてなしのよろい)を着せ、信勝が武田家の世継ぎであることを示しました。

 御旗と楯無は武田家に代々伝わる家宝で 、今も塩山の雲峰寺(御旗)と同じく塩山の菅田天神社(楯無)に残されています。
 ちなみに御旗は現存する日章旗(日の丸)では、日本最古のものなんだそうです。

 

 

勝頼生害石

 そして勝頼夫婦と息子・信勝は自刃するわけです。

 上の写真は、武田勝頼の生害石。 この上で自刃したんだそうですよ。 もちろん、奥さん(北条夫人)のものも信勝のものもありました。

 

 

辞世 

 三人の辞世の句です。 昔の人は死ぬ間際に(というより前もって用意しておくのかな?)歌を詠むなんてかっこいいですよね。 まあ、後世の我々の勝手な感情で、本人たちはそうは思っていないでしょうか。

 でもなんで、夫人のだけ石碑なんでしょうね?

  

  『黒髪の 乱れたる世ぞ 果てしなき 思いに消ゆる 露の玉の緒』

と書いてありました。

 

 

三人の

 こちらは没頭地蔵といいまして、、首のない武田父子の亡骸を埋めたと場所とされています。

 

 

三人の墓

 こちらが三人の墓です。 本来は右の建物の裏にあるのですが、現在発掘調査中なので仮にここにあるのだそう。
 真ん中が勝頼で、右が夫人、左が信勝です。

 

 

 ここを出た私は、三人の代わりに天目山に向かいました。

 


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コメント

きっと・・

四十路さんの背中に3人がくっついて・・・
天目山に行ったんでしょうねー
ヘ(゚∀゚ヘ)ヘ(゚∀゚ヘ)ヘ(゚∀゚ヘ)オバケ~

帰ってから、肩が重たくないですか・・・笑

後で、御礼の甲州金が届けられたりして・・・凸

Tomさんこんばんは

そういえば、今日年末ジャンボ宝くじを買いましたよ!
甲州金♪ 甲州金っ♪ こーしゅーきんっ♪

凸ありがとうございます

我が人生、100杯の酒

こんばんは☆
「坂の上の雲」一応見たんですが、長かったですね~~~~~。
辞世の句はいつ頃書いたんでしょうね。この地まで来てから死を覚悟して書いたんでしょうか。
天目山には金に目がくらんだ勝頼さんを肩に乗せて登ったんですね(違)
天目山を登るのってどれぐらい時間かかるんでしょうか~。
凸d(^ー^)pochi

発掘調査って・・・

こんばんは!
お三方のお墓が、仮ですか・・・
それって堂なんでしょうね~(´~`)
早く調査を終わらせないと、さまよって
しまうような・・・
〟|||-_|||こんな感じで出ちゃうかもです(汗)

凸ヘ(゚∀゚ヘ)ヘ(゚∀゚ヘ)ヘ(゚∀゚ヘ)オバケ~←コピペでスイマセン

かやさんこんばんは

金を抱えた勝頼さんを背負って行ったので重かったですよ~
てか、天目山って実は『山』ではないんですよね。
私も最近知ったんですが…
詳しくは次の記事で書きます。

凸d(^ー^)pochiありがとうございます。

アッキーさんこんばんは

 調査とはいえ、墓を掘り返すなんてバチがあたりそうですよね。
やっぱりというか、あの辺は出るらしいですよ~

凸ヘ(゚∀゚ヘ)ありがとうございます。

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