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もはや『館』ではない菅谷館(1)

 嵐山渓谷に行った日、近くにある菅谷館(すがややかた)にも行きました。

 

 

菅谷館

 ここもまだ紅葉が残っていましたよ。

 この菅谷館は、源頼朝の下で活躍した畠山重忠(はたけやましげただ)の居館でした。

 戦国時代に入り、関東で扇谷・山内の両上杉氏が対立すると、この菅谷館は扇谷上杉氏が入ったようです。 そのころ『館』から『城』へと拡張されたんでしょうね?

 

 

菅谷館本丸土塁

 『館』にはもったいない曲がりくねった堀と土塁。

 

 

菅谷館本丸土橋

 本丸を守る土塁と土橋。

 戦国末期となると、この辺りは北条氏が支配しますので、いまある遺構は北条氏によるものと思われます。

 

 

菅谷館本丸

 かなり広い本丸。 この辺りが、畠山重忠の居館だったところとされています。

 

 どの資料を読んでも、この館の歴代館主はわかっていないようなんです。 これだけの遺構が残っているのに不思議です。この菅谷館は、鉢形城と武蔵松山城の丁度中間にあったので、その2つの城を結ぶ重要な城であったことは確実なようです。

 

 

菅谷館 (2)

せっかくだから、重忠さんに会いにいきましょう!

 

 

菅谷館縄張り
拡大しますよ~

 

右上の球体の部分に私が写っています。 私のイケメン(?)ぶりが見たい方は拡大してみて下さいね~

 

 


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コメント

畠山重忠は・・・

こんばんは!
確かに、城跡ですねこれは(゜o゜;;
僕の記憶が確かならば・・・
畠山重忠の住居跡が鎌倉にもあったような気が・・・
明後日、鎌倉に仕事で行くので確認してみよう!(^^)!

凸ヾ(ーー).。o 想像を膨らますのpochi!

アッキーさんこんばんは

どの資料を見ても、どの地図を見てもここを『城』とするものが無いんですよ。
不思議ですね~

凸ヾ(ーー).。oありがとうございます

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