記事一覧

春の甲州攻め (8) ~要害山城~

 積翠寺の後は、その裏山にある要害山城に行きました。 甲斐武田氏の詰めの城として有名ですね。 場所は積翠寺の脇の道を山に向かって行けば、看板が出ているのでわかりやすいでしょう。  登山道から登るとすぐに遺構っぽい石垣が現れます。 この先登ればわかるのですが、遺構にはキチンと看板が出ているので、この石垣は遺構ではなさそうです。  こちらは竪堀と土塁の跡。 写真にするとわかりにくいですね。 こちらは門...

続きを読む

春の甲州攻め (7) ~積翠寺~

 続いては積翠寺です。 武田神社から北東に2キロほどの場所にあります。 いつもは正式な参道から入っていくのですが、駐車場のすぐ近くに怪しげなお堂があったので覗いてみました。 そこには信玄公が座っていましたよ。 ご存知の方も多いと思いますが、ここには信玄が生まれた時に使ったとされる産湯の井戸があるのです。  それは本堂の裏にありました。 賽銭がたくさん置いてあったので、皆さん多くの方が来られているの...

続きを読む

お台場に行ってきました。

 先日はお台場に行ってきましたよ。 もちろん続100名城のスタンプが目当てです。 スタンプは上の写真のマリーンハウス内にありました。  スタンプを押したら、早速『台場』散策です。 歩いて行ける第三台場の石垣です。 函館や長野県佐久市にある五稜郭と同じように、石垣の一番上の石がはみ出している『刎ね出し』が特徴ですね。 城郭検定試験に出ますよ! 四方を土塁に囲まれた正方形の要塞ですが、思っていたより土塁が...

続きを読む

行田で、『おんな城主 直虎』

 先日は埼玉県行田市に史跡めぐりに行ってきました。 まずは桃林寺。 開基は奥平信昌の息子の松平忠明。 ちなみに忠明のおばあちゃんは、あの築山殿です。 奥平信昌といえば長篠城主。 長篠の戦いといえば、鳥居強右衛門の話が有名ですよね。 というわけで、ここには鳥居強右衛門の墓があります。 鳥居のマークがあるので、すぐ見つかりました(笑) とはいえこれは長篠の戦で有名な強右衛門の墓ではなく、その子孫の墓だ...

続きを読む

越中遠征記(18) ~白鳥城~

 続いては白鳥城です。 安田城の北に見える山が白鳥城です。 上の写真のように頂上付近まで車道(しかも二車線!)が走っているので、お気軽に行ける山城になります。 この白鳥城は弥生時代から軍事的拠点だったとされていますが、今の形になったのは富山城の佐々成政を押さえる為、秀吉(または前田利家)が入った時とされています。 その後慶長年間に廃城になったとされます。 堀や曲輪など遺構が残っているとの事でしたが...

続きを読む

越中遠征記(17) ~安田城~

 続いては安田城です。 富山駅からは南東に7キロほどの場所にあり、国の史跡にも指定されているので場所はわかりやすいでしょう。 この安田城は、戦国時代末期に豊臣秀吉が佐々成政の富山城を攻める為に築城されたとされます。 その後江戸時代に入る前に廃城になったようですが、それだけ短い期間しか存在しなかっただけでなく、遺構が破壊されやすい平城にもかかわらず、これだけの遺構が残るのはとても珍しいですよね。 国...

続きを読む

春の甲州攻め (6) ~武田氏館~

 法泉寺の後は武田神社です。 武田神社というよりは、武田氏館や躑躅ヶ崎館といった方がなじみ深いですね。  私は人生で三度目の訪問なので、今回は100名城のスタンプを押しただけで退散いたしました。 ちなみにスタンプは拝殿前のお守り売り場にありますよ。[甲斐国] ブログ村キーワード...

続きを読む

春の甲州攻め (5) ~法泉寺~

 続いては武田信武が開いた法泉寺です。 信武は鎌倉時代~室町前期の武将で、武田信玄の9代前の甲斐武田氏当主です。 湯村山城を攻略する時に停めた緑が丘スポーツ公園の駐車場からも近いので、歩いて向かいました。 もちろん武田信武の墓がありますよ。 おっと、もう答が出ていますが、武田勝頼の墓もあります。 こちらが信武の墓。 そしてこちらが勝頼の墓です。 勝頼の墓は他にも何か所かありますが、ここが江戸幕府か...

続きを読む

越中遠征記(16) ~本覚寺~

 富崎城の後はその近くにある本覚寺に行きました。 写真はなぜか、隣の神社… この本覚寺は、戦国時代にこの地を納めた神保氏の菩提寺とされます。  神保氏の墓所は残っていないのですが、神保氏が寄進した鐘が残っています。 この鐘は砂付釣鐘と呼ばれています。 佐々成政が建てた富山城内にも鐘があったのですが、この本覚寺の鐘の音が余りにも素晴らしいので成政は嫉妬し、この鐘の内側に砂を塗り付け音色を悪くしたのだ...

続きを読む

越中遠征記(15) ~富崎城~

 続いては富崎城です。 場所は、富山市の夢の丘牧場を目指せばすぐにわかるでしょう。 ここにも素晴らしい遺構が残っているとの事でしたが、雨が強いので中に入る事は断念しました。 この富崎城は神保氏の城でしたが、本能寺の変後は佐々成政が治めました。 成政が秀吉に降った後は、廃城になったようです。 [越中国] ブログ村キーワード...

続きを読む

春の甲州攻め (4) ~湯村山城~

 攀桂寺のあとは、3キロほど東にある湯村山城を攻略しました。 登城道は上の写真(35.683975, 138.556193)の緑が丘スポーツ公園側と、城の反対側にある塩沢寺側があるようでしたが、スポーツ公園の駐車場が利用できるのと、傾斜が緩やかだということでスポーツ公園側から登りました。 スポーツ公園側からですと、ご覧のように舗装されている為に登りやすいです。 かわりに、城の遺構なんて全く見当たりませんでした。 寺側か...

続きを読む

春の甲州攻め (3) ~攀桂寺~

 飯田河原合戦供養碑の後は、攀桂寺(はんけいじ)に行きました。 カーナビに頼って向かったのですが、すれ違いできないどころかドアミラーを擦ってしまいそうな道を案内されてヒヤヒヤしました。 でも、駐車場は広かったです。 この寺は跡部信秋によって開かれました。 跡部信秋なんてあまり聞いたことないでしょうが、跡部大炊助勝資の父親といえばわかりやすいでしょう。 というわけで、跡部信秋の墓が歴代住職の墓地内にあ...

続きを読む

越中遠征記(14) ~放生津城~

 続いては放生津(ほうじょうづ)城です。 雨が降っていなければ、越中三大山城の一つ守山城の予定でしたが、残念ながら断念しました。 放生城近くには駐車場が無いのことだったので、放生津八幡宮の駐車場に停めて歩きました。 途中の放生津橋には足利義材(よしみ)の小さな銅像がありました。 反対側には騎馬像も… この義材という人は室町10代将軍だったのですが、細川氏と対立して幽閉されます。 後に脱出してここ放生津...

続きを読む

越中遠征記(13) ~前田利長公墓所~

 続いては利家公の墓所です。 瑞龍寺の中にあるのかと思ったら、そうじゃなかあったです。 10分ほど歩きます。 そうこうしているううちに到着。 今は前田公園という公園になっています。 やたらデカイ灯篭が印象的! 墓碑は堀に囲まれています。 江戸時代には二重の堀に囲まれていて、あたかも城のようだったそうな。 『城のような』というより、いざとなったら高岡城の出城の役割があったのでしょうね。 雨が降ってい...

続きを読む

春の甲州攻め (2) ~飯田河原合戦供養板碑~

 続いては甲斐市の八幡神社に行きました。 特にこの神社に用事があったわけではありません。 私が見たかったのは、この木の根元にありました。 飯田河原合戦供養板碑です。 甲斐を統一しようとする武田信虎に対し、反対勢力の甲斐国人達は今川氏に援軍を求めます。 この機に乗じて甲斐を侵略しようとした今川氏は、福島正成を大将にした軍を甲斐府中に向けて進めました。 それを信虎が迎え撃った戦いが飯田河原の合戦です。...

続きを読む

カレンダー

06 | 2018/07 | 08
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

プロフィール

四十路

Author:四十路
戦国時代と城址巡りとラーメンが好きなアラフィフです。

Instagram

Instagram

FC2 ランキング

にほんブログ村ランキング

にほんブログ村 旅行ブログ 国内一人旅へ
にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へ
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
 

ブログ村ランキング参加中!

上のバナーか記事中のバナーをポチッとしてくれたら泣いて喜びます。

カテゴリー

月別アーカイブ