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雪解けを待ったつもりで南魚沼征伐(2) ~六万騎山城~

  浦佐から南に車で15分ほどだったでしょうか、六万騎山に到着です。 積雪が心配されましたが、登山道に雪は無いようなので登ってみました。   登山道を少し外れると、ご覧の有様…   この六万騎山は、カタクリの群生地でもありました。   薄紫の小さな花が、可憐ですね。   さて、30分ほどの登山で主郭に到着です。  この六万騎城の築城時期、築城者は詳しくはわかっていないそうです。 戦国時...

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雪解けを待って、新発田征伐(13) ~水原代官所~

  次は瓢湖のすぐ近くにある、水原(すいばら)代官所です。   このあたりは江戸幕府の直轄地だったので、代官所が設けられました。  水原代官所は、戦国時代に水原城があった場所に建てられました。  いまある建物は復元建築物です。    戦国時代には水原氏が治めていた水原城ですが、新発田重家の乱の時に新発田側に奪われ、時の当主・満家も討ち死にして、水原の家は途絶えてしまいました。   水原...

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雪解けを待って、新発田征伐(11) ~笹岡城~

 新発田市の五十公野を離れ、阿賀野市の笹岡城に行きました。   この城は14世紀半ばに立てられたといいますが、正確な時期はわかっていないそうです。  謙信の時代には、村上義清の息子の山浦国清が入ります。  御館の乱後は今井源右衛門が城主となります。  この今井の父親というのが下平某という人物で、実は長尾政景殺しの真犯人ではないか? という説があるそうです。  ということは、上杉景勝にとっては父親の...

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雪解けを待って、新発田征伐(9) ~五十公野城~

 清水園の次は五十公野城です。  “いじみのじょう”と読みます。 イジリー○田じゃないですよ。   新発田市の東部に新発田市立東中学校があり、その裏山が城址です。  中学校の敷地も城域だったようですが、遺構などはみあたりません。    【大きくなります】  五十公城は新発田氏と同じく、佐々木氏を祖とする五十公野氏が建てたといいますが、その時期は不明です。  この城が有名になるのは、やはり新発田重...

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雪解けを待って、新発田征伐(5) ~新発田城(3)~

 新発田城周辺では、桜祭りが行われていました。 去年の会津征伐同様、桜の咲くこの時期を狙っていったのも事実です。 桜並木に沿って歩きます…   おっと、ヘラクレスカブトムシみたいな屋根の櫓が見えてきました。   あ~、屋根が隠れてしまった~   これが新発田城名物、世にも珍しい三匹の鯱が乗る三階櫓です。 大阪城の乾櫓なんかもそうでしたね。   なぜこのような形になったんでしょうね? ど...

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雪解けを待って、新発田征伐(4) ~新発田城(2)~

  表門の隣には復元された辰巳櫓があります。 じつはこの櫓、堀部安兵衛のお父さん(中山弥次右衛門)が管理責任者だったんですね。 でもこの櫓は火事で全焼してしまい、その責任を問われて解雇されたしまったのだそうです。 そのご安兵衛は江戸に出て剣術で頭角を表わし、あの高田馬場の決闘で名を挙げて、赤穂藩の堀部家に養子に入ったのだそうです。   そう、この櫓が火事になっていなかったら、堀部安兵衛は誕生し...

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雪解けを待って、新発田征伐(3) ~新発田城(1)~

 お墓参りを済ませた後は新発田城へと向かいました。  駐車場に車を停めて、城址に向かうとこの人が出迎えてくれます。   お茶の間の人気者、高田馬場の決闘と忠臣蔵でおなじみの、堀部安兵衛さんです。    …って、あれ?  なんでこんなところに安兵衛さん?  キミは赤穂藩士でしょ?  近くの説明板を読んだら安兵衛の父親は新発田藩士で、仕事でしくじってクビになったんだそうです。  しかも安兵衛は、初代新...

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戦国時代と城址巡りとラーメンが好きなアラフィフです。

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