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車山高原と小諸の史跡(3) ~布引観音・その2 と 武田信繁の墓~

布引本堂  

 さて、駐車場から20分ほどの登山でこちらの本堂に到着しますよ。








仏像と 

 実は麓から歩いてこなくたって、車でここまで来ることもできるようです。

 でも、観光客用の駐車場は無いようですので注意してください。









 
布引トンネル 

 このトンネルを抜けると…








 
アップで 

 雪国… ではなく、観音堂だった。

 この観音堂、先ほどの写真でもわかるように、崖の中腹(?)に建っていて中に入るととても怖いです。









 
本堂方面 

 京都の清水寺の舞台から飛び降りても助かることがあるようですが、ここから飛び降りたら助かることはないでしょう(( ;゚Д゚))ブルブル







 
布引ニャンコ

 そしてここは、“牛に引かれて善光寺”という故事の発祥になった場所としても有名だニャ

 信仰心の薄い老婆が白い布を干していると、その布を牛が角に引っ掛けて走っていきました。

 老婆はその牛を追いかけていくと、いつの間にか善光寺まで連れて行かれ、それがきっかけで信仰心が芽生えたということだそうな。

 







 
武田信繁の墓へ

 そして布引観音の近くには、武田信玄の弟・武田信繁の墓があります。









 
武田信繁の墓

 激戦となった第四次川中島合戦で、武田信繁は戦死しました。

 信繁の家臣であった山寺佐五左ェ門が、首だけ切り離して持ち帰り、信繁の嫡男・信豊の領地であったこの辺りに埋めました。

 それがこの墓です。

 ちなみに胴体を埋めた場所には、今は典厩寺が建っています。









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コメント

No title

これは、断崖に建っているんですねぇ
そして、落ちたらほぼ助かることはなさそうですね。

牛に引かれて善光寺参りの発端になったのがココ
ココから善光寺まで、老齢にもかかわらず牛と同じスピードでのダッシュ!!
オリンピックがもしあったら~と思わずにはいられない(笑)

そういえば、真夜中にバァさんが時速100kmで車を追いかけてくるという・・・
「100kmババァ」なる伝説があったような・・・

武田典厩信繁・・・
八幡原で戦の決着がつかなかったのに、武田は大切なNo.2を失いましたなぁ 凸!

Tomさんこんばんは

“清水の舞台から飛び降りる”のことわざ?を
“布引の観音堂から…”に変えたほうがいいかもしれませんね(笑)

牛に引かれた老婆は瞬発力も持久力もある
スーパー老婆だったのでしょうね
または、牛のほうが“牛歩戦術”だったのかも…

古典厩さん、せめて勝頼の代まで生きていてくれていれば…

凸ありがとうございます

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