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紀伊半島横断の旅(21) ~伊賀上野城~

上野城跡 

 上野市駅から徒歩で約10分、上野城へとやってきました。











本丸へ 

 伊賀上野城は、滝川雄利が織田信長に命じられて築城したのが初めとされます。 











 
上野城石垣

 その後、脇坂安治や筒井定次が城主になりますが、関ヶ原の数年後に筒井は改易されて、藤堂高虎が今治から入封してきます。











 
積み直し 

 これは、豊臣家を牽制するためのものとされます。

 いまある遺構のほとんどは、この藤堂家時代のものです。











 
上野城天守 

 そうこうしているううちに、天守に到着ですよ。 











 
上野城天守 (2)

 筒井氏時代に三重の天守があったといいますが、詳細は不明で、今は石碑が立っているのみで天守台の石垣すら残っていません。

 藤堂高虎も五層の天守を建てますが、完成間近で暴風雨にあって倒壊し、以後は作られることはありませんでした。

 今あるこの天守は、昭和10年に高虎が築いた天守台上に木造で建てられました。

 そういう意味では、今ある天守が本当の天守だといってもいいでしょう(笑)



 では早速天守に入ります。











 
唐冠形兜 

 中はお決まりの資料館のようになっていますが、公開されている資料の中でも特に目を引いたのがこの兜です。

 これは黒漆塗唐冠形兜といって、藤堂高虎所用のものです(本物ですよ!)

 豊臣秀吉より高虎が拝領し、後に高虎一族の藤堂良重の手に渡って、大坂夏の陣では良重がこの兜を着用して出陣したが、木村重成軍と戦って惜しくも討ち死したといいます。

 こんなところでこの兜に会えると思っていなかったので、テンションが上がっちゃいましたよ(笑)



 テンションが上がったついでに、天守の最上階にも上がりました。











  
上野城天守より (2)

 天守からの眺めです。

 南側、上の市街地方面。











 
上野城天守より

 こちらは西側、山の向こうは奈良です。



 上野城はもう少し続きます。




  

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ご冥福をお祈りします。
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コメント

淡路水軍~脇坂安治~♪

四十路さん、こんばんは☆
藤堂高虎の手掛けた城って四国に幾つかありましたが、紀伊半島にもあったのですね。
案外、本当に大河ドラマの主役になるかもしれませんよ。ネタも尽きてる感じですし(^^;)
「戦国の世に、兜に翼を付けた武将がいた」とか(^^;)愛の兜……
来年の「八重の桜」を楽しみ待っているところなので、次ぐらいにやってほしいです。
天守は一応、模擬天守ということになるんでしょうか?
高虎の天守が完成していて、資料が残っていればよかったですね。

凸d(^ー^)pochi

かやさんこんばんは

そういえば、また戦国鍋TVの新シリーズが始まっていますね
栃木では見られるんでしたっけ?

高虎の大河も見たい気はしますが、昨年のようなことにならないことを祈りますよ。
信長・秀吉・家康と絡むので、おいしいとは思うんですけどね。

凸d(^ー^)pochiありがとうございます

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