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奥州仕置2010 (11) ~長興寺~

 南部家の跡目争いの混乱に乗じて、大浦為信(後の津軽為信)が津軽地方の南部方の城を次々と落としていきます。

 南部家の当主に就いた南部信直は、九戸政実に津軽討伐命令を出しますが、もちろん政実は動こうとしません。

 ここで南部信直が九戸政実を攻め滅ぼせばいいのですが、信直と政実の兵力はほぼ同等。

 独立した大名といってもいいくらいの地位があったので、迂闊に手は出せません。


 

 そうこうしているうちに、中央政権では豊臣秀吉の北条征伐が始まります。

 津軽為信は、いち早く秀吉のもとに参上。 自分で切り取った津軽地方は、秀吉に認められました。

 少し遅れて秀吉に目通りをした南部信直は、『あいつ(為信)は謀反人だから、津軽地方はウチのものですよ』とだだをこねましたが、秀吉が一度決めたことを覆すはずもありません。

 しかし、小田原に参陣したことが功を奏して、南部地方の統治は引き続き認められました。

 ということは、九戸政実の土地も南部家のもの。 

 言い換えれば、政実は信直の家臣として働きなさいよ。 というメッセージです。








長興寺
 

 小田原征伐が終わると、今度は奥州仕置がありました。

 奥州仕置とは、秀吉による奥州各大名への領土仕置のことです。

 南部・津軽・最上などの領土が安堵され、大崎や葛西などが改易となりました。






  
長興寺 (2)

 この奥州仕置により、秀吉の天下統一事業は“一旦”は完成されました。 

 
 そう、一旦は…







 
長興寺 (3)

 長興寺は、九戸氏の菩提寺です。

 前回紹介した九戸神社のちかくあります。

 写真は樹齢300年以上の大銀杏です。






 
長興寺 (4)

 こちらは本堂。

 





 
長興寺 (5)

 こちらが、九戸氏の墓。

 なんだか新しいぞ。

 九戸氏は甲斐源氏というだけあって、武田氏と同じ『四つ割菱』が墓石に彫ってありますね。

つづく… 



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コメント

ほぉ・・・

「一旦は」の一言の含みに、そそられるものがありますね~!

こんばんは
九戸氏の菩提寺に、新しい「墓」
ひょっとして最近まで墓が無かったとか・・・

凸(⌒∇⌒)

Tomさんこんにちは。

そう、一旦は です。 
続きは次の記事を、あまり期待せずに待っていてください(汗)

新しい墓石を建てたら、古いものは脇に置いておくものだと思っていましが、置いていなかったので元々亡かったのかもされませんね。 

凸ありがとうございます

何だか新しいぞ・・・

長興寺の石の看板が (`皿´)ノ゛)д`) ソッチカイ イテッ
軽くボケておいて、こんばんは!

信直、とりあえずは名を上げましたな( ̄ー ̄)ニヤリッ
秀吉の天下統一が「一旦」は・・・
気になる一言ですな~( ̄o ̄) オ~~~~

樹齢300年以上の大銀杏、見事です!

凸ヾ(・∀・)

p.s
そう言えば、ラー博に「頑者」がいつの間にか
出店していました(^_^;)

アッキーさんこんばんは

そうですね。 石の看板も新しいです!!

そう、一旦は平和な世の中になったのですが…
続きは次の記事をあまり期待せずに待っていてください…

我が川越、というか埼玉が誇る『頑者』をどうか可愛がってやってくださいね~

凸ヾ(・∀・)ありがとうございます

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