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雪解けを待って、会津征伐2012 (5) ~長命寺と八重ちゃん~

八重らんしょ  

 鶴ヶ城を攻略した後は、戊辰戦争の際に激戦地となった長命寺に向かったのですが、城を出たところにこんなものが出来ていました。
 










やえちゃん 

 八重とは、来年の大河ドラマの主人公の新島八重のことですが、“らんしょ”ってなんなんでしょうね?

 会津弁でしょうか?

 まあ、とにかく会津は“天○人”のことなんか忘れて、来年の大河で盛り上がっていましたよ(笑) 
 










やえちゃん生誕の地 

 なので、一応こんな場所もチェックしておきました~ 

 新島八重生誕の地です。












長命寺 

 そして長命寺です。

 この長命寺は、1605年に蒲生秀行によって建てられますが、幕末の会津戦争時には会津藩と新政府軍が衝突し、激戦となったところです。












 
長命寺築地塀 

 長命寺の土塀には、いくつかの穴が開いていますが、これは銃弾の痕なんだそうです。

 痕とはいっても、この土塀は最近建て替えられているので、本物ではないそうです。











 
長命寺本堂 

 本堂です。











 
長命寺供養塔 

 慶応4年の8月29日にここで激戦があり多くの戦死者が出ましたが、翌9月には会津藩は降伏し、鶴ヶ城は開城になりました。

 しかし、会津藩士の多くの遺体は埋葬することも許されず、年明けまで放置されることになったのです。

 それを見かねた長命寺の住職は、密かに145体もの遺体を埋葬しました。

 上の写真にある墓がそれなのですが、墓碑は明治11年になってやっと旧会津藩士の努力によって建てることができました。

 でも、碑面には『戦死墓』の三文字しか表示することしか許されなかったのです。
 


 合掌…



    


 

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コメント

早くも・・・

天○人の事を忘れて八重ちゃんに乗っかっていましたか~
変わり身が早いな~笑

あ、こんばんは!

まあ、○地人がアレでしたから~
こうなるのも分からなくもないかな。

戊辰戦争の激戦・・・
悲しい物語の影には「僧侶」としての住職の心意気があったんですね!
合掌(ー人ー)

凸ヾ(・∀・)

アッキーさんこんばんは

天地○には、会津の方もがっかりしたでしょうから
八重ちゃんに期待するのもわかりますね(笑)

さて本当に期待しちゃっていいのだろうか?

この長命寺の話は、来年の大河でもやるでしょうから、先取りっちゅうことで…


凸ヾ(・∀・)ありがとうございます

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